第10話 ノイズの向こう側
装置を手に取った瞬間、
後悔は、まだなかった。
「使わなければいい」
そう思っていたはずなのに、
翔の指はもう、調整ダイヤルにかかっていた。
——一年後。
心の中でそう念じる。
カチリ、と小さな音がして、
装置が低く唸り始めた。
「……来るぞ」
次の瞬間、
視界が一気に歪んだ。
まるで古いテレビの砂嵐だ。
白と黒のノイズが、視界いっぱいに広がる。
これまでで、一番ひどい。
「……っ、見えねぇ……!」
遠い。
過去よりも、明らかに遠い。
ノイズの向こう、
何かが“ある”のは分かるのに、
輪郭が掴めない。
——人影?
一瞬、誰かが立っているように見えた。
部屋のような場所。
壁一面に、何かが並んでいる。
——絵?
次の瞬間、映像が大きく乱れた。
「……っ、聞こえるか……?」
ノイズ越しに、声のようなものが混じる。
だが、言葉にならない。
〈……まだ……〉
〈……描いて……〉
それだけが、断片的に聞こえた。
「成功してるのか……?
それとも……」
問いかける間もなく、
視界が一気に真っ白になる。
——ブツン。
装置の唸りが止み、
翔は思わず膝をついた。
「……はぁ……はぁ……」
息が荒い。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「……なんだよ、これ」
成功したのか。
失敗したのか。
何も、分からない。
分かったのは一つだけ。
——簡単には、教えてくれない。
装置を机に置き、
翔はしばらく、その場に座り込んでいた。
やがて、視線がスケッチブックに向く。
描きかけの公園の絵。
まだ、完成していない。
「……結局、分からねぇなら」
翔は、ペンを取り直した。
「描くしかねぇだろ」
未来がどうであれ、
結果がどうであれ。
今、描かなければ、
この先に進めない。
ペン先が、紙を走る。
ノイズの向こうにあったものが、
何だったのかは分からない。
だが、
あの断片的な声だけが、
妙に胸に残っていた。
——描いて。
翔は、黙って線を重ね続けた。




