第21話 嘘で守る日常
「おかえりー」
玄関のドアを開けた瞬間、
いつも通りの声が飛んできた。
エプロン姿の綾華。
湯気の立つキッチン。
変わらない、幸せな光景。
「どうだった? 打ち合わせ」
「……ああ、まあまあ」
翔は視線を逸らしながら靴を脱ぐ。
胸の奥が、ずっとざわついている。
(言えるわけ、ないだろ……)
「今日さ、新しいアイデア思いついたの!」
楽しそうに話す綾華を見て、
翔は無理やり笑顔を作った。
「へぇ、どんな?」
会話は成立している。
でも、どこか噛み合っていない。
夜。
ベッドに入っても、眠れなかった。
身体の奥に、鈍い痛みが残っている。
咳き込むのを必死に堪え、
隣で眠る綾華を起こさないように息を殺す。
(……一年)
その言葉が、頭から離れない。
翌日も、その次の日も、
翔は「普通」を演じ続けた。
仕事をし、
漫画を描き、
笑い、
嘘を重ねる。
だが、確実に身体は裏切り始めていた。
ペンを持つ手が震える。
階段を上るだけで息が切れる。
視界の端が、一瞬歪む。
(……バレる)
(このままじゃ、絶対に)
翔は、あの部屋を見た。
クローゼットの奥。
埃をかぶった、あの装置。
(使わなければ……)
(使わなければ、寿命は縮まらない)
そう思うたび、
頭の奥で“何か”が反論する。
――本当に、それでいいのか?
その夜。
部屋の明かりを消した瞬間だった。
「――――」
空気が、震えた。
視界が、一瞬だけ白くノイズに侵される。
耳鳴り。
そして――
装置が、勝手に起動した。
次の瞬間、
頭の中に直接、声が響く。
『……まだ、逃げるつもりか?』
翔は、息を呑んだ。




