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解体心書  作者: 夢氷 城
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第五の手記

堤下と毎夜女遊びに明け暮れ、刺激的な日々を過ごす。

自分と堤下は、下宿先のアパートも近く、学部も同じで、講義もほとんど被っていたため、いつも一緒でした。


遊び慣れた堤下に連れ回される日々を過ごすにつれ、自分はすっかり都会に染まり、学業そっちのけで、女遊びに躍起になっていました。


全てが心地よかったのです。

堤下と遊び明かす日々も、二人で足繁く繁華街に出向いては、女漁りをする日々も、その全てが新鮮で、また、堤下の友である自分は、何者かになれたと錯覚していたのです。


10代の頃の自分は、同級生の女生徒とまともに会話をしたことすらなく、当時の自分は、その性分が原因だったのか、或いは冷たい目つきが原因なのか、彼女達から怖がられる存在でした。

同世代が10代の多感な時期に、当たり前の様に恋愛をしている中、自分は完全に取り残されており、それがどれほど自分を惨めな気持ちにさせたかは、到底言葉では表現できないもので、強いコンプレックスが生まれたのです。


女が苦手なくせに毎夜女を追っていたのは、豚肉は好きだけど、豚自体に親しみを持てないのと同じ理屈でした。


この時の自分にとっての女遊びは、欲求を満たすという目的以前に、散々自分を無碍に扱ってきた同世代の女達に恨みを晴らすべく、次は自分が女をぞんざいに扱い、また傷つける事で、復讐心を満たすことで自尊心を保ち、また、奪われた青春を取り返さなければならないという、使命感にも似た強迫観念につき動かされていたのです。


年齢問わず、女であれば誰でも良かったのです。

薄暗いパブに行けば片っ端から声をかけ、まんざらでもなさそうな反応をする女には挨拶がわりにキスをして、瞳がときめいていればトイレに連れ込んだり…当時の自分を今になって俯瞰視すると、脳と下半身が直結したケダモノそのものでした。


そんな事をいくら繰り返しても、とことん拗らせた性格が改善する事もなく、心も満たされず、ただ虚無感のみが残るだけだというのに、自分は狂ったように同じ事を繰り返し、どんどんタガが外れ、歯止めが効かなくなっていました。


朱に交われば赤くなるとはよく言ったもので、チャラチャラした堤下の横に居て、繁華街の風景に溶け込んだ自分の容姿は、地元にいた頃とは、まるで別人のような変貌ぶりを遂げました。


髪型、服装、歩き方、口調さえも、自然と遊び人のそれになり、違和感なく馴染んでいきました。


垢が抜けた、という言葉があります。

実際、自分は、地元に帰省する度に、両親をはじめ、偶然遭遇知人等から、口々に「格好良くなったね」と、驚かれるようなりました。


しかし、自分の場合はそんな大層なものではなく、持ち前の癇癪から起因した、激しい気性から醸し出された危なっかしい雰囲気そのものが、無意識の内に体外へと具象化していったに過ぎないのです。


そして、それらに付随して、元々持ち合わせていた無口でどこかミステリアスなオーラ、それら全てが良い塩梅で相まった雰囲気に、頭の足りない女達は惹かれていったのでした。


(特に、意識して心掛けていたことは、ひたすら虚勢を張り、メッキを貼り、無理してでも、余裕のある男を演じることです。金がないのに羽振りよく振る舞い、たいして女にモテないのに、まるで引くて数多の女に言い寄られてるよう相手に誤認させ、自信が無いくせに、終始泰然自若で不遜な態度をとり、錯覚資産を構築していました)


優しくて真面目な男が好き(ならば、ウブな公務員や堅実な会社員とでも付き合えばいい)だと声高らかに宣言する女は、決まって、女を心底見下したような、暴力性の高い男に、いとも簡単に引っかかるのだと知りました。


優しさなど所詮、利用価値しかなく、人間力的な価値など皆無なのです。


このような、人間関係において、他者を見下した態度を、良い塩梅で見え隠れさせる術が、自分の場合、意図せず、本能的に備わっておりました。


自分は、性別も年齢も問わず、他者と接する時は、必ず相手を見下しています。


相手の容姿、性格等の、とにかく相手の弱点や粗、コンプレックスを徹底的に探し、思いつく限りの罵詈雑言を心の中で唱え続けるのです。


そうしなければ自我を保てない自分は、相手を下に見る以外、他者と円滑なコミュニケーションを取る手段が無かったのです。


ただでさえ、自分は人一倍劣等感が強く、臆病者でコンプレックスの塊だというのに、その上、他者にへりくだり、敬意を持って接するなど、耐え難き屈辱であり、決してプライドが許しませんでした。


自分は、こんな生き方しか出来ないのです。


しかし、堤下といるときだけは、そんな気持ちは払拭され、ささくれ立った自分の心が、僅かに落ち着きつつさえありました。


それは、良くも悪くも、堤下の嘘偽りのない、本能に実直で欲望を剥き出しにした生き方が、自分に強い刺激を与えてくれたからです。



自分と堤下は、2人きりで酒を飲めば、同じ学部の人間の悪口を言って盛り上がっては、人目を憚らず爆笑し、絆を深めていました。


恥ずかしながら、自分は大学生にもなって、大いに人の悪口を言いながら嗜む酒や飯が、よもやこんなにも美味なものであると、その時まで知りませんでした。恐るべき無知でした。


(また、人の悪口を言っている自分達の姿は、実に若者らしく生き生きとしており、そのすべての瞬間が輝いておりました)


近場(三軒茶屋や下北沢)で飲んだ帰りは、2人でタバコを吸いながら、よく歩いて帰っていました。


悪酔いして徒歩で家路に着く道中、または夜の公園や神社で、自分たちは決まって、未来を語らいました。


「俺たちは所詮、側から見たら、親の財力にものを言わせてるだけの坊ちゃんだな」


「親の後ろを歩く生き方なんて死んでもごめんだね。雇われもつまらねえ。よし、一緒に会社をやろう!学生の内に起業しよう!」


「いいね!まずは資金集めだな…一緒にYouTubeをやろう!」


「名案だ!今みたいに雑食じゃなくて、本物の良い女を抱きまくろう!」


「立派な男になろうぜ、お互い」


「俺たちの友情は永久に不滅だ!」




熱狂しながら語らい合う野望、大胆かつ偉大な考え、明日への束縛がまるで無い当時の自分達は、まさに無敵そのものでした。


大学生特有の、身の程知らずで青臭いセリフは、全てこの時に言い切りました。


当時の自分にとって、堤下の存在は本当に大きく、彼なしの人生など想像もつかず、子供の頃に自殺しなくて良かったとさえも思わせてくれました。


しかし、自分にとって特別で貴重なものでも、他の誰かからしてみれば、取るに足らない事象など、世の中には腐るほどあるのです。


自分と真反対の性格をした堤下には、地元にも大学にも、当然のように多くの友がいました。


独占欲と嫉妬心。

自分は、同性愛者ではありませんが、堤下に対してこれら二つの感情を抱いていました。

誰にも奪われたくなかったし、2人の時間を邪魔したり、仲を引き裂かれたくなかったのです。

これまで、まともに人付き合いをしてこなかったツケが、これでもかというほどに回ってきて、自分は苦しみました。


堤下が、自分以外の者と遊ぶと聞く度に、"おい、お前は俺だけの友達じゃなかったの?"という言葉を、喉まで出かかっては飲み込んでいました。


こいつは、いつか自分を裏切るかもしれないという疑心が、憎悪に変わりそうになり、焦った自分は、例のように湯船の中で発狂しては、必死に自分を抑えていました。



堤下の友で居続ることで、自分はかろうじて何者かになれ、首の皮一枚繋がっていられたのに、彼を失えば、また以前のように、何者でもなくなってしまう。

そう考えると、怖くて怖くて仕方がありませんでした。

この絶え間ない津波のように押し寄せてくる恐怖に、自分はとても耐えられる自信がありませんでした。

そして熟考の末、たどり着いた答えは、堤下に裏切られるより先に、自分の方から彼を見限れば、傷も浅くて済むという、実に短絡的で稚拙なものだったのです。

生まれて初めて友と呼べる存在となった堤下との決別を決めた公介。

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