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『夏、揚羽』

作者: 多神由希

夏休み。


オフィスや大きな病院のある一角にひっそりとある喫茶店。

そこは俺のお気に入りの場所だ。


共働きで忙しい両親は夏休みの昼食代としていくらか臨時のこずかいを支給してくれた。

俺は昼食は簡単に安くすませ、猛暑から避難すべく、涼みながら珈琲を飲むことが日課となりつつあった。


「しかし、いつ来ても人の少ない喫茶店だよな」


と、店内を見渡す。

少し薄暗いが、よく手入れされたレトロな店内には、今日も客は数人だ。俺はいつも通り初老の人の良さそうなマスターにアイスコーヒーを注文すると、いつも通りに二人用のテーブル席の壁側に腰を下ろした。


注文したアイスコーヒーがくると、人目がないのを確認しつつ、今日の収穫を確認、


「おおー、これは見たことないやつだな」


子供のように目を輝かせる。

そんな俺の目の前には、テーブルに無造作に並べられたカードたち。そのカードには様々なキャラクターたちが描かれていた。


トレーディングカード

俺の一番はまっている趣味だ。


だが、勘違いしないでほしい。ゲームもするし漫画も読むが、オタクと呼ばれるほどの知識はない。あいつらの話を聞いててもサッパリわからんときもある…って、力説するほどのものでもないか。


ただ、今はまっているこのシリーズは、何人ものイラストレーターが描いていて、カッコいい騎兵、筋骨隆々の戦士、可愛い美少女魔術師なんかや不気味なモンスターまで様々なキャラクターが混在するというものだった。


最後の一袋を開ける。……!!!


「おおー、ついに手に入れた!これほしかったんだよな」


俺が求めていた機械兵のカード。

明らかにレア物だとわかる金メッキのアルティメット仕様。ショップで売れば、そこそこの値段で売れたりもする。ここで本物のオタクなら頬擦りしたり、ビシッとファイリングしたりするんだろうが、そこまでの熱意や情熱はない。


彼女もいない高校二年の夏。


17歳の夏も静かに半分を過ぎた。

夏休みに入る前に来年に向けての進路のことで担任にも心配されていたが、いったい俺はどんな奴になるんだろう?

夏休み後には進路調査表も出さないといけないが、まだ何も考えられていない。

顔も見た目も平凡で、とくにこれといった特技もない。

こうやってカードを見ていたりして、絵やイラストは好きってことには気付いたが、仕事にするってなると違う気もする。かといって他にやりたいことがあるわけでもない。

この休み中だって、クラスメイトは友達や恋人との予定を立てたりもしていたが、わざわざこの暑い中に人混みや遠出をする奴の気が知れない。


俺って、生きてて楽しいんだろうか?


……ダメだ、考えれば考えるほど気分が滅入ってくる。よし、考えるのはやめよう!


ひとしきりカードを確認したあと、バッグに入れようとする。


「よし片付いた!…って、あれカードが1枚足りない?」


大雑把な片付けかたをしようとしたせいで、カードが1枚足らなくなっていたことのに気づけなかったようだ。


「おい、そこのお前、これを落としたんじゃないか?」


「おー、ありがと」


俺が視線を向けると、そこには12、3歳くらいの腰まで届く長い黒髪の少女がいた。

清楚な感じの薄い水色のワンピースがすごく似合っている。


「いいってことだ。ただ、こんな裸の女性が描かれたカードは初めて見たな。いったいこれは何なのだ?」


「ん?裸…」


みると、まだ幼さも残る年齢の女の子の手には、18禁ギリギリの絵柄のカードが…。

あれは、邪教集団の女幹部のカード!

しかも、あのイラストレーターはエロゲーのキャラデザまで担当する凄腕だってのになんてこった!!!


カードには艶かしいシスターが布地を90%以上削った修道服で描かれていた。手には武器と思われる蝋燭と鞭。だが、なぜか武器のはずの蝋燭のロウが自分の露出した肌に降りかかってしまっている。いったい、こいつはSなのかMなのか…って、強さもさることながらエロさが際立つ逸品だ。


それが明らかに十代前半と思われる女の子の手に握られている。


「………………………………」


そういえば、今回のカードの中にはあんなんもあったっけ…。自分の不注意っぷりに言葉がでない。


「ええと…俺が……落としていた?」


「違うのか?」


目の前の少女は感情の抑揚もなくそう返してくる。


「………」


俺って奴は何て迂闊なんだ!

こんな公共の場で女の子、しかも結構可愛い子にあんなエロいカードを所持しているのを見られるなんて…自殺もんだろ。

額からは冷や汗が止まらない。


「…ハハハ、ソレ、ヤッパリオレノジャナイ…ミタイ?」


俺は平静を装いつつ、精一杯の演技をしてみる。


「ふむ、お前のところから落ちたように見えたんだが…。まぁ、お前のじゃなかったのなら、他の客の誰かの物だろ。店のマスターに渡しておくか…」


「えっ!」


やめてくれ!今度からここの店に来にくくなる!!!


「ごめんなさい。俺のでございます」


公共の場で年下女の子に謝罪する俺。

自然と言葉も丁寧になってしまっている。

……傍目から見たら、十分に醜態に値するかもしれない。


「まったく、なんで嘘をつくんだか」


少女は、やれやれという感じで肩をすくめる。どうやら、まだ幼さの残る少女には、そんな思春期男子の葛藤はわかってくれないらしい。


「……それは?」


「?」


俺のいたテーブルをのぞきこんでくる少女。


「どうかしたのか?」


「……いや、このカードに描かれているのは、どれも美しい構図と色使いだと思ってな」


「おおー、わかるのか?」


「ふむ、こう見えて私は絵には少々うるさいのだ」


少女は凹凸のない胸を張り、不遜に答える。

こうなれば、相手が自分より年下だろうと関係ない。俺の低めのテンション俄然アップ!

だって、俺の周りでそんな風にいってくる奴は今まで皆無だった。

同じくカードを集めている奴らは、格好がエロいとか強さばかり気にするし、元々興味のない奴らは、バカにするだけだ。俺はキャラクターやこの絵の構成や色使い、ストーリーなんかも全部含めて好きなのだ。

バッグに片付けようとしていたカードを再びテーブルに広げ、少女を向かいの席に招き入れる。

少女も拒否するような様子もなく、自分の席から飲みかけのオレンジジュースを持ってきて、俺の向かいの椅子に腰を下ろす。


「これはだな―」


「ふむ」


俺の説明は、延々十分以上も続いた。


「でだな、これはー」


「そうなのか?では、これは?」


少女は嫌がる様子もなく、むしろ積極的に聞き入ってくれている。

ヤッベー、自分の趣味の話を誰かに話せるのって超楽しい。

俺のテンションは上がりっぱなしだ。

1時間も過ぎた頃、


「もうこんな時間なのだな。私はこれで失礼する」


「そうなのか、……わかった」


せっかく話が合う奴が現れたと思ったのにな……。寂しそうに俺が頷いたからだろうか?少女はそんな俺の様子を見て少し何かを考えている。


そして、俺を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「私の名は揚羽(アゲハ)、千国院揚羽、12歳だ。お前は?」


少女、千国院揚羽は強気な性格の伺える大きな瞳で俺を見つめ聞いてくる。


「お、俺は…山田浩介。17の高2だ」


「コースケか、良い名だ。コースケ、明日もここで会えるか?」


「!」


俺は不遜な言葉使いだが、俺の話を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれたこの少女と明日も会えると思うと心が高揚するのを感じた。

断る理由など、もちろん見当たらない。


「おう!」


どっちが年上だかわからない無邪気な笑顔で俺は答えた。


翌日、喫茶店に行くと揚羽はもうすでに俺がいつも座っている席の向かいの席に座っていた。テーブルには飲みかけのオレンジジュースが見える。残りがほとんどないことを考えると大分早くからきていたのかもしれない。


「おぉ、来たか、コースケ。場所は取っといたぞ」


明らかに年下の揚羽だが、別にコースケと呼ばれることに抵抗はない。俺の話を真剣に聞いてくれるこいつは、ただの年下な女の子じゃなく同志とも言える存在だ。


「ありがとな。あっ、マスター、俺はアイスコーヒーね」


俺は揚羽の向かいの席につく。


「?……コースケ、お前何だ、その荷物は?」


「あぁ、これか?」


俺はさっそくテーブルの上にバック一杯に詰めていた物を並べる。


「昨日のカードの原作となった漫画と、揚羽の気に入りそうな絵柄のカードを持ってきてみたんだ」


俺は小動物系の可愛いモンスターやフェアリー、プリンセスのカードを差し出す。


「ほほう、なかなかだな。…しかし?」


揚羽が白いドレスに身を包んだ亡国のプリンセスのカードを1枚手に取り不思議そうに眺めている。


「?…どうしたんだ?」


「ふむ、この人物は服を着ているなと思ってな」


「当たり前だろっ!!」


思わず、飲みかけのコーヒーを吹き出すとこだったわ。全く、真面目な顔して何てことを言うんだか…。いくら亡国のっていっても、プリンセスが裸同然っていったいどんな感じで滅亡にいたったのか気になってしまうだろうが…。


「ふむ」


すると、揚羽はどこから取り出したのか、スケッチブックに鉛筆でサラサラと何かを描いていく。

ものの数分でそれは書く上がったようだ。


「…ふむ、こんな感じか」


そういって差し出されたスケッチブックには、ほとんど全裸に近いかたちの亡国のプリンセスが艶かしいポーズで描かれていた。


ブフォッ!!!!!


「!!!だぁぁぁ、俺の漫画とカードがコーヒーまみれに」


「まったく、何をしているんだか」


「お前のせいだろ!」


そりゃ、いきなり目の前で年下女子にエロイラストを披露されたら誰だって驚くだろ。

俺の慌てふためく様子を見ても揚羽の様子は変わらない。


「このカードに描かれている人物の体のラインを強調するなら、こっちの方が似合うと思うぞ。しかも、昨日のカードの図柄ことを考える限り、コースケもこっちの方が好みではないのか?」


「…そんなわけないだろ」


こいつ、俺のことをどんな変態だと思ってるんだ?あくまで昨日揚羽に18禁ギリギリのカードを拾われたのは不可抗力であって、俺の好きなカードの絵柄が半裸の女ってのは誤解なんだからな。

他に客がいなければ、叫びながら捲し立てていたところだ。それにしても、周りに他の客がいなくて良かった。こんな公共の場で年下の女の子にエロイラストを描かせてるなんて、俺はいったいどんな高いレベルの変態と思われてしまうことだろう。

そうしている間にも、揚羽は熱心に他のカードも見ながらカードのテキストを読み耽っている。

俺はアイスコーヒーを一口啜る。

冷たい喉ごしだけでなく、氷のカランとぶつかる音も涼を感じさせる。


「そういえば、いくら夏休みといっても今日は時間大丈夫だったのか?」


「それはどういう意味だ?」


漫画にざっと目を通していた揚羽が俺に質問を返してくる。相変わらず、抑揚の少ない変わった話し方だ。


「せっかくの夏休みだろ。元気な子供はプールに行ったり、遊んだりで忙しいんじゃないのか?」


「それなら大丈夫だ。私は元気な子供じゃないからな」


さも当然とばかりに答える揚羽が可笑しくてたまらない。


「たしかに」


俺は苦笑する。

揚羽は夏の時期の子供にしては似つかわしくないほど色が白く、透き通るような肌っていうのはこういう奴のことを言うんだろう。腰まで伸ばした艶やかな黒髪からも活動的な印象はなく、この落ち着いたというか変わった話し方も相まってか、大人びた印象さえも受ける。

俺が持ってきた漫画を今も静かに、真剣に読み耽っている揚羽が、元気に外で走り回っている姿なんて想像もつかなかった。


「なぁ、そのスケッチブックはお前のだろ?見てもいいか?」


「あぁ、構わないぞ」


「どれどれ」


揚羽の了解も得られたので、スケッチブックを手に取り無遠慮に捲っていく。


「…すげぇ」


自然と声が出てしまった。

スケッチブックには、おそらく鉛筆で描かれたであろう数々のスケッチが描かれていた。

人物、動物、風景…どれも自分の目で見てもかなり上手いんじゃないのかと思えるものだった。


「その年でこれだけ描けるってスゴいな」


「そうでもない。これくらい描ける奴などいくらでもいる」


「それでもスゴいもんはスゴいと思うぞ」


心から感心する。


「絵を見るのも描くのも好きなら、将来は美大とかもいけるんじゃないのか?専門でてイラストレーターでも面白いかもしれないし」


何の特技も持っていない俺からしたら羨ましい限りだ。


「将来か…私には無理だな」


スパッと言い切る揚羽。

どれだけ血の滲むような努力をしても、そこまで描けない奴もいるってのに、こいつはどんだけ贅沢なんだ。

たしかに、今の時代絵だけで食ってくとか出来なさそうだもんな。

そんなことを考えながらペラペラと捲っていく。


「そういえば、これとか全部スケッチのままだな。絵として仕上げたりはしないのか?」


「それは考えていないな」


「そうなのか?…なんか勿体ないな」


まぁ、スケッチだけでも十分すごさは伝わってくるけどな。…!

俺の手がある場所で止まる。


「これいいな」


「どれだ?」


揚羽がスケッチブックをのぞきこんでくる。


「この海のやつ、俺はこれが1番好きかも」


「!…………」


「どうしたんだ?」


「私も、……自分の絵の中で、その絵が1番好きなのだ」


揚羽がそういって満足そうに頷く。


「この描かれている場所って、前にいったことのある場所なのか?」


「ああ、ずいぶん昔のことだがな」


まだ12歳の少女が、ずいぶん昔という言葉を使うことが、たまらなく可笑しかった。

興味が湧き住所を聞いてみると、公共の交通機関を利用してもそう遠くない場所だ。だからといって、12歳の揚羽が行きやすいかというとそうでもない。


「また行ってみたいものだ」


揚羽が遠い目をする。


「じゃあ、行けばいいんじゃないのか?親とかに頼んで?」


「…………」


「どうした?急に黙って?」


「いや、コースケの言う通りだと思ってな」


「じゃあ、もし親とかも忙しくて、他に誰も一緒に行く奴がいなかったら、俺が一緒に行ってやるよ。俺なんかのたわいもない趣味の話を真剣に聞いてくれた礼もしたいし、俺もお前が1番好きだって場所を1度見てみたいしな」


「………」


揚羽は黙ったまま俺を見つめてくる。


「…本当か?」


「おう。ただし、ちゃんと親の許可は貰っとけよ」


「わかった」


揚羽は力強く頷く。



俺と揚羽はそれからも毎日、喫茶店で会っていた。俺たちはたわいもない話をしては二人の時間を過ごした。

俺が自分の趣味の話をすることもあれば、揚羽が自分の好きな画家の画集を持って来ることもあった。正直、名前くらいしか知らなかった画家の生い立ちとかだが、揚羽の説明で聞くとまるで1つの物語のように耳に残っていく。


ある日、俺は少し浮かれていた。

共働きの両親は忙しい。

だから、時折、用事を頼まれては臨時収入を貰えることがあった。今日は特に急ぎの用事だったらしく、カードや漫画を数冊ほど買いにいってもなお余るくらいの臨時収入を貰うことができた。

いつもより少しだけ厚くなった財布を持ち、揚羽とあった後に、買い物へ行こうと、いつもの喫茶店へと向かう。

喫茶店が見えてくると、いつもは中で待っている揚羽が店の入り口で、少し怪しげにうろうろしていた。


「よう、揚羽、どうした?」


「コースケか」


揚羽はこの暑い中でも汗一つかくことなくたたずむ。


「入らないのか?今の時間に来ているってことは、お前もここで飯を食うんだろ?」


「そうしたいんだがな。だが、今日は買い物をしすぎてしまって、持ち合わせがあまりないのだ」


「へー、揚羽でもそんなことあるんだな」


普段しっかりしてそうに見える揚羽の思いもよらない年相応な一面が見れてなんか嬉しくなる。

そして、いつもより少しだけ厚くなった自分の財布のことを思い出す。


「しょうがない。今日は俺が奢ってやるよ」


「いや、それはダメだ!!!」


喜ぶかと思っていたが、揚羽は意外にも俺の申し出を速攻で却下する。

なんて遠慮深いやつなんだと思っていると、


「私に昼食代を奢ることで、コースケ、お前が飢えて行き倒れになったら大変だからな。こんな暑い日に自販機の前で飲み物も買えずに指をくわえて見ていることしかできないお前を私は見たくない」


「……お前な」


揚羽の脳内では、どれだけ惨めな俺の姿が想像されているのだろう。


「金は大事にしろ」


こいつは……いったい俺をどんだけの貧乏人だと思っているんだ!前はエロいと思われ、エロイラストを披露されたし…。

揚羽の中での俺の評価はどれだけ低い位置にあるんだか心配になる…。

ここは年上の力ってのを見せてやるか。


「おいおい、高校生の財力を舐めんなよ。好きなものを何でも頼んでいいから。ほら、いくぞ」


俺は、勢いそのままに揚羽の手をとるとドアに向かって突き進む。揚羽は、その間、俺の手に掴まれた自分の手を不思議そうに見つめてくる。

俺たちは店内に入ると、いつもの席に座る。


「で?…今度はどうしたんだ?」


揚羽はメニューを見たまま動かない。

初めて来た店でもあるまいし、何を迷っているんだか…。


「決まんないのか?」


「いや、何でも頼んでいいとのことだったので、パフェも頼もうと思うのだが―」


パフェって…こいつは高校生の財力を過大評価しすぎじゃないのか。……たしかに何でも頼んでいいといったがほんとに遠慮がないな。


「ーイチゴとチョコレート、どちらがいいかと思ってな」


「あははは」


「コースケ、何が可笑しいのだ?」


「いや、悪い。揚羽、お前にも子どもらしい悩みがあったんだなと思ってな」


「当然だろ。私は子どもなのだから」


揚羽のその言葉を聞き、俺はなおも笑ってしまった。俺はこのあとの買い物を諦める。…いや、諦めるって言い方は違うのかもしれない。だって買い物より、ここでこいつがどんな顔してパフェを食うのかとか、そっちの方が気になってしまったのだから。


「じゃあ、俺がお前と違うのを頼むから、お前は好きな方を頼め」


「いいのか?」


「あぁ」


「よし、私はもう決めたぞ」


「じゃあ、注文するか」


そして、俺はオムライス、揚羽はドリアを食べたあと、それぞれイチゴとチョコレートのパフェが運ばれてくる。


「ん~、ふむ、旨美味いな」


「ああ」


俺は心から同意する。

だが、それは味だけでなく、目の前で揚羽が美味そうにパフェを食っているからってのも理由の1つのだろう。


「どうだ?イチゴにして良かったか?」


「ふむ、なかなか美味いぞ。コースケ、お前も食べてみろ」


そういって、イチゴパフェの器を寄せてくれるのかと思いきや、揚羽は自分のスプーンにイチゴソースのかかったソフトクリーム部分をすくって俺に差し出してくる。

まぁ、相手は子どもだしな。

俺は何の躊躇もなく、それを口で受け止める。


「うん、美味いな。俺のも食ってみるか?」


「…うむ」


少し戸惑いのようなものを見せながらも、揚羽は頷くのを確認して、俺はチョコレートパフェを器ごと差し出す。


「…………」


だが、揚羽は手をつけようとはしない。


「どうした?……揚羽、食わないのか?……って、おい!」


揚羽は一瞬なにか不満そうな顔をすると、自分のスプーンに俺のチョコレートパフェの生クリームとソフトクリーム部分をゴッソリとすくい、自分の小さな口に運という暴挙に出た。


「俺のチョコレートパフェがコーンフレークだけになっちまった!!!」


「ふごうふぉとふ(自業自得)」


「えっ?何ていってんだ?…そんだけ口一杯にクリームを放り込んだらさすがに喋れないだろ…ってか、お前口のまわりスゴいことになってるぞ!」


自分の口の大きさや容量も考えずに山盛りクリームを突っ込んだものだから、揚羽の口のまわりはクリームで真っ白になっていた。

しょうがないなと、俺はテーブルに備え付けられているナプキンで拭ってやる。

揚羽は嫌がる様子もなく、


「ん」


って、顎をつき出してくる。


「ほら、取れたぞ」


「ふむ、感謝する」


「………………」


俺はクリームを拭った後も、しばしその姿勢の揚羽から目を離せずにいた。


「コースケ、どうしたのだ?」


「いや、何でもない」


「そうか?」


揚羽はとくに気にした様子もなく流してくれたようだ。

ふぅ、助かった。

俺は揚羽のさっきの姿を思い出す。揚羽の姿勢が、まるでキスを迫っているように見えてしまったのは俺の煩悩のなせる技だろう。

うん、俺はロリコンじゃないし、揚羽が悪いわけでもない……よし、忘れよう。

そのあと、俺たちはいつものようにアイスコーヒーとオレンジジュースを注文し、いつもと同じ変わらない二人の時間を過ごした。



数日が過ぎた。


「コースケ、話がある」


「どうした?あらたまって」


「明日、私と遊びにいかないか?」


珍しいな。今まで、揚羽がそんなことを言うことはなかった。


「別にいいが、どこに行くんだ?」


「ほら、前に一緒に行ってくれるって言っていた場所があっただろう」


「あぁ、あそこか!」


俺は、揚羽のスケッチブックに描かれていた海の見える場所を思い出す。


「どうだ?」


「いいぞ。でもちゃんと親の許可は貰っとけよ」


「ふむ、ちゃんと大人の許可は貰ったぞ」


「それなら問題はなさそうだな」


俺にももちろん明日の予定なんかはない。というより、ここで揚羽と過ごすことが、まるで予定のようになってしまっていた。


「なら…いってみるか」


「ふむ」


揚羽が満足そうに頷いた。

喫茶店からの帰り道、俺はあることに気づく。そして、自分の財布の中身を見る。


1130円


それが今の俺の全財産だ。

明日、行く場所への交通費としては足りなくもないかもしれないが少し心許ない。

しかも長い移動の間に、全く飲まず食わずってわけにはいかないだろう。


まぁ、親に小遣いの前借りとか手段がないわけでもないが……。


「しゃあないな」


独りそう呟くと、俺は急いで走り出す。

まず向かった先は自分家だ。そして、今までコレクションしていたカードたちが詰め込まれたカードケースを掴み、そのまま家を飛び出した。


「いいの?これってなかなか出ないレア物でしょ。とくにこのカードなんてアルティメット仕様じゃないの」


「いいんだ」


「ふーん、まぁいいわ。じゃあ、買い取らせてもらうわね」


そういうとショップのおネエ喋りのおっさん店員は奥にあるレジへと向かっていく。

俺が集めていたカードたちは数枚の紙幣に姿を変えた。


翌日、朝早くに俺たちはいつもの喫茶店前で待ち合わせをする。


揚羽は白のワンピースにバスケットを持っていた。夏らしく花のモチーフをあしらった小さめの麦わら帽子も被っていて、すごく似合っていた。


「ハアハア、コースケ、待たせたな」


「いや、時間通りだろ?…っていうか、お前のほうこそ大丈夫か?なんかすごく息が乱れているぞ?」


「ふむ、問題ない。少しだけ体を動かしすぎただけだからな」


大きく息を乱す揚羽の様子が心配になるが、揚羽はすぐにそれを否定する。

まぁ、揚羽自身が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。


たしかに、十分もしないうちに揚羽の呼吸は普通に収まっていた。

そして、俺たちは電車やバスを乗り継いで目的の場所に向かった。


3時間後

俺たちは海の見える丘に来ていた。

あの揚羽のスケッチブックに描かれていた場所だ。


「良いところだな」


「そうだろ」


「あぁ、ここからなら海岸線も一望できるのか」


「ふむ」


満足そうな揚羽の様子を見て、俺の顔も自然と緩んでいった。


「私は、どうしてもここに来たかった」


「そうなのか?」


「ここはな。私が私の両親がまだ仲が良く幸せだった頃に何度も来た場所なのだ。だから、ここは私にとって幸せを象徴する場所なのだ」


揚羽にとって特別な場所ってわけか。


「…じゃあ、何で今までは来なかったんだ?」


「ふむ…ここは私にとって、幸せを象徴する場所だと言っただろ。これまでの私の気持ちのままでは訪れることが出来なかったってことが正直なところだ。そんな幸せだった頃と今の自分を比べるのが怖かったからな」


「…………」


そういうことだったのか。

でも、そういうことなら何で急に揚羽はここに来ようと思ったんだ?

そんな疑問が沸き起こる。

チラッと隣で眺望に見入っている揚羽に目を向けると、不意に揚羽が宣言する。


「私は、今からお前に告白する」


「はぁ?…」


揚羽が俺に告白って……マジか!

こいつは12歳で俺は17……犯罪だろ!!!

しかし、そんなことを考えながらも、なぜか心は落ち着いているから不思議だ。


「できることなら怒らずに聞いてほしい」


揚羽がそう言うと、俺に向き直り目を見つめてくる。

怒らずにってことは、愛の告白ってわけではないってことか。……何でだ?さっきより胸の奥が痛む。


俺は揚羽の告白を待つ。


瞬間、揚羽のワンピースの裾がはためいた。

風が駆け抜けたあと、再び静寂が訪れる。

一瞬の間。


揚羽が口を開く。


「私は―」


俺は息を飲む。


「―死ぬ」


「!」


揚羽はそう言った。

たしかに、死ぬと……。


「おい!…揚羽、お前何言って」


「私は死ぬんだ」


いつもと変わらないトーンで紡がれた言葉。


「……!」


俺の視線は自然と俺たちの横にある崖へと向けられる。確実とは言い難いが、まぁまぁ人が死ねる高さだ。

揚羽はそんな俺の様子を見て、俺の予想したことを察したようだ。


「コースケ、安心しろ。別にここで飛び降りて死ぬってわけではない」


「なんだ…」


「私は病気なのだ。いわゆる不治の病ってやつでな。あと半年の命らしい」


「…………」


「私は、あのいつもの喫茶店の近くにある病院に入院していてな。まだ正式な名前さえないような病気だからな。当然治療法なんてないんだ。まぁ、いろいろ研究にも協力する代わりに入院生活でもある程度の自由を約束してもらっている」


「……嘘じゃ、ないんだな」


「あぁ、…親は隠したがっていたみたいだがな。私の人生は私自身で決めたいという意思を伝え、説得に時間はかかったが認めてくれた。この夏の私の行動は、私のしたいようにしていいという許可をもらった。これで私は悔いなく死ぬ」


「………」


「私は、もう決めたのだ」


そう宣言する揚羽の大きな意思の強い瞳は、真っ直ぐに俺に向けられている。


「…………」


「…………」


しばし、俺たちは黙りこむ。

俺は情けないが、かける言葉をみつけられずにいた。突然の命の告白に頭が真っ白になっていたのだ。

どのくらい時間がたったのだろう、揚羽が静かに口を開く。


「そして、これは伝えるべきか本当に迷ったのだが、コースケ、お前にもう1つ言いたいことがある」


揚羽のヤツ、このうえ、まだ何か言うことがあるのか?

俺が身構えたのがわかったのか、揚羽は自分のワンピースの裾をギュっと握りしめる。

さっきの命の告白より緊張しているのが痛いほど伝わってくる。自分の命より緊張することって、いったい……。

そして、いつも不遜な物言いの揚羽には珍しく、本当に珍しく弱々しく言葉を紡ぐ。


「私は、コースケ……お前が好きだ」


「…………」


連続した驚きに俺は言葉を失った。

頭の中がさらに真っ白になる。

そんな俺の様子に気付かず、揚羽が言葉を続ける。


「コースケ、お前は私の狭い世界を広げてくれた。違う世界を見せてくれた。決まりきった私の運命を変えることなど誰にもできないのだろうが、私のそんな色みのない運命にお前は色を加えてくれた。そんなお前に、私は惹かれていった」


そう穏やかに呟く揚羽の脳裏には、俺との何気ない日々が思い起こされているのかもしれない。


「まぁ、コースケも突然こんなことを言われると困るよな」


「…………」


「とくに、もうすぐ死ぬ奴の言葉なんて……」


揚羽の言葉の最後の方は、声のトーンも目に見えて沈んでいった。

俺は返事どころか声すら出せないで、揚羽を不安にさせてしまっている。

みると、揚羽はその細く小さな肩を震わせている。いつもは強気な大きな瞳にも、うっすらと光るものが……って、俺はいったい何をやっているんだ!揚羽がすごく頑張って、いろいろ考えて、それでもちゃんと伝えてくれた……。そんな気持ちを考えると……クソっ!

とにかく、何でもいい。

何か言わないと…。


「揚羽……」


「答えはいらないからな」


俺のか弱い声は、まるで心を見透かされたように揚羽に遮られた。


「…………」


「ただ……」


「ただ?」


「ただ、もし1つ願いを聞いてくれるなら……コースケ、私を抱きしめてくれ」


「!!!」


「そして、コースケ。お前の時間を少しだけ、この夏の残りの少しだけでいい、私にくれないか…って、1つのはずが2つになってしまっているな」


自分より、はるかに小さな幼さも残る少女の願い。俺はそっと揚羽の肩に手を触れる。


「…………」


一瞬、ピクッと体を震わすが、揚羽は何も言わない。俺は歩み寄ると、そのまま抱きしめた。予想以上に腕のなかにスッポリと収まるその体は細く、力を入れたら壊れてしまうのではないかと心配になる。

揚羽は俺の胸に頬をすりよせる。


「コースケ、お前は温かいな」


「揚羽、子どものお前ほどじゃねえよ」


「当然だろ。私は子どもで、……まだ生きているんだからな」


「……そうだな」


精一杯、年上ぶった余裕を見せてはみるが、どうやら平静を装うのは無理そうだ。俺は胸の辺りから伝わる揚羽の体温を感じながら、たしかに今こいつが生きていることを実感した。


そして、自分の瞳から自然と溢れ落ちる涙で、もう1つの事実に気付かされた。


『俺は揚羽のことが好きなんだ』


相手が12歳だろうと関係ない。

下心とか計算も何もない。

ロリコンと呼びたい奴がいれば呼べばいい。

俺は、それでもこいつ、揚羽のことが好きなんだ!


俺の夏の残り時間が欲しいって?

そんなもん、いくらでもくれてやる!!!



そうだ。


祭りにいこう。

花火もみたい。

俺も行ったことないが、コミケに……なんて行ったら、揚羽はどんな顔をするのだろう。

揚羽の好きな画家の絵が展示されている美術館にも一緒に行ってみたい。


もちろん、いつもの喫茶店で待ち合わせて……

そう、この暑い夏はまだまだ終わらないのだから。


俺は揚羽とのこの夏の日々を大事にしたい。

きっと、それはもう二度と取り戻せない、忘れられない夏だから。


夏休み最後の日。


いつもの喫茶店。

いつもの席。

いつものドリンク。

変わらなかった日々。

変わっていく日々。

俺はそれらの言葉を噛みしめる。


「コースケ、私はお前と出会えたことで意味のあるかわからなかった短い人生に意味を持たせ、色をつけることができた気がする」


「揚羽、俺は俺なんてこんななんの力もない存在でも、お前っていう大事なもんができたことで、大事なもんのためなら一生懸命になれたりもする、少しは生きてる価値のあるかもしれない奴だってことを知ったよ」


「まったく、何だその日本語は。だが、コースケは最初から驚くべきすごい奴だったぞ」


「そうか?」


「なんせ、こんないたいけな子どもの私に半裸女性のイラストを見せてくれるものなど、そうはいまい」


「……だから、あれはわざとじゃないだろ」


「わかっている。だが、あれが私にとっての特別の始まりだ」


「特別…か」


そんなことを言ってくれるのは揚羽、お前だけだろうぜ。ありがとな。

俺は感謝の言葉しかなかった。


どれだけ話をしただろう。

長かったような、短かったような。

ただ、俺たちは終始普通だった。


テーブルに空のグラスが2つ並ぶ。

通い慣れた喫茶店を出て、俺たちは向かい合う。


「コースケ、……私は死ぬのが怖くなくなったぞ」


「揚羽、……俺は、生きるのが恐くなくなったよ」


そして、俺たちは力一杯、…微笑んだ。


俺はこれからも生きていける。

こいつ、揚羽との短いが大切な日々があったから。


そして、俺たちの夏は終わりを告げる。


新学期のある日、俺は職員室の前に立つ。

その手には、俺の夢が記された進路相談表が握られていた。





変な文章でスミマセン。

もし、読んでもらえたなら、ありがとうございました。


連載設定にしていなかったんですが、『秋、紅葉』ってこれの続き感覚で書いてみたんもある投稿してるので、良ければお手数ですが、作品検索で検索してみてください。



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