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パラノイズ〜人生の選択〜  作者: ムーンキャット


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第24話 残された手段

朝、目を覚ました瞬間から――

体が、明らかにおかしかった。

重い。

とにかく重い。

まるで内側から鉛を流し込まれたみたいに、

手足が言うことをきかない。

「……っ」

起き上がろうとして、

一瞬、視界が暗転した。

壁に手をついて、なんとか立つ。

心臓の鼓動が、耳の奥でうるさいほど響いていた。

(……まだ、病院に行くほどじゃない)

そう思い込もうとする自分がいる。

行ってしまえば、何かが確定してしまう気がして。

キッチンに立つと、

綾華がすでに朝食の準備をしていた。

「おはよう……翔?」

振り返った瞬間、

彼女の表情が曇る。

「……顔色、悪すぎ」

「寝不足なだけだって」

そう言った直後、

胸の奥が、きりっと締め付けられた。

一瞬、呼吸が止まる。

「翔!」

綾華が駆け寄る。

肩を掴まれた瞬間、

自分がどれだけ震えているか、はっきり分かった。

「ちょっと座って。今すぐ」

「大丈夫だ……」

そう言いかけて、

喉の奥に鉄の味が広がった。

――嫌な予感。

口元を押さえるより早く、

赤いものが指の隙間から滴り落ちた。

「……っ!?」

床に、ぽたっと落ちる音。

綾華の顔から血の気が引いた。

「翔……血……?」

「……っ、だいじょ――」

言葉は、最後まで続かなかった。

「もう無理! 病院行く!」

「待て!」

反射的に叫んでいた。

綾華が、はっとして立ち止まる。

「……どうして?」

その目に浮かぶのは、

心配と、困惑と、ほんの少しの恐怖。

「今すぐじゃなくていい……」

「翔」

低い声だった。

「隠してるよね。何か」

胸の奥が、きしむ。

言えない。

言ったら――何かが壊れる。

「……仕事、あるだろ」

苦し紛れの言葉に、

綾華はしばらく黙り込んだ。

「……分かった」

そう言ったあと、

彼女は視線を逸らした。

「でも、今日中に行って。絶対」

翔は、ただ黙って頷いた。

その夜。

一人になった部屋で、翔はベッドに腰掛けていた。

クローゼットの奥を、見ないようにして。

(使わなければ……)

(使わなければ、何も起きない)

何度も繰り返す言葉は、

もはや自分を慰める力を失っていた。

――ザザ……ッ

来る。

今度は、はっきり分かった。

『……逃げ道は、もう無い』

声は、低く、確信に満ちていた。

「……病気のせいか?」

『違う』

即答だった。

『それは“結果”だ』

視界が、ゆっくりとノイズに侵されていく。

『世界は、帳尻を合わせようとする』

「……俺一人に、か?」

『たいていは、そうなる』

心臓が、嫌な音を立てる。

『だが、方法はある』

「……また、代わりを差し出せってか」

一瞬の沈黙。

その沈黙が、何より不気味だった。

『次は――

 “感覚”だ』

翔は、息を呑んだ。

『五感のうち、一つ』

「……」

『命を延ばしたいなら、選べ』

ノイズが、徐々に強まっていく。

『次の通信で、詳細を話す』

「待て……!」

だが、声はもう届かなかった。

装置の気配が、すっと消える。

残ったのは、

自分の荒い呼吸と、

胸の奥に残る、はっきりとした恐怖。

翔は、震える手で顔を覆った。

(……五感、だと?)

それは、

生きている実感そのものだった。

逃げ道は、

もう――本当に、無かった。

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