第12話 逃げ道は最初からなかった
その夜、
翔は布団に入っても、なかなか眠れなかった。
目を閉じると、
描きかけの線や、砂嵐のノイズが脳裏に浮かぶ。
「……考えすぎだ」
そう呟いて、目を閉じ直した、その瞬間だった。
——ブッ。
耳元で、低いノイズ音が鳴った。
翔は、飛び起きた。
「……は?」
机の上。
引き出しの奥にしまったはずの装置が、
淡く光を放っている。
誰も触っていない。
ダイヤルも、動いていない。
なのに——。
視界が、ゆっくりと歪み始めた。
「……やめろ……」
テレビの砂嵐のようなノイズが、
部屋の空間に滲む。
やがて、
そのノイズの向こうに“何か”が立ち上がった。
人の形をしている。
だが、人ではない。
〈……聞こえるか〉
「……お前……」
声は、以前よりもはっきりしていた。
「また来たのか……いや、
今回は……俺が呼んだんじゃない」
〈分かっている〉
〈起動条件を満たした〉
「条件……?」
ノイズが、一瞬だけ強くなる。
〈装置を拾った時点で〉
〈君は、もう選ばれている〉
翔は、思わず笑った。
「……冗談だろ」
〈逃げられると思っていたか〉
その言葉に、
胸の奥が冷たくなった。
「使わなければいいって……
そう言ったのは、お前だろ」
〈“使わない”という選択は存在する〉
〈だが〉
〈“関わらない”という選択は存在しない〉
「……意味が分からねぇ」
〈装置は、君を選んだのではない〉
〈君が、装置を成立させた〉
翔は、言葉を失った。
「……俺が?」
〈強い未練〉
〈やり直したい過去〉
〈まだ諦めきれていない未来〉
ノイズの向こうで、
“それ”は淡々と告げる。
〈そういう人間にしか〉
〈この装置は、反応しない〉
翔は、拳を握りしめた。
「……じゃあ、最初から」
〈そうだ〉
〈最初から、逃げ道はなかった〉
部屋が、しんと静まる。
「……だったら、なんで教えた」
寿命の話。
代償の話。
〈知らずに使えば〉
〈君は、もっと早く壊れていた〉
「……優しさのつもりかよ」
〈警告だ〉
ノイズが、ゆっくりと薄れていく。
〈それでも君は〉
〈“知りたい”と望む〉
〈“変えたい”と願う〉
最後に、
その声は、こう言った。
〈次に選ぶ未来は〉
〈戻れない〉
——ブツン。
光が消え、
装置は沈黙した。
部屋には、
自分の呼吸音だけが残る。
「……ふざけんな……」
翔は、顔を覆った。
使わなければいい。
そんな甘い話じゃなかった。
逃げられないなら、
残るのは——選ぶことだけ。
翔は、
引き出しの奥に装置を戻した。
だが、その指先は、
微かに震えていた。




