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第一話 病鬼

時は平安。京の都は、闇に蠢く魑魅魍魎や悪鬼羅刹が人々の平穏を脅かす、

混沌の時代にあった。

貴族たちは陰陽師を頼り、式神や霊符の力で異形を退けていたが、

その影では正式な許しを持たぬ「もぐり」の祈祷師たちが横行し、無知な民を騙して私腹を肥やしていた。


そんなある中、一人の女武者が現れる。

名は、六装りくそう 雅音がおと


六尺近い長身に褐色の肌、そして吸い込まれるような青い瞳。

彼女が携えるのは、怪異を一刀両断にする「鋼の太刀」。


「邪な魑魅を祓いたまえ――」


圧倒的な武力で闇を切り裂く彼女は何者なのか。

六つの武器を使い分け、善良な人々を救うために歩み続ける雅音。

その鋼の刃が描く軌跡の先に、果たして救いはあるのか。


京の闇を「鉄」が切り拓く、平安ダークファンタジー開幕。

それは、京の都にまだ魑魅魍魎や悪鬼羅刹といった化け物たちが、

当たり前のようにのさばっていた頃の話。


腕に覚えのある陰陽師たちは、式神や霊符を駆使して

邪悪な連中を退治したり追い払ったりしていた。


しかしその一方、役所である陰陽寮にも属さず、

正式な許しも得ていない「もぐり」の自称・祈祷師や陰陽師たちが、

都のあちこちで勝手気ままに商売をしていた。


そしてまた、無知な人々に付け入る魔の手が、

静かに、しかし確実に迫っていた。


優しげな顔つきをした一人の陰陽師が、

古びた一軒の伏屋ふせやの前で立ち止まり、

芝居がかった大きな声を張り上げる。


「これはひどい! この家の中から、おぞましい悪気が漂っておる。

 これ、誰かおらぬか!」


すると、中から年頃の娘が出てくる。

その娘は、平民にしては驚くほど整った顔立ちだった。


(ほう、磨けば光りそうな逸材ではないか……)

陰陽師は、本性がバレぬよう、密かに舌なめずりする。


「お主は、ここの娘か?」


「はい。私はこの家の娘で、アコと申します」


「アコよ、お前の家からひどい悪気を感じる。何か心当たりはないか?」


アコは青ざめ、ガタガタと震えだし、ついに泣き出した。


「実は……お父もお母も、ひどい病に伏せっております。

 ずっと寝ているのですが、ちっとも良くならなくて……」


「そうか、そうか。それはさぞ辛かったであろう。

 よし、アコよ、お前にこれを授けよう」


そう言って差し出したのは、祈祷で清めたという霊水と霊符。

しかしその実態は、ただの水と紙切れに過ぎない。


「これでお前の父も母もじきに良くなるであろう。

 ただ……これほどの名品、無料というわけにはいかぬ」


アコは必死な様子で、家の中からわずかな米と粟を持ってくる。


「お願いします! どうか、これで譲ってはいただけませぬか」


「ふむ……本来ならば到底足りぬが、

 親を思うお前の健気さに免じて、今回は良しとしよう」


「ありがとうございます! ありがとうございます……!」


数日後、あの陰陽師がまたふらりとやってきた。


「アコよ、両親の具合はどうだ?」


両親の看病に明け暮れ、心身ともに限界なのだろう。

アコはやつれ果てた顔で、力なく呟く。


「それが……全然、良くならなくて……」


「さようか。お前の親に取り憑いているのは

 『病鬼びょうき』と言ってな。

 功徳が足りぬ者に好んで取り付くのだ」


アコはすがるように両手の指を組み、必死に尋ねる。


「どうしたら……どうしたら、功徳を積めますか?」


「そうだな……子であるお前が、

 親の代わりに功徳を積むことで、あるいは邪気を払えるかもしれぬ」


そう言って、陰陽師はねっとりとした手つきで、

アコの右肩に手を置いた。


その時。奥から、杖を突きながら母親が這い出してきた。


「私たちは、大丈夫です……アコ、中に入りなさい」


母親の強い眼差しに、陰陽師はチッと舌打ちする。


「ふむ、さようか。であればよかろう。息災でな」


深追いはせず、次の「カモ」を探せばいい。

そう考えた似非陰陽師は、こともなげにその場を去った。


「お父……お母……」


少しでも滋養のあるものを親に食べさせたい。

その一心で、アコが川魚を獲りに外へ出た、そのとき。


アコの目の前に、ひとりの女性が姿を現した。


平民の男すら見上げるような、六尺(約一八〇センチ)は

あろう堂々たる体躯。陽に焼けた褐色の肌。

腰まで届く漆黒の髪は艶やかで、太いおさげに結われている。


何より目を引くのは、深い青色の瞳。

その腰には、当時の京では珍しい、

重厚な鋼の太刀が静かに吊られていた。


異様ながらも、美しい――アコはそう感じた。

女がアコに話しかける。


「そこの女子おなご。お主、憑かれておるな?」


その圧倒的な貫禄と、見たこともない出で立ちに、

アコは気おされながらもおずおずと問いかける。


「あ、あの……武者様、でしょうか……?」


「武者様……ふむ。まあ、そうだな。そのようなものだ」


女は短く答え、僅かに口角を上げた。


「私の名は、六装りくそう雅音がおとと申す」


腰の太刀に手をかけながら静かに告げる。


「邪なる物の怪や妖怪を、祓うことを生業にしている者だ」


「祓う……ですか?」


アコは、自分が知っている陰陽師たちとは

あまりにかけ離れた姿の女を、いぶかしげに見つめ返す。


「うむ。まあ、お主が不思議に思うのも無理はあるまい。

 それでだ。やはり、お主は憑かれておるな?」


「いえ、私ではなく……お父とお母が病で伏せっております」


雅音はふっと目を細め、静かに返した。


「まだ気づいておらぬか。……無理もない」


そして迷いのない足取りで一歩踏み出す。


「まあ良い。お主の家まで案内致せ」


「あ……でも、もうお武者様にお渡しできるお礼がありません」


アコが申し訳なさそうに俯くと、雅音は事もなげに告げた。


「礼などよい。祓うことこそが私の目的なのでな」


「……わかりました」


不審な気持ちは拭えぬものの、

雅音の気圧に押され、アコは彼女を家へと案内した。


そして雅音と共に家の中へ足を踏み入れた途端、

アコは突然ひどい高熱に浮かされ、その場に崩れ落ちた。


雅音はすぐさま腰の太刀に手をかける。


「――邪な魑魅を祓いたまえ、喼急如律令」


まるで己にだけ聞かせるような、鋭い言霊。

そして抜き放たれた鋼の刃。

雅音は迷いなく正眼の構えを取った。


その直後、アコたち家族三人の口から、

黒い煙とも泡ともつかぬ禍々しい何かが吐き出される。

やがて空中で不気味に混じり合い、高さ三メートル、幅一メートルにも及ぶ

巨大な塊へと膨れ上がった。


「人に病を運ぶ病鬼か……」


雅音が低く呟いた、その刹那。


一閃。


放たれたのは真向面斬まっこうめんぎり

その巨躯が反撃に転じる暇すら与えず、敵はすでに六装が一つ、

鋼の太刀の餌食となり、真っ二つに両断された。


「ふむ……少し打ち漏らしたか。だが……ちょうど良かろう」


雅音は夜の闇を見つめ、静かに呟く。


しばらくして、アコたちが深い眠りから目を覚ますと、

体は驚くほど軽く、重苦しい病の気配は嘘のように消え去っていた。

しかし、そこには命の恩人であるはずの女武者の姿はなかった。


アコは、何も知らない父と母の分まで、ただ静かに手を合わせ、

いずこかへ去った雅音へ心からの感謝を捧げた。


同じ頃、あの似非陰陽師に、逃れられぬ報いが訪れる。

雅音が打ち漏らし、あえて放った病鬼の残滓と、

これまで彼が騙し続けてきた人々が抱く積年の怨念。

それらが黒い業となり、逃げる男の背に襲いかかった。


似非陰陽師はみるみるうちに凄まじい高熱に浮かされ、

のたうち回りながら血を吐き、ついに死を迎えた。

自らが撒いた嘘の種にその命を刈り取られたのだ。自業自得として。


「六装」を背負う雅音は、今日もまた、

善良な人々を襲う邪気を断ち祓うために流離う。

鋼の刃が描く軌跡の先に、救われた人々の幸せがあると

――ただ、それだけを信じて。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

作中に登場する妖怪は、基本的にオリジナル設定の予定です。

もし何か感じたことがあれば、

ひとことでも残していただけると励みになります。

次の怪異も、雅音の旅路に寄り添っていただければ幸いです。


こちらもよろしくお願い致します。

中華風異世界で目覚めたら、自作一族の少年だった

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