雪の花 前編
山一面に真っ白い小さな花が咲き誇ると、
今年も村に初雪が降る
清楚で可憐なその花は、
冬の訪れを人々に告げる
山に咲いた白い花々は、
まるで降り積もった雪のように見える
花が全て咲いた頃、
空から雪が降り始め、村全体を白銀に変える
そして、
今年も雪のクリスマスが訪れる……
「うぅ、寒い。今にも雪が降りそうだな」
黒いマントの襟元を閉め身震いしながら、ダリルはどんよりと曇った冬の空を見上げた。
(僕、雪を見たことないんだ。降ってくれたらいいのになぁ)
サムは、少し大きくなった子猫を胸に抱える。今ではエリーにも楽に心の声が聞こえるようになり、耳の聞こえないサムと三人でいる時は、心で話していた。第三者から見れば誰も何も喋っていないのだが、お互いの心は通じ合っていた。
(私も雪は見たことないわ。ノースウィンドゥには雪が降らないから)
(へぇ、『北風』という国名なのに?)
ダリルはフフッと笑う。
(北風はよく吹くのよ。でも、昔から雪は降らない気候らしいの)
(北風がビュービュー吹いて寒いだけ、その後に真っ白な銀世界のご褒美がないとは、つまらない国だ)
(つまらない国で悪かったわね。雪が降らないから助かってることも多いんだから)
故郷の悪口に、エリーは口をとがらせる。
(それはそうだが、君だって雪を見たいんだろ?)
(それは、もちろん)
(もうすぐ到着する、スノーヴィレッジという村は、一面現世界の美しい村だ。雪なんて飽き飽きするほど降り積もっている)
(本当に!?雪が積もってるの!)
サムは満面に笑みを浮かべ、子猫を抱えあげて飛び跳ねた。
(……雪が積もってる?でも、まだ全然雪なんて見えないわ)
遥か前方を見渡しても、雪の気配は感じなかった。遠く広がる山脈も雪の帽子をかぶっていない。
と、曇った空に一羽のカラスが現れた。カラスはカァと鳴きながらゆっくりと近づいてくる。
(カラス君のお帰りのようだ。カラス君が先に村を偵察して来たんだ)
ほどなく、カラスはダリルの元まで降りてきて、その肩にちょこんととまった。
「村の様子はどうだった?」
ダリルが聞くとカラスは小さく鳴いて、首を傾げた。
「ここがスノーヴィレッジ?……」
一足先に村に入ったエリーとサムは、村の入り口で立ち止まる。
「ゆきはどこにつもっているの?」
サムは、声に出して驚いた。ダリルの話では、辺り一面銀世界のはず……しかし、雪は全く積もっていない。空からは雪のかけら一つ舞い降りてこなかった。
「今年はまだ雪が降っていないらしい」
カラスが観てきた様子を心で感じ取っていたダリルは、少し遅れて歩いて来た。
「あなたの話では、飽き飽きするほど雪が積もってるはずでしょ?」
エリーは、がっかりしているサムの肩に両手を乗せる。
「ウソなの?」
「いいや、今まで偉大な魔法使いのダリルが、ウソをついたことがあるかい?」
ダリルはエリーを見つめて、ウィンクする。
「ますますウソっぽいわ……」
エリーは軽く息を吐く。吐く息は白い。気温はかなり低くなっていた。
「それより早く行きましょ、凍えそうよ。今夜の宿を見つけて温かいお風呂に浸かりたいわ」
エリーはサムを連れ、村に入って行く。
「おかしいな……もう雪の花は咲いているはずなのに」
ダリルは村を見渡しながら、ゆっくりと後に続いた。
村に一軒だけある小さな旅の宿屋には、旅人の姿もなくエリー達三人の貸し切り状態だった。
「う〜ん、寒い日の温かいミルクほど美味しいものはない」
ダリルは出されたホットミルクを一気に飲み干した。
「もう一杯、お代わりをおくれ」
「あなたって、本当にミルク好きよね」
エリーはカップで手を温めながら、湯気の立つミルクを口に含む。
「このミルクおいしいよ。ぼくもおかわり」
サムは殻のカップを持ち上げ、宿屋の人に声に出して言った。
「あ、ほんと……とっても甘いわ」
エリーはゆっくりと味わって飲み込んだ。
「君が入れてくれたミルクも悪くなかったが、田舎の新鮮なミルクにはかなわないな」
「気に入っていただけて良かったです」
宿屋の女性がポットに入ったミルクを運んできて、ダリルとサムのカップを満たした。色白で金髪の長い髪を束ねた美人だった。
「あなたが入れたミルクは、特別に美味しい」
ダリルは美女にウィンクすると、ゆっくりとミルクを口に含んだ。……また始まった。エリーは冷ややかな視線をダリルに送り、カップをテーブルに置いた。この数ヶ月ダリルと旅を続けているが、ダリルは行く先々の美女達に優しくいつもまわりを美女に取り囲まれていた。気にしなければいいのだが、どうしても気になるエリーだった。
「そんなことを言っては、恋人に悪いですよ」
美女はニコリと笑って、ダリルをたしなめる。
「恋人なんかじゃないです!……ただの旅の仲間ですから……」
思わず大きな声を出し、エリーは頬を染める。
「確かに、僕とエリーはそういう関係じゃない。一度もしとねを共にしたことはないからね」
ダリルはフフッと笑った。
「僕は魔法使いダリル。彼女はその弟子エリーで、彼はエリーの弟のサムだよ」
「まあ、魔法使いの方々なんですか?私はリアと言います。この宿を夫と営んでます」
リアは皆に笑顔を向けた。
「ダリルさんは素敵な方ですね。私に夫がいなければ、恋をしてしまいそうです」
「リアさん、そんなことを言ってはダメですよ。ダリルはすぐにつけあがりますから、魔法使いといってもダリルもまだ見習いの身です」
エリーは頬を膨らませて、キッパリとそう言った。
「エリーさんは可愛いわ。私には2人はとてもお似合いの恋人に見えました」
リアは穏やかに微笑む。
「では、さっそくお料理を用意して来ますね」
「その前に一つ聞きたいことがあるのだが……」
奥に行こうとしたリアに、ダリルが声をかける。
「ここスノーヴィレッジ は雪が美しい村、この時期なら大勢の人々で賑わっているはずなのに、旅人は誰一人いない。それに雪が降っていないのは何故だね?」
「……それは」
リアは顔を曇らせ言葉を切る。
「今年はまだ雪の花が一輪も咲いていないからです……」
宿屋でゆっくりと食事をとり、温かなお湯に浸かった後、ダリルとエリーはリア夫妻の部屋を訪れた。サムはカラスやネコと一緒に、先に部屋で休んでいた。
リアの夫はヒースといい、30才くらいの落ち着いた男性だった。結婚して3年くらいだそうで、子供はまだいない。
「雪の花のことを聞きたいんだが」
簡単な挨拶の後、ダリルが口を開いた。
「今年に限って咲かないというのは、何か理由があるのかい?」
「きっと、花に与える肥料のせいだと思いますよ。毎年夏の終わり頃から花に肥料を与え始めるんですが、今年はいつもの肥料は使わなかった」
ヒースは静かな口調で言った。
「いつもの肥料にしなかったのは何故ですか?」
エリーも次第に『雪の花』に興味を持ち始めていた。
「……ゼルダおばあさんが寝込んでいるからです」
リアが暗い顔をして答えた。
「ゼルダというのは、私の祖母で90才になります。去年までは元気だったのですが、今年の春頃から体調を崩してずっと寝たきりなんです。意識もあまりないような状態で……『雪の花』の肥料はずっとゼルダおばあさん一人で作っていたもので、誰も正確な作り方を知らないんです。ゼルダおばあさんの具合が急に悪くなったので、肥料の作り方を教えてもらうことも出来なくて……」
リアはうつむく。
「90というとかなりの高齢だな。寝付いてしまったのも、病気ではなく年のせいかもしれない……肥料作りはもっと早く受け継いでいた方が良かったんじゃないか?」
ダリルは冷静に言う。
「はい……でも、ゼルダおばあさんはとても元気で、ちょっと頑固なところもありましたから、なかなか教えてもらえなかったんです。ゼルダおばあさんは、小さな頃から『雪の花』と共に育ち『雪の花』を自分の分身のように思っていました。花をとても可愛がっていて、子供や孫の私にさえも簡単には花の世話をさせてもらえなかったんです」
「ふ〜ん、そういうことか。だが、困ったものだ。何とかゼルダさんから肥料の作り方を教えてもらわないと、『雪の花』は二度と咲かないことになる」
「と言うことは、この村には二度と雪が降らないの?」
エリーはダリルに目を向けた。
(治癒の魔法でなんとかならないかしら?)心の声で問いかける。
(さっきも言ったように、ゼルダは病気ではないよ。多分寿命だ。魔法が効くとは限らない)
ダリルは緑色の瞳でじっとエリーを見つめた。
(少しやり方を変えて見れば、効くかもしれないわ)
「リアさん、明日ゼルダさんに会わせて下さい。私たちの魔法でゼルダさんの意識が戻るかもしれません」
エリーはダリルの返事を待たずに、答えた。