第3話《不正アクセスunauthorized access》
第七医療区――
そこは、異様な静寂に包まれていた。
自動ドアは開いたまま停止し、非常灯の赤が断続的に点滅している。
空調は止まり、薬品と焦げた金属の臭いが漂う。
モニターはノイズを吐き出し、警備ドローンだけが空中で停止したまま、何かを監視していた。
アルノーは床に落ちていた端末を拾い、指先で表面をなぞった。
画面は真っ黒だが、内部のシステムはまだ稼働している。
「……外部アクセス痕。誰かがここの感情制御ネットを切り離してる」
「ウイルス?」
「それなら自壊する。でも、これは……意図的に遮断された痕跡よ」
フィーネは不安そうに周囲を見渡す。
廊下の先、暗闇の中に
小さな光が一つ、瞬いた。
「誰かいる……?」
その瞬間、背後から声がした。
「動かない方がいい」
二人は振り向く。
そこに立っていたのは、白衣を羽織った少年だった。
年齢は十代後半。
黒い髪に、光を反射する灰色の瞳。
首元のデバイスが微かに青く光り、彼の存在を機械的に縁取っている。
「ここは危険区域だ。すでに《F.E.E.L.》ネットワークから切り離されている」
アルノーが警戒を崩さぬまま問いかける。
「……誰よ、アンタ。病院の職員じゃないわね?」
少年は端末を軽く操作しながら、短く答えた。
「この施設の構造を知っている者、くらいの認識でいい」
「曖昧ねぇ。便利屋を名乗るアタシらに対しては、情報が少なすぎるわ」
「便利屋?……梟ノ巣か」
その名前を出した瞬間、アルノーの視線が鋭くなる。
「知ってるの?」
「少しだけ。感情制御外の事案を処理する、非合法チームだろう」
淡々とした言葉。
だが、その瞳はどこかで“同じ痛み”を知っているようにも見えた。
「あなた、どうしてこんな場所に?」
フィーネが問う。
少年は一瞬、視線を泳がせてから答えた。
「原因を調べに来た。ここで起きているのは暴走じゃない。
誰かが内部システムを書き換え、“患者たちの感情記録”を消している」
「……感情記録を?」
アルノーの義眼が光る。
「感情制御装置にアクセスできる奴なんて、限られてるはずよ」
「その“限られた中”にいるのが問題なんだ」
少年の声には、冷静さの奥に怒りのようなものが混じっていた。
そのとき、廊下の奥から一斉に警告音が鳴り響く。
停止していたドローンたちが、赤い光を点滅させながらこちらに旋回してきた。
《不正アクセス検知》
《排除モードに移行》
「…っ、バレた!?ハッキング防御が逆流してる!!」
「システムの自律防衛だ。だが……止められる」
少年は冷静にデバイスを起動した。
その手から、青い干渉波が放たれる。
瞬間、照明が一斉に落ち、電子音が途絶える。
真っ暗な空間に、青い光だけが漂う。
少年の声が低く響いた。
「……三十秒後に再起動する。その間に、外部接続を完全に遮断した。これで少しは話せる」
フィーネは息を呑む。
アルノーは一歩前へ出た。
「アナタ、何者?」
「……ただの、化学士だよ」
それ以上は語らず、少年は端末を閉じた。
システム再起動まで、残り二十秒。
梟ノ巣の二人と、名も知らぬ少年研究者。
この出会いが、後に《F.E.E.L.》を揺るがす分岐点になるとは、
まだ誰も知らない。




