第三話 月曜日のオフィスで
主な登場人物紹介
田中彩乃
二十四歳。主人公。庶務部。優しくてお人好し。過去のトラウマから恋愛には奥手。
鈴木颯太
二十四歳。彩乃の同期で営業部所属。仕事の出来るイケメン。彩乃の隣の部屋に住んでいる。彼女の浮気が原因で別れているところを彩乃に目撃される。
佐藤優真
二十四歳。綾乃の高校からの親友。なんでも話せて、頼りにしている存在。穏やかで誰に対しても優しい。職場は別。
次の週の月曜日。
日曜日に優真くんとお出かけをして、たくさん話してたくさん笑ったおかげで、リフレッシュして週の初めを迎えることができた。
優真くんが選んでくれて、気に入って買ったブラウスに袖を通す。すると仕事へのモチベーションが上がってきた。
「よし……」
出社してデスクに座り、小さく気合いを入れる。
週の始まりの業務で絶対忙しくなるのは分かっているけれど、今日はいつもより気合いを入れて頑張れそうだと思った。
午前中の業務に追われていると、鈴木さんが書類提出に庶務部に来た。その時、庶務部の女性社員たちの雰囲気が、わずかに浮き立った。
鈴木さんは営業部からの書類提出で、週に何度か庶務部に顔を出す。
姿勢が良くて、スーツの着こなしも自然で、無駄な動きがない。遠目から見ても分かるほど、仕事ができる人特有の落ち着きを持っていて、だから当然、女性社員に人気がある。
そんな状況を、いつもの事ながらやっぱりすごいなぁと思うと同時に、土曜日のことが、頭をよぎった。
隣の部屋で、偶然別れる現場に遭遇してしまって、一緒にラーメンを食べる事になって。
とても辛そうだったのに、私と話したときにふっと笑ってくれた笑顔を思い出して、心臓が、ひとつ小さく跳ねた気がした。
鈴木さんは、あの夜のことなど微塵も感じさせない様子で近づいてきて、いつも通りの丁寧な態度で書類を提出してきた。
「田中さん、こちら、お願いします」
「あ、はい。わかりました」
必要以上に目を合わせないようにしながら、受け取った書類に目を通す。
不備はなく、整った資料。相変わらずだな、と思う。
鈴木さんの態度も全くいつも通りの爽やかな感じで。
……別に、気にしなくて大丈夫そうかな。
そう思って、ほっとした。
同時に、ほんの少しだけ、胸の奥がちくりとした。
自分でも、この気持ちをどう表現していいのか分からない。安心と、残念が、同時にあるみたいな、変な感じ。
印刷が必要な書類があったので、私は席を立ってコピー機の方へ向かった。
背中越しに、まだ鈴木さんが庶務部にいる気配を感じる。
コピーしながらチラッと鈴木さんの方を見る。
遠目から見ても、やっぱり丁寧だなと思う。
提出する相手が誰であっても、態度が変わらないところが、好印象なんだと思う。
コピー機の前で、ぼんやりとそんなことを考えていると、すっと影が落ちた。
「……あ」
いつの間にか、鈴木さんが隣に立っていた。
驚いて顔を上げると、彼は周囲をちらりと確認してから、ほんの少しだけ身を寄せてきて、こそっと小さな声で言った。
「土曜日、ありがとね」
不意打ちだった。
心臓が、どくん、と大きく鳴った気がして、慌てて視線を逸らす。
「い、いえ……こちらこそ」
私も、同じくらい小さな声で返した。
だけど、顔が熱い。今、絶対に赤くなってる。
楽しかったです。
と、そう言いたかったのに、何故か言葉が喉で止まってしまった。
鈴木さんは、そんな私の反応をどう思ったのか分からないけれど、軽く目配せをしてきた。
「良かったら、またどっか行きましょう」
さらっと。本当に、驚くくらい自然に。
社交辞令なんだろうな、と思った。
誰にでも言っていそうな言葉なのに、それでも胸が高鳴ってしまう自分が、少し恥ずかしい。
「……はい」
小さく頷くと、鈴木さんはにこっと笑った。
そして、何事もなかったかのように、そのまま庶務課を後にする。
その後ろ姿を、しばらく目で追ってしまった。
だめだ。
ドキドキが、全然収まらない。
デスクに戻っても、胸の奥がそわそわして、仕事に集中するまで少し時間がかかった。
「やっぱカッコいいなぁ〜、鈴木さん」
隣の席から、甘ったるい声が聞こえてくる。
彼女は山本莉子さんだ。
庶務部の後輩で、美人で、要領が良くて、男性社員からの評判もいい。
「彼女いるのかな? 田中さん、知ってます?」
突然話を振られて、私は一瞬言葉に詰まった。
さすがに、たまたま居合わせてしまった彼女との別れの場面を、勝手に話すなんてことはしちゃいけないし、したくなかった。
「え……いいえ、知らないです」
無難にそう答えると、山本さんは「まあ、普通知らないですよねぇ」と軽く頷いて、それ以上は深掘りしてこなくて、ほっとした。
山本さんは、私とは正反対な、素直な甘え上手で、男性に好かれるタイプの女の子で。
美人で、空気を読むのも上手くて、自然と人の輪の中心にいるような、そんな人だ。
……ああ、そっか。
山本さんみたいな、誰が見ても可愛い女の子まで、鈴木さんのことを気にするんだ。
当然と言えば当然なその事実が、胸の奥に静かに引っかかった。
ざらりとした感覚が、じわじわと広がっていく。
私と鈴木さんは、たった一度、ラーメンを食べに出かけただけの間柄。
それなのに。
さっきコピー機の前で向けられた、あの何気ない笑顔と、低い声が頭をよぎる。
「またどっか行きましょう」と言ったときの、あまりにも自然な表情。
あれは、誰にでも向けられるものなんだろうか。
そんな考えが浮かんだ瞬間、胸がきゅっと締め付けられた。
……この気持ちは、いったい何なのだろう。
自分でもはっきりとは分からない、名前のつかない感情。
ただ一つ言えるのは、鈴木さんのことを、思った以上に気にしている自分に、少し戸惑っている、ということだけだった。
本作を見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございます!
以降の話は毎週水曜と土曜日に一話ずつ投稿させていただきます。
次の投稿は、1月14日(水)7:00です。
読んでくださっている方に面白いと思ってもらえる作品を作れる様、頑張って執筆して参りますので、引き続き応援して頂けると嬉しいです。
陽ノ下 咲




