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一番近くにいるキミは  作者: 陽ノ下 咲


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第一話 隣部屋の同僚の鈴木さん

 それは仕事がお休みの土曜日の夜のこと。


 私、田中(たなか)彩乃あやのは、何の前触れもなく、無性にラーメンが食べたくなった。


 一人暮らしのマンションから歩いて行ける距離にあるラーメン屋さんの、味玉チャーシューメン。

 それはもう、今すぐに食べないと落ち着かないくらいの衝動で、私は財布とスマホだけを掴んで、部屋を出た。



 結果から言うと、その判断は、人生でトップクラスに気まずい展開を呼ぶことになる。



 玄関のドアを閉めて、廊下を歩き出そうとした、その瞬間。



「……俺ほんとそういうの無理だから」



 隣の部屋の前で、低く抑えた男の声が響いた。


 ……え?


 思わず足が止まる。



「だから、もう別れよう」



 続いて、女性の声が荒く返ってきた。



「……は?何それ」



 え、ちょ、ちょっと待って。これ、今、修羅場……?私、タイミング悪すぎじゃない?


 その場から動くことも出来ず、私はとにかく空気の一部になることに徹した。



「浮気とか、絶対に無理だから」



 はっきりとそう言った男性の声と同時に、私は完全に固まった。

 次の瞬間。


 パァン。


 乾いた音が、夜の廊下に響く。

 女性が、男性の頬を平手打ちしたのだと、一瞬遅れて理解する。



「でも!あんただって、私のこと全然好きじゃなかったじゃん!!」



 女性の方が怒りと悔しさがごちゃ混ぜになった声で怒鳴る。



「私、付き合ってる間、あんたに好かれてるって、一度も思えなかった……!……じゃあね。さよなら」



 ヒールの音を響かせて、女性は去っていった。

 女性が去った後、後ろ姿を見つめながら男性がポツリと呟いた。



「……俺はちゃんと、好きだったよ」



 その場にたまたま居合わせてしまっただけのはずなのに。


 彼のその姿が、元カレに浮気されて振られた過去を持つ自分と重なって、胸がキュっとなってしまった。



 廊下に残された、男性と私。



「…………」



 ど、どうしよう。


 今戻るのも、気まずいですって言ってる様なものだし、かと言って彼を横切って進むのも気が引けるし……。


 そう思いながら、そっと視線を上げて。そこで、気づいてしまった。



 あれ。この人。もしかして同期の、鈴木さん……?



 営業部の、仕事が出来て爽やかで社内でも目立っている存在の、鈴木(すずき)颯太(そうた)さん。

  私は経理で営業部を担当しているので、書類提出のたびに鈴木さんとやり取りをしていて、その評判も、実感として伝わっている。



 え、え、え、本当に鈴木さんだ。 

 え、鈴木さん、お隣さん……、だったの?



 なんかいろいろ、頭が追いつかない。



「……あ、すみません」



 鈴木さんが、私の存在に気づいて、慌てたように頭を下げた。



「うるさくしてしまって……」

「い、いえ……!」



 私の声は、我ながら分かりやすく裏返っていた。



「え、……田中さん?」



  鈴木さんも驚いてる。



「……あ、あの、す、すみません……なんか……」



 いったいどうするのが正解なのか全く分からない状況にテンパりつつ、咄嗟に謝る。



 や、やばい。

 これもう、私史上、最強の気まずさだよ……。

 どうしよ。どうしよっ……!



 頭の中は完全にパニックで。


 沈黙が、耐えられないほど重くなった、

 その時。



「あ、あの!」



 私は、ほとんど反射的に叫んでいた。



「ら、ラーメン、食べに行きませんか!?」

「…………え」

「私、奢るんで!!」



 いや、何言ってるの、私。


 言ってから、猛烈に後悔した。

 なんだっていきなり、修羅場直後の人をラーメンに……。


 鈴木さんは一瞬きょとんとして、



「……ラ、ラーメン……?」



 そして次の瞬間。



「ふ、ははっ」



 なぜか、笑い出した。


 ひとしきり笑った後、鈴木さんはまだ笑いが治らない様子でこっちを向いた。



「あはは、おかしい。……すみません、こんな笑って。まさか、ラーメンが出てくるとは思わなくて」

「あ、あの……、ごめんなさい……変ですよね……」



 めちゃくちゃ恥ずかしくて頬に熱が集まっているのが自分でも分かる。



「いえ」



 鈴木さんは、少し考えるように視線を落としてから、柔らかく笑った。



「いいですね、ラーメン。行きましょうか」

「え」

「あ、でも俺も普通に行きたくなったんで。だから奢って貰わなくて大丈夫です。すぐ準備するから、ちょっと待っててください」



 ……え、あれ……?これ、行く流れ?



 私はぽかんとしながら、頷いていた。

 鈴木さんは部屋に戻り、ものの数分で上着を羽織って出てきた。



ーーー


 そして今、ラーメン屋のカウンターに鈴木さんと二人並んでラーメンを食べてる。



「あー、うま」



 ラーメンを啜った後、鈴木さんが私の方を見て、ポツリ

と呟いた。



「……田中さん、さっきは本当に、すみませんでした。びっくりさせましたよね」 

「い、いえ……こちらこそ、変な場面に居合わせちゃって、すみませんでした」



 その時、鈴木さんがふっと笑った。



「でも……、正直ちょっと助かりました」

「え?」

「一人だったら、たぶん、しんどかったと思うので」



 その言葉に、胸が少しだけ緩む。



「失恋した日の食事が、こんなに美味しく感じるの、絶対田中さんのおかげですよ」

「……そ、そんな……」

「ラーメンって、すごいですね」



 鈴木さんが、しみじみ言った。



「はい……、そうですよね」

 


 私もそう返した。

 そしてもう一口、ラーメンをすする。



「……美味しい」

「ですね」



 自然と、笑っていた。

 鈴木さんの態度は、終始落ち着いていて、大人で、優しかった。


 鈴木さんが箸を止めて、こちらを見る。



「田中さんって、すごく、いい空気纏ってますよね」

「……え?」

「一緒にいると、変に構えなくていいっていうか」



 不意打ちの言葉に、頬が熱くなる。



「そ、そうですか……?」

「はい。あの場でいきなりラーメン誘われた時も、不思議と嫌じゃなかったです。……むしろ、少し嬉しかったくらいで」



 ふっと微笑みながらそう言われて、私は思わず視線をラーメンに落とした。



 営業エースの笑顔、破壊力、やばい。



「それに……」



 鈴木さんは、少し照れたように続けた。



「家、隣だったんですね」

「……私も、今知りました」



 二人で顔を見合わせて、笑う。



「これから、よろしくお願いしますね」

「はい。よろしくお願いします」



 ラーメンの湯気の向こうで、鈴木さんが爽やかに微笑んでいて。



 もしかすると、ここから何かが始まるのかもしれない。



 そんな予感が、静かに胸に熱を灯した。


 


見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


ドキドキとキュンと切なさと甘さと。

恋の楽しい面、切ない面、あらゆる部分を詰め込んだ、三角関係の恋愛ものを書いていこうと思っています。

続きも読んでいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!

陽ノ下 咲

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― 新着の感想 ―
続きがとても気になります♡お隣さんとの恋が始まるのかなぁ?と妄想してしまいました。2話目も楽しみにしております。
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