第6話《静止された設計図 frozen blueprint》
地下二十七層。
病院の下に、もう一つの階層が隠されていた。
警告音も消えた静寂の中、
梟ノ巣の二人と化学士は、黒ずんだ通路を歩いていた。
「こんな構造、設計図にはなかったわね」
アルノーが壁のひびを指でなぞる。
「隠し区画……誰が作ったのかしら」
「セントリウムなら、造作もないだろうね」
ハカセが答える。
「ここは《E-link》の試験場。
感情のパターンを採取するための生体実験施設だったはずだ」
「どうして、そんなことを知ってるの?」
フィーネの問いに、ハカセは一瞬だけ沈黙した。
「……昔、似たような施設で働いてたんだ。
まだ感情が研究材料だった頃の話だ」
扉を開くと、冷たい空気が流れ出た。
壁一面に貼られたデータパネル。
どれも、人のシルエットを映している。
「……設計図?」
フィーネが見上げる。
ハカセが指でパネルをなぞると、
断片的な映像が再生された。
《PROJECT F.E.E.L._β》
《被験体M-02/感情波形データ消失》
《担当研究者:Dr.C. Clave》
「……クラーヴェ」
アルノーの声が低く響いた。
「知ってるの?」
「昔、一緒に研究してた。
感情を機械に移す実験をしていた男よ」
映像には、白衣の科学者たちと、ベッドに横たわる子どもが映っている。
その瞳は閉じられ、胸のモニターには波形が一つだけ点滅していた。
『被験体、感情波停止を確認。
再構築プロトコル、投入開始。』
「……感情を、殺して再構築?」
フィーネが震えた声を漏らす。
「安定化のために、心を“停止”させる。
セントリウムの常套手段だ」
ハカセの声は冷たかった。
「でも、その研究は失敗した。
“眠った心”は、再起動しなかったんだ」
アルノーは壁を殴りつけた。
「だからネレアは……」
声を詰まらせる。
ハカセが振り向く。
「ネレア?」
「……彼女は、感情を繋ぐための研究をしていたの。制御じゃなく、共感の技術として。
……でも、クラーヴェはそれを“支配”に変えた」
一瞬、静寂が落ちた。
遠くで機械の冷却音だけが鳴っている。
ハカセが腕章を起動し、端末を接続する。
「データを吸い上げておく。セントリウムの残骸はまだ生きてる。
僕が解析すれば、元の構造が見えるはずだ」
「アンタ、同行する気?」
アルノーが睨む。
「この都市の“心臓”を見たい。
そして、なぜ《F.E.E.L.》が歪められたのか…知りたい」
フィーネが静かに笑った。
「なら、一緒に行こうよ。
私たち、便利屋だけど……“心”の依頼も受けてるから」
ハカセはわずかに息を漏らし、
「……悪くない取引だ」と言って端末を閉じた。




