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第2話《作業ログ:依頼信号受信task log:mission inbound》

朝の光が、人工空の隙間からこぼれていた。

未来都市バルディアの第三区画。上層から垂れ下がる送電ケーブルの森の中、

その陰に隠れるようにして、小さな修理工房がある。

看板の文字は薄れていたが、かすかに読めた。

《梟ノ巣 Owl’s Nest》

機械と人の、どちらにも属さない者が身を寄せる小さな拠点だった。



アルノーは、散らかった作業机の前で腕を組んでいた。

テーブルの上には解体途中の義手ユニットと、溶けかけた感情制御チップ。

白いキャップの下から覗く義眼が、淡い青に光る。


「……どうも、この型は制御波が不安定ね。まるで昔のアタシみたいだわ」


ぼやきながら、工具を置く。

奥から軽い足音が近づき、白い髪の少女が顔を出した。


「おはよう、アルノー。朝ごはん、焦がしちゃったかも……」


フィーネだ。

あの日、アルノーが雨の廃棄物処理区で拾った、幼かった少女。

現在の姿は17歳前後。大人びた顔立ちになったが、少し幼さの残る表情。

エプロンの裾に焦げ跡がついている。


「焦がした? 香ばしいって言いなさいな」

「うぅ……言い方の問題じゃないよ……」


フィーネは恥ずかしそうに笑う。

その笑顔に、アルノーの人工心臓がわずかに揺れた。

――何年経っても、人の“笑顔”というやつはプログラム化できない。


「…さて、朝食の後はお仕事ね。昨日の依頼データ、見せて」

フィーネは端末を起動し、投影ウィンドウを操作する。

そこに、依頼メッセージが浮かんだ。



【依頼主】市民病院・管理AI代表

【内容】医療区画にて機械系の暴走事案発生。原因不明。

【備考】院内システムが自己防衛モードに入り、医師が立ち入り不能。



「また医療系か……」

アルノーが眉をひそめた。

「前回のは監視ドローンのバグだったけど、今度は病院ね。感情制御装置が絡んでなきゃいいけど」


「患者さん、危ないよね」

「そうね。でもアタシたちは便利屋よ。調査、情報収集、そして――感情回路の後始末」


フィーネが真剣な顔になる。

「……“梟ノ巣”の仕事だね」


彼らの仕事は、公式には存在しない。

政府が手を出せない領域――

つまり、感情ネットワークの外側で起こる異常事案の処理。

暴走した機械や、過剰な感情共鳴による事故。

彼らはそれを「修復」ではなく、「安楽死」に近い形で止めることもあった。



「準備するわ。今回の依頼、報酬データも悪くない」

アルノーが工具を片づけながら言う。

「でも、前の事件みたいに政府の犬が来ないといいけどねぇ」

「大丈夫。今回は民間依頼だって。……たぶん」

「そのたぶんが一番危ないのよ」


フィーネは、いつものように笑ってごまかす。

けれど、心の奥ではどこかざわついていた。


最近、夢を見るのだ。


誰かの声。どこかの研究室。見知らぬ少女の泣き声。

目が覚めると、涙が流れている。


「どうしたの、フィーネ?」

「ううん。なんでもない。行こう」



工房のドアが開く。

外は曇り空。高層区の照明が昼なのにちらちらと瞬いている。

空を覆うホログラムの雲が、不自然に波打った。


「感情制御システム、また調整中かしらね……」

アルノーが空を見上げて呟く。

「ほんとに、こんな世界が平和って言えるのかな」


フィーネは黙って、彼の後を歩いた。

その白い髪が、風に揺れる。




――バルディア第七医療区。

その最奥では、すでに「人の感情を失った機械」が、

微かな電子音を上げながら、誰もいない廊下を這いずっていた。

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