最終話「二人で歩む未来」
装置は、沈黙していた。
もう二度と、ノイズを吐き出すことも、
未来の自分を映し出すこともない。
翔は、それを箱に納め、
ゆっくりと蓋を閉じた。
――未来を、閉じた。
「……これで、本当に終わりだな」
綾華は頷いた。
嗅覚を失ったこと、
次に触覚を奪われた事も、
すべて分かった上で、彼女はここにいる。
「逃げないって、決めたんだね」
「ああ」
翔は小さく笑う。
「失ったものは……正直、でかい」
触れた感触は戻らない。
この先、食べ物の味さえ消えるかもしれない。
それでも。
「それでもさ」
翔は、綾華の方を向いた。
「綾華と一緒に生きる未来を、
自分で選べたなら……悪くない」
翌朝。
二人は、何でもない朝食を囲んでいた。
トーストと、卵と、少し冷めたコーヒー。
翔は一口かじる。
……味は、確かに前より薄い。
だが。
「――うまいな」
その一言に、
綾華は驚いたように目を見開き、
次の瞬間、泣きそうに笑った。
「……ほんとに?」
「ああ」
翔は頷く。
「味じゃない。
この時間が、だ」
未来を知る力は、もうない。
選択をやり直すこともできない。
触れられない身体と、
いつか失うかもしれない感覚を抱えながら。
それでも翔は、歩く。
「失ったものは大きい」
翔は、心の中でそう呟いた。
「でも――
それ以上に大事なものを、
ちゃんと選んだ」
未来は、分からないままでいい。
彼は、人として、
愛する人と共に歩む道を選んだ。
それが、
渋谷翔の“最後の選択”だった。
――完。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は
「もし未来を知ることができたら、人は幸せになれるのか?」
という、とても単純で、とても残酷な問いから始まりました。
主人公・翔は、
未来を知る力を手に入れ、
過去を書き換え、
その代償として、少しずつ“人間らしさ”を失っていきます。
嗅覚、触覚――
そして、未来そのもの。
それでも彼が最後に選んだのは、
完璧な未来でも、やり直せる人生でもなく、
誰かと共に、分からない未来を歩くことでした。
私たちは日々、無数の選択をしています。
正解が分からないまま、
後悔するかもしれないと知りながら、
それでも前に進んでいます。
この物語が描きたかったのは、
「正しい選択」ではなく、
**「自分で選んだ選択を、抱えて生きること」**です。
失ったものは確かに大きい。
けれど、それ以上に大切なものを選べたなら――
それは、きっと“間違いじゃない”。
そんな想いが、
少しでも読者の皆さまの心に残ってくれたなら、
これ以上の喜びはありません。
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
――作者より




