第9話 線の先にある未来
翌々日のバイト帰り。
夜の空気は昨日よりも冷たく、翔はポケットに手を突っ込んだまま歩いていた。
公園の前を通りかかった、その時だった。
ベンチの明かりの下。
膝の上にスケッチブックを広げ、黙々とペンを動かす男と、その隣に寄り添う女。
翔は思わず足を止めた。
「……また、あのカップルか」
昨日見かけた二人だった。
同じ場所、同じ距離感。
違うのは、描いている絵だけ。
男の手元を、女が身を乗り出すように覗き込む。
「すご……やっぱ上手だね」
その言葉を聞いた瞬間、
翔の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
——ああ、そうだ。
高校の修学旅行前夜。
宿の窓から見えた夕焼けを描いていた自分。
その隣で、スケッチブックを覗き込みながら、彼女が言った。
「翔の絵、やっぱ好きだな」
たった一言。
それだけで、全部を肯定された気がした夜。
翔は小さく息を吐き、視線を逸らした。
「……関係ねぇだろ」
自分に言い聞かせるように呟き、公園を通り過ぎる。
振り返らなかった。
振り返れば、もう戻れない気がしたからだ。
家に着くと、部屋は静まり返っていた。
電気をつけ、リュックを下ろす。
クローゼットの奥。
何年も開いていなかった箱の中に、スケッチブックがあった。
「……久しぶりだな」
半ば衝動的にペンを取る。
白紙を開き、さっき見た公園の風景を思い出す。
最初は線が震えた。
だが、描くうちに少しずつ感覚が戻ってくる。
街灯の光。
ベンチの影。
二人の距離感。
——あれ?
翔はペンを止め、紙を見つめた。
「……思ったより、描けてる」
悪くない。
むしろ、かなりいい。
胸の奥で、何かが静かに熱を持つ。
忘れたと思っていた夢が、
まだ死んでいなかったと知った瞬間だった。
「……もう一回、やってみるか」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
その直後、
机の引き出しの奥にしまった、トランシーバー型の装置が頭をよぎった——。




