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解体心書  作者: 夢氷 城
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第七の手記

互いが互いを依存し合う歪な恋愛関係。

全く幸せを感じられない公介であったが、それでもマイを愛おしく感じ、どうするべきか分からず、日々葛藤しもがいていた。

自分は、マイを好きになればなる程、この女が数十人の中年を相手に体を売っていたという過去の事実が脳裏をよぎり、また、その情景を生々しく想像していまい、苦しみ、のたうち回るほど葛藤しました。


なぜ、同世代の普通の男の様に、普通の女との普通の恋愛が、自分には出来ないのでしょうか。


なぜこんな程度の低い女に惚れ、共依存しなければならないのか。


マイと一緒にいればいるほど、自分自身の魅力と器量の無さ、人間力の低さを呪い、自分は以前にも増して、自信を無くしていく一方でした。


世でいう恋愛とは、こんなにも辛く、悲惨で、陰惨なものなのかと知ると、俄かに興が醒めました。


それでも自分は、こんなどうしようもない売女を、愛してしまったのです。心から愛おしいと思ってしまったのです。


マイとの交際を恥ずかしく思い、二人で街に出れば、過剰に人目ばかり気にすることもありましたが、それでも、それらを乗り越えてでも、あの時の自分は、マイと一緒にいたかったのでした。



半年も共に暮らすと、もうマイの存在は生活の一部で、自分には無くてはならない存在でしたが、それは、かつての友、堤下の代替品の様なものでもありました。


ある日の晩、つまらぬ諍いで口論になり、自分は癇癪を起こしました。


マイが自分に内緒で、体の関係なしで貢いでくれる便利な中年と、映画を観に行っていたことが発覚しました。

共に映画を観て食事をするだけの健全なデートで、中年から10万も貰ったなど、話がうますぎて信じられなかったこともありましたが、彼氏である自分に内緒で悪辣を働いたマイを許せず、自分は執拗に詰問しました。


その末に、自分はエアコンのリモコンを床に叩きつけて破壊し、加湿器を投げてドアを破壊し、壁に穴をあけては発狂し、何度かマイに向かって「死ね!」と吐き捨て、酷く怖がらせ、深く傷つけてしまったのです。


自分は家を飛び出し、近所の公園でメソメソし、意味もなくアパートの半径1キロ圏内を、3時間ほど、頭に昇った血が落ち着きを取り戻すまで、グルグルと徘徊し、コンビニで二人分のアイスを買い、帰ってマイにきちんと謝ろうと決意しました。


部屋に着くと電気は消えており、マイは壁にもたれ掛かって眠っていました。


起こしてはいけないと思い、自分はそっとシャワーを浴びに行き、浴室で、なんと言って謝れば良いか、どうしたら許してもらえるのか思案しましたが、考えすぎるのも良くない、言い訳をせず、まずは自分の気持ちを、誠意を持って伝えようと決めました。


気まずい気持ちを堪えながら部屋に戻ると、マイはまだ寝ていたので、明日の朝、起きた時に言えばいいやと考え、とりあえず、マイをベッドに運ぼうとし、そーっとマイに近づきました。


暗くて分かりにくかったのですが、マイは肩にバスタオルをかけていました。


否、よく目を凝らしてみると、肩にかかっている様に見えたバスタオルは、首に巻き付いており、ロフトへと続く脚立に縛りられていたのです。


眠っていると思っていた物体は縊死体でした。


自分はついに、人一人を死に追いやってしまったのでした。


飲まず食わずの茫然自失とした数日間を過ごしている間に、マイの母親とマイの友達が結託し、警察に有る事無い事を吹き込んでくれたおかげで、自分は緊急逮捕されたのです。


耳の潰れた柄の悪い男達が家に押しかけてきて、何事かと思い扉を開けると、彼らは刑事で、自分に逮捕監禁罪の容疑で逮捕状が出てると知らされ、そのまま警察署へと連行され、屈辱的な身体検査を経て留置所に入りました。


天は、ずっと自分の悪辣ぶりを見ていたのです。

そして、しかるべき裁きが下る日が、ついに訪れたのでした


自分の人生は、完全に終わったのだと悟らざるをえませんでした。


悪人面の中年刑事と、その腰巾着のような、見るからに体育会系出身の若い刑事からの、高圧的な尋問が始まりました。


自分が何度、監禁の事実などないと説明しても、一向に聞く耳を持ってもらえず、何度も何度も同じ質問をされ、その度に何度も同じことを答えて、とても人間と対話しているとは思えず、言葉も話もまるで通じない、実体の無い空っぽの泥人形とでも喋っている様な奇妙な感覚で、気が狂いそうになりました。


ああ、冤罪事件とは、こういう風に起こるのか。

そりゃ、こんな事に夥しい時間を割かれれば、例え無実でも、自白して楽になりたくもなるなと、妙に納得してしまうほどでした。


更に近隣住民が余計な証言をしてくれたおかげで、自分が事件当日に癇癪を起こしていたことが調書に書かれており、その事に対してもネチネチと嫌味を言われては、何度も「死ね」と怒鳴っていた事から、自殺教唆の線でも余罪を調べていると脅かされ、ゾクっとしました。


「どうした、俺たちの前でも発狂してもらって構わないよ。ほら、やれよ。あんた、何か病気でも持ってるの?」


「さっき親御さんから電話で謝罪されたよ。二十歳過ぎてさ、親に頭下げさせて、情けないと思わないの?」

ここまで言いたい放題罵られれば、最早、プライドもクソもありません。


自分はもう癇癪を起こす膂力すら残っておらず、心ここに在らず状態で、弁明すら気力すら削がれ、もうどうにでもなれと、自暴自棄になっていました。


更に、雑居房にいた、わざとらしく袖を捲り入れ墨をチラチラと見せては周囲を威嚇してくる暴力団組員風の男が、非常に厄介な奴で、留置飯が支給される時間になるといつもトイレに行き、わざわざ排泄音を聞かせてくるような性悪でした。


「おいガキ、どうせピンク(性犯罪者を揶揄する隠語)なんだろ。誰からの面会も差し入れもないなんて、若いのに寂しい奴だな」


自分はこの発言に対して、持ち前の癇癪を起こす気力などありませんでしたが、相手を黙らせてやりたい一心で、敢えて怒り狂った演技をして大声を張り上げてみましたが、そんなもの、この百戦錬磨の入れ墨男には通用しませんでした。


癖になって染みついていたのです。


人から舐められたくないという気持ちが人一倍強かった自分は、厄介な相手と対面すると、わざと露骨に不機嫌な態度をとってみせたり、大した怒りなど感じてないのに怒った口調で説教をする事で、相手に気を遣わせ、意のままにコントロールする手法をよく用いていました。


これを実行すると、大抵の者は自分のことを珍獣でもみる様な目で見てきて、顔色を伺ってくるため、それが自分は愉快で堪らなかったのです。


しかし入れ墨男は一切動じず、自分の顔を直視したまま「気持ちわりい」と言い放ち、周りも便乗する様にケタケタと高笑いを始め、これがまた、自分の心にグサリと、トドメの一撃を刺してきたのです。


顔から火が出るほどの辱めを受け、獣が掘り起こせないほどの深い穴を自ら掘り、そこに飛び込みたい思い(共感性羞恥を有する者が、この時の自分の無様な醜態を見れば、きっとこの時の自分と同様の衝動に駆られらと思います)でしたが、自分はその一件が原因で、精神的に不安定でトラブルを起こす恐れありと判断され、独房へと移され、思わず安堵しました。


笑顔を巧妙に利用する、いかにもいじめっ子タイプの検察官との押し問答もありましたが、結局自分は証拠不十分で不起訴になり、20日で世に放たれたのでした。


女の素行の悪さから鑑みて、逮捕監禁の事実など無い事は火を見るよりも明らかで、自分の「死ね」といった発言も、所詮は言葉のあやであり、自殺教唆の立件など不可能だと、覇気のない国選弁護士から聞かされていたため、当然の結果と言えましょう。


不幸中の幸い、などと言えば不謹慎ですが、自分はアパートの一室を事故物件にしてしまいましたが、損害賠償も空室補填(正直、これらを請求される可能性がある不安と恐怖は、人を死に追いやった罪悪感が霞むほどに大きいものでした)も請求されず、八万ほどの原状回復費用を払うだけで済みました。


しかし、さすがにアパートは追い出され、大学も退学処分となり、怒り狂った両親からの仕送りは止まり、自分は絶体絶命の窮地に追いやられたのです。


自分の起こした事件など世間に小波の一つも起こさず、報道もされませんでしたが、他人の噂話を娯楽とする我が故郷では瞬く間に広まってしまい、親戚一同に肩身の狭い思いをさせてしまい、これで、後腐れなく故郷と完全に訣別することが出来ました。


貯金は30万を切っており、頼れる人はどこにもおらず、人はこんな風にホームレスになっていくんだなと、身をもって実感させられました。

ドン底に堕ちた公介。

次回、性懲りも無く、再び恋をする。

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