第5話:大人の扉の前で
夜の街は、昼間よりも騒がしかった。
ネオン。
客引き。
呼び込みの声。
翔は、場違いな気分のまま、そこに立っていた。
「……来ちまった」
ポケットの中には、いつもより分厚い財布。
心臓は、やたらとうるさい。
――二十八歳。
童貞。
別に、誰かに言われたわけじゃない。
急ぐ理由もない。
それでも。
「……今の俺なら、行ける、よな」
勢い。
ほんの出来心。
そして、増えた金。
理由はそれだけだった。
看板を見上げる。
きらびやかな文字と、笑顔の女性の写真。
「……」
足は止まったまま、動かない。
脳裏に浮かぶのは、
まだ見ぬ“恋人”の姿。
「……初めては、好きな人がよかった、よな」
自分でも驚くほど、
その考えは、すっと胸に落ちた。
誰かと、ちゃんと向き合って。
笑って。
喧嘩して。
手を繋いで。
そんな普通の関係の先に、
その瞬間があればいい。
「……俺、何考えてんだ」
自嘲気味に笑う。
数分前まで、
勢いだけで来たくせに。
結局、翔は踵を返した。
来た道を、そのまま戻る。
少しだけ、胸が軽かった。
「……まあ、いいか」
今はまだ。
その時じゃない。
夜風に当たりながら、
翔は静かに息を吐いた。
――その瞬間。
「……っ」
視界が、僅かに揺れた。
ほんの一瞬。
砂嵐のようなノイズ。
「……また、か」
最近、増えてきた気がする。
目を擦る。
すぐに元に戻る。
だが、胸の奥に、
小さな不安が残った。
机の上の、あの装置。
「……本当に、ただの便利道具か?」
答えは、まだ、ない。




