第六話 ある日の日曜日①-優真くんの違和感-
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
山本莉子
二十ニ歳。イケメン好きな彩乃の後輩社員。庶務部。小柄で美人。
ある日の日曜日。
その日は、優真くんとラーメン屋さんに行く約束をしていた。
以前、鈴木さんと一緒に行ったことを彼に話した時、「今度、俺とも食べに行こうね」と言われた、私が住んでるマンションから歩いて行ける距離にあるラーメン屋さんだ。
お店までは近いので、今日は車は使わずマンション前で待ち合わせて一緒に歩いて向かうことになっている。
そして今、マンションの前で彼の到着を待っている。
玄関を出てすぐの植え込みの前。
スマホを見ながら立っていると、見覚えのある姿が近づいてきて、私は手をふった。
「彩乃、ごめん、待たせちゃったかな」
優真くんが少し申し訳なさそうに笑った。その穏やかな表情を見ただけで、胸の奥がふっと緩んだ。
「全然。今降りてきたところだよ」
そう言うと、優真くんは、ほっとした顔で微笑んだ。
「良かった。それじゃ、行こっか」
歩き出して、たわいもない会話をしながら、横顔をちらりと見る。
優真くんは変わらない穏やかな表情をしている。
一緒にいると、無理に気を張らなくていい。相変わらずのほんわかした空気と、安心感。
ここのところ、起こる出来事に追いつけず、ジタバタしていた私の心が、ゆっくりとほどけていく。
そんな感覚に、ほっと息を吐いた。
……やっぱり、優真くんは特別だなぁ。
そんなことを思いながら、ラーメン屋までの道を歩いた。
*
ラーメン屋に着いて、席に着く。
優真くんは私のオススメの味玉チャーシューメン、私は新作の鶏白湯ラーメンを頼んだ。
少しして、ラーメンが目の前に置かれる。
白い湯気がふわりと立ち上り、鼻先をくすぐった。
いただきます、と手を合わせて箸を取る。
「うわ、うま……」
感動した様な声でそう呟く優真くんの姿に、私は思わず笑顔が漏れた。
私も、鶏白湯ラーメンを一口食べる。
「……っ!ん〜っ!おいしいっ」
鶏白湯の出汁がとても濃厚で、鶏の旨味がしっかり感じられて、とても美味しい。
ラーメンの湯気に包まれながら、向かい合って食べるこの時間が、妙に心地良かった。
けれど。
ほぅ、と息をついたその直後。
優真くんが、少しだけ緊張したような声で口を開いた、その一言で、それまでの穏やかな空気は、ふっと形を変えた。
「……そういえばさ。この前話してた、会社の同僚の人。あの人とは、どうなの?」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
……どう、って……。
一瞬、言葉に詰まってしまって、私は視線を落とした。
改めて考えようとすると、余計に分からなくなる。
ベランダで並んでお酒を飲んだこと。
鈴木さんの部屋で、二人きりでカレーを食べたこと。
あの夜、鈴木さんとラーメンを食べに行ってから、確実に以前より距離が近くなっているのは分かる。
分かる、けれど。
「どうなの?」と聞かれて、ぴったり当てはまる言葉を選ぼうとすると、指の間からすり抜けていく。
だって、私自身がまだ、この感情に名前をつけられずにいるのだから。
「どうって……特に、どうってことはないと思うけど……」
口にしてから、自分でも少し曖昧な返事だな、と感じた。
本心ではあるけれど、どこか逃げているような言い方。
少し間を置いてから、私は言葉を足した。
「でも、鈴木さんは優しくて、本当に頼りになる人だよ。営業のエースだし、仕事でもすごく助かってるよ」
それ以上は、言えなかった。
言ってしまうと、何かが変わってしまいそうで。
胸の奥に残った言葉にならないざわめきを、私はそっと飲み込んだ。
優真くんは前を見たまま、一拍置いてから、
「ふーん、そっか」
と返してきた。
その声が、いつもよりほんの少しだけ低くて、拗ねたみたいに聞こえて、思わず、横顔を見てしまう。
「なに、どうしたの?」
珍しい態度が気になって、つい聞いてしまった。
すると優真くんがやっぱりいつもより少しツンとした言い方で言う。
「……や、だってさ。なんか彩乃がここまで手放しに男のこと褒めるのって珍しいなって思って。あんま男と一緒にいるの得意じゃ無いでしょ?……俺以外の……」
その横顔が、少しだけ悔しそうで。
「え、なに、もしかして優真くん、……拗ねてるの?」
思わず、そんな言葉が口から零れた。
優真くんは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、次の瞬間、頬を一気に赤くした。
そして、照れ隠しのように、少しだけ目線を逸らして、
「……拗ねてないし」
そう言った。
え、なにその反応……。
優真くんが、なんだか可愛くてちょっと驚いた。
優真くんみたいに穏やかで大人な人でも、拗ねたりするんだ。
それが少し意外で、ちょっぴりくすぐったかった。
でも、もちろん。
彼がいない生活なんて、考えられないくらいには、私は優真くんのことを、凄く頼りにしている。
それを分かってもらいたくて、少しだけ真剣な声になる。
「……心配しなくても大丈夫だよ。優真くんのことも、充分すぎるほど頼りにしてるからね!」
そう言うと、優真くんは箸を止めて、ちらっとこちらを見た。
はぁー、とひとつため息をついて、そしてちょっと困ったような、照れたような顔で笑った。
「うん。彩乃に頼られてるの、ちゃんと分かってるよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
*
ラーメンを食べ終えた後、マンションまで一緒に歩いて送ってもらった別れ際。
優真くんはいつもの様に私の頭をぽんぽん、と軽く撫でた。
高校生の頃から変わらない、その仕草。
安心するはずなのに……、なぜか今日は、ほんの少し、その手が緊張してる様に感じた。
「……ね、彩乃。なんかあったら、すぐ駆けつけるから。だから、その時は一番に俺を頼ってね」
優真くんの言葉に、はっとして顔を上げる。
「うん、ありがとう」
笑って答えたけれど、胸の奥に小さな違和感が波紋の様に広がった。
“すぐ駆けつける”
その言葉は、とても頼もしくて優しいはずなのに。
マンションの玄関に入る時。
手を振る優真くんの表情が、なんだか少しだけ切なそうに見えた。
それが気のせいなのか、そうじゃないのか、分からないまま。
私はエントランスへ向かった。
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作は毎週水曜と土曜日に一話ずつ投稿していきます。
次の投稿は、1月24日(土)7:00です。
引き続き、面白いと思って頂ける作品を作れる様、頑張って執筆していきますので、どうぞ応援のほどよろしくお願いいたします。
陽ノ下 咲




