第6話:未来の俺は、何かを隠している
部屋の明かりを落としても、落ち着かなかった。
テレビは消えている。
スマホも、机の上に伏せた。
静かなはずの部屋で、
翔の耳には、あのノイズが残っていた。
「……やっぱ、おかしいだろ」
最近、増えた砂嵐。
一瞬だけ揺れる視界。
理由のない不安。
そして――
机の上の、トランシーバー型装置。
翔は、しばらくそれを見つめていた。
「……聞くだけだ」
言い訳のように呟き、
装置のダイヤルに手を伸ばす。
いつものように、適当に。
カチ……カチ……
「……頼むから、出てくれ」
ノイズ。
砂嵐。
そして――画面が、浮かび上がる。
ノイズ越しに映ったのは、少しやつれた自分だった。
「……俺?」
『……やっぱり、使ったんだな』
未来の自分は、そう言って目を伏せた。
「なあ……正直に言え」
翔は、唾を飲み込む。
「これ……何か、ヤバくないか?」
一瞬の沈黙。
ノイズが、強くなる。
『……』
「最近、視界が揺れるんだ。
頭も、たまに……」
『……』
未来の自分は、答えない。
それが、何よりの答えだった。
「なあ……」
翔の声が、震える。
「俺、このまま使ってて……大丈夫なんだよな?」
しばらくして、未来の自分が口を開いた。
『……翔』
名前を呼ばれた瞬間、
胸が、きゅっと締めつけられた。
『聞かない方がいい』
「……は?」
『今は……まだ』
ノイズが、画面を歪める。
『選択は……戻せない』
「待て!
それ、どういう――」
バチッ、と音がして、
画面が途切れた。
砂嵐。
沈黙。
「……ふざけんなよ」
翔は、装置を握りしめた。
手のひらが、汗で湿っている。
「……何なんだよ、これ」
答えは出ない。
だが、確実に言えることが一つだけあった。
――この装置は、
知らないまま使っていいものじゃない。
そして。
それでも翔は、
また使う未来を、頭のどこかで想像していた。
装置を置いてから、五分も経っていなかった。
「……くそ」
翔は、もう一度それを手に取った。
さっきは怖くなって、
聞くべきことから目を逸らした。
でも――
「このまま知らねぇ方が、
もっと怖いだろ……」
震える指で、ダイヤルを回す。
カチ、カチ、という音が、
やけに大きく感じた。
「……出ろ」
砂嵐。
ノイズ。
「……出てこいよ、未来の俺」
一瞬、何も映らない。
――だが。
『……しつこいな』
画面に映ったのは、
さらに疲れた表情の自分だった。
「当たり前だろ」
翔は、睨み返す。
「中途半端なこと言って、
そのまま切るとか……」
『……』
「ちゃんと説明しろ」
間があった。
ノイズが、画面を覆う。
未来の自分は、
小さく息を吐いた。
『……知りたいのか』
「当たり前だ」
『後悔するぞ』
「もうしてる」
即答だった。
未来の自分は、
しばらく翔を見つめてから、
ゆっくり口を開いた。
『……なら、一つだけ言う』
画面が、ぶつぶつと歪む。
『お前が望まなくても――』
ノイズが、急に強くなる。
『もうすぐ、知ることになる』
「……は?」
『止めようとしても、無理だ』
「何を――」
『選んだ時点で、もう始まってる』
「待て!
それ、どういう――」
未来の自分は、
はっきりと翔を見据えた。
『覚悟だけは、しとけ』
その瞬間。
――ブツッ。
画面が完全に消えた。
静寂。
耳鳴りだけが、残る。
「……覚悟?」
翔は、力なく笑った。
「何のだよ……」
装置を机に置いた、その時。
視界の端が、
今までで一番はっきりと、砂嵐に染まった。
「……っ!」
ほんの数秒。
だが、確実に長かった。
元に戻った世界は、
変わらず、いつもの部屋。
なのに。
翔の胸の奥には、
言いようのない予感だけが残っていた。
――もう、後戻りはできない。
そんな気がしてならなかった。




