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パラノイズ〜人生の選択〜  作者: ムーンキャット


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第8話:捨てた夢

次の日のバイト帰り

コンビニを出て少し歩いたところで、翔は足を止めた。

 街灯の下、ベンチに座る男女が目に入ったからだ。

 男の方はスケッチブックを膝に乗せ、何かを描いている。

 女はその隣に腰掛け、身を寄せるようにして覗き込んでいた。

「え、なにそれ。すご……めっちゃ上手じゃん」

 はしゃいだ声が、夜の静けさに溶ける。

「ほんと? ありがとう」

 照れたように笑う男。

 女は嬉しそうに肩をぶつけた。

 その光景を見た瞬間、翔の胸が強く締め付けられた。

 ――ああ、これだ。

 記憶が、一気に引き戻される。

 高校の放課後。

 教室の窓際で、無心に風景を描いていた自分。

 いつの間にか隣に立っていた、あの子。

『翔ってさ……絵、ほんと上手いよね』

 あの言葉。

 あの、少し照れた笑顔。

 翔は視線を逸らし、ゆっくり息を吐いた。

「……今さら、か」

 だが、視界の端で男のペンが動くのを見てしまう。

 迷いなく、楽しそうに。

 翔は、その場を立ち去るまで、しばらく動けなかった。

「……何やってんだろな、俺」

 夢を持っていたはずなのに。

 描くことが好きだったはずなのに。

 いつの間にか「どうせ無理だ」と決めつけていた。

 そのまま歩き、アパートに着く。

 古い階段を上り、部屋の鍵を開けた。

 電気をつけると、いつもと変わらない六畳一間。

 コンビニ弁当をテーブルに置いた翔は、ふと部屋の隅にある棚に目をやった。

 ――スケッチブック。

 何年も前に買って、そのまま放置していたものだ。

 無意識にそれを手に取り、引き出しからペンを探す。

「……今さら、だよな」

 そう思いながらも、白いページを前にすると手が止まらなかった。

 窓の外に見える街灯。

 その下で静かに揺れる雪。

 線を引く。

 もう一度、線を重ねる。

 ――あれ?

 思ったより、手が動く。

 感覚が、残っている。

 夢中で描き続け、気づけば数十分が経っていた。

 翔はペンを置き、スケッチブックを少し離して眺める。

「……悪くない」

 いや、正直に言えば――かなり、描けている。

 素人目でも「イケるかも」と思えるくらいには。

 胸の奥が、じわっと熱くなった。

「忘れてただけ、か……」

 才能が消えたわけじゃない。

 ただ、追いかけるのをやめただけだった。

 翔はスケッチブックを胸に抱え、静かに呟く。

「……もう一回、やってみるか」

 絵を描く。

 絵描きになる。

 子供の頃に置き去りにした夢を、もう一度拾い上げる。

 その決意と同時に、ポケットの中の装置が、やけに重く感じられた。

 ――使わなければ、寿命は減らない。

 ――でも、もしこの道が間違っていたら?

 翔は装置を机の上に置き、じっと見つめる。

 この夜、彼はまだスイッチを押さない。

 だが、もう戻れない場所に足を踏み入れたことだけは、確かだった。


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