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パラノイズ〜人生の選択〜  作者: ムーンキャット


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25/38

第25話 代償の中身

その夜、翔は眠れなかった。

横になっても、目を閉じても、

昼間の吐血と、綾華の不安そうな顔が何度も浮かぶ。

(病院に行けば、何かが終わる)

(行かなければ、何かから逃げ続ける)

どちらも、地獄だった。

――ザ……ザザ……

来る気配。

今度は、驚きはなかった。

「……来たんだろ」

返事をする前に、

視界がゆっくりと歪む。

ノイズは、前よりも静かだった。

『冷静だな』

「慣れただけだ」

翔は、ベッドに腰掛けたまま言った。

「五感って言ったな。

 はっきり説明しろ」

一瞬、空気が張り詰める。

『世界が帳尻を合わせる際、

 “命そのもの”を直接奪うのは効率が悪い』

「……?」

『だから、人間を人間たらしめている要素を削る』

ノイズの中に、

何かを指し示すような感覚が走った。

『視覚。聴覚。嗅覚。味覚。触覚』

五つの言葉が、

一つずつ、頭に刻み込まれる。

『一つ差し出せば、

 病の進行は止まる』

翔の喉が、鳴った。

「……完全に、失うのか?」

『戻らない』

即答だった。

『失った感覚は、

 二度と回復しない』

部屋の静けさが、

異様なほど重く感じられた。

「視覚と聴覚は……」

『勧めない』

宇宙人は、あっさり言った。

『装置との交信、

 人間社会での生活、

 どちらも著しく困難になる』

「……だろうな」

翔は、乾いた笑いを漏らした。

鼻で息を吸う。

――コーヒーの匂い。

昼に綾華が淹れてくれたやつ。

(これが、無くなるのか)

手のひらを握る。

――シーツの感触。

布のざらつきと、体温。

(これも……)

「選ばなかったら?」

『病は進む』

「どれくらい持つ」

『一年、もたない可能性が高い』

はっきり言われて、

逆に現実味が増した。

翔は、顔を覆った。

「……クソだな」

『帳尻合わせだ』

感情のない声。

『誰かが得た分、

 誰かが失う』

翔は、ゆっくり顔を上げた。

「……嗅覚と触覚」

その言葉が、

自分でも驚くほど自然に出た。

『ほう』

「視覚と聴覚は残せ。

 絵も、漫画も、

 ……綾華の声も」

一瞬、沈黙。

『後悔するぞ』

「後悔しない選択なんて、

 最初から無かっただろ」

ノイズが、微かに揺れた。

『決断は、次の通信まで保留とする』

「……逃げる時間をくれるのか?」

『人間は、

 迷っている時が一番、強い』

皮肉とも取れる言葉。

『次に繋いだ時、

 選択は確定する』

ノイズが、薄れていく。

『それまでに、

 “何を守りたいか”を考えろ』

通信は、そこで途切れた。

部屋に、静寂が戻る。

翔は、しばらく動けなかった。

鼻から息を吸う。

まだ、匂いはある。

シーツを掴む。

まだ、触れる。

(……失うって、こういうことか)

守るために、

確実に何かを切り捨てる。

翔は、初めてはっきりと理解した。

これは取引じゃない。

選択だ。

そして――

もう、元の場所には戻れない。

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