第七話 ある日の日曜日②-鈴木さんの呟き-
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
別れ際の優真くんの少し切なそうに表情。
どこか言葉にできない違和感が混じった、不思議な感覚。
私はそれを少し心配に感じつつ、エントランスへ足を踏み入れた。
エレベーターの前に立ち、ボタンを押す。
……鈴木さん、今、家に居るのかな。
さっき優真くんと話したからだろうか。特に用がある訳でも無いのに、何故か、ふと鈴木さんのことを考えた、その瞬間。
「田中さん」
背後から、声をかけられた。
振り返るとそこには、私服姿の鈴木さんが、少しだけ戸惑ったような表情で立っていた。
「あ、鈴木さん。お疲れさまです」
反射的にそう挨拶すると、彼は一瞬だけ間を置いてから、
「……お疲れさまです」
と返してきた。
その声が、ほんの少しだけ低い。
鈴木さんの視線が、さっき優真くんと別れた辺りをチラッとかすめる。
その時、エレベーターが到着した。
二人並んで、無言のまま乗り込む。
ドアが閉まる音が、やけに大きく感じられた。
密室。
いつもより近い距離に、何故だか少し、ドキドキしてしまう。
「……さっきの人」
沈黙を破ったのは、鈴木さんだった。
私は顔を上げる。
「あの人、誰?」
淡々とした口調。けれど、どこか硬い。
「この前、カレー食べた時、彼氏はいないって言ってたけど、……もしかしてあの後、彼氏できたんですか?」
少し冷たい言い方に、胸がきゅっと縮んだ。
「え……、」
一瞬、言葉を選んでから、私は答えた。
「あ、彼は高校からの親友で……」
鈴木さんの雰囲気がいつもと少し違うことが気になったこともあって、あえていつもより明るめを意識した口調で言った。
「……親友?」
鈴木さんが、眉を寄せて、低い声で聞き返してきた。
「はい。すごく優しい人だから、頼りにしちゃって」
私は自然な口調で、ありのまま答えた。
「そうなんだ……」
短い返事が返ってきた。
その声音が、やっぱりいつも話す時と全然違って、明らかに不機嫌なもので戸惑った。
エレベーターが、ゆっくりと上昇していく。
数字が一つずつ増えるたび、妙に落ち着かない。
鈴木さん、もしかして何かあったのかな……?
明らかに態度がいつもと違う鈴木さんの様子が心配になって、聞こうとしたその瞬間。
鈴木さんがぽつりと続けた。
「なんか」
一拍置いて。
「俺、田中さんが他の男の人といるの、嫌みたいです」
少し拗ねた様な声音で呟かれたその一言に、心臓がドキリと跳ねた。
「……え?」
思わず、聞き返してしまう。
嫌、って。
それ、どういう意味……?
鈴木さんは、私の方を見ないまま、エレベーターの壁を見つめている。
その横顔は、いつもより硬くて、少しだけ強張って見えた。
「さっき、親しそうに話してるの見て……なんか複雑な気持ちになりました」
淡々としているのに、どこか苛立ちを含んだ声。その言葉に、胸の奥がじわっと熱くなる。
「……鈴木、さん?」
戸惑いと一緒に、名前を呼ぶ。
エレベーターが、目的の階に近づく音がする。
もうすぐ、ドアが開く。
なのに、時間が引き伸ばされたみたいに感じた。
「……すみません」
鈴木さんは、ようやくこちらを見て、少しだけ困ったように笑った。
「変なこと言いましたよね」
でも、その目は、冗談を言っているようには見えなかった。
ドアが、ちん、と音を立てて開く。
私は一歩、外へ出て、それから振り返る。
「……私」
何か言わなきゃ、と思うのに、言葉がうまく見つからず、続かない。
胸が、どくどくと騒がしい。
「今言ったことは気にしないで。それじゃ、おやすみなさい」
鈴木さんはそう言って、自分の部屋のドアを開けた。
「……おやすみなさい」
私は結局、それだけしか言えなかった。
自分の部屋に入りドアを閉めて、鍵をかける。
静かな部屋。
さっきまでの出来事が、頭の中で何度も再生される。
ーー俺、田中さんが他の男の人といるの、嫌みたいです。
鈴木さんの言葉が、どうしても頭から離れない。
まだこの感情にはっきりとした名前はつけられ無い。けれど胸の奥が、確かに熱を帯びていて。
そっと目を閉じ、胸に手を当てる。
胸の奥に燻った熱を鎮めるように、私は静かに息を吐いた。
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次の投稿は、1月28日(水)7:00です。
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陽ノ下 咲




