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解体心書  作者: 夢氷 城
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第四の手記


ついに念願叶って、大嫌いな地元から脱却できた公介。

自分とは真反対の男、堤下。

彼との出会いが公介を大きく変え、東京での新生活に僅かな彩りを与える事となる。

今日こそ死のう。明日こそ絶対に死のう。


こんな事ばかり考えながら自分は10代を過ごし、気がつけば中学を卒業し、名前を書けば誰でも入学ができるような、所謂、底辺高校で、自分は抜け殻同然に過ごし、そこでの3年間は一瞬で終わりました。


青春を微塵も謳歌せず、ただ悪戯に時間だけが過ぎ、ずっと独りでした。


他者との関わりを断ち、重圧以外のなにものでもない家族との繋がりを疎ましく思い、友情も恋愛も知らない、実体無き空虚な生き物が自分でした。


とにかく、早く時間が過ぎて欲しかったのです。

高校さえ卒業すれば、自分はこの町を出て自由になれる、その一心で日々惰性で生きていました。


かくして、自分は高校卒業後、遂に念願叶って、都内の中堅私立文系大学へと進学が決まったのです。


大学の目と鼻の先にある、世田谷区の環七沿いの、木造建の小さなアパートの2階の一室で、自分は一人暮らしを始めました。


嬉しかったです。

やっと、あの町から解放された。

喉から手が出るほど欲していた生活を、これから存分に堪能できる。


この大都会では、孤独すらも受け入れられ、自分を白い目で見る者は誰もない。

この、異常な程他者に無関心な東京人の特性が、自分にとっては理想的だったのです。


世界に名にし負う大都会、東京。


日本全国津々浦々から田舎者が集うこの人口密集地帯には、隣人から不躾な干渉や詮索を受ける事もなく、そもそも自分を知っている者がいないため、煩わしい人間関係も一切存在しない、最高の環境でした。


互いが互いに無関心。

孤独を楽しめず、人と関わらなければ寂しくて生きていけない様な弱虫からしてみれば、とても耐えきれない環境かもしれませんが、自分にとっては、またとない理想郷でした。


道端や駅構内でうずくまっている者がいても、誰一人手を差し伸べず、素知らぬふり。


人身事故が起きても、目の前で他人が死んだ事などお構いなしに、遅延により自分たちの時間が損なわれる事に怒り狂う人々。


(自分の育った田舎町で人身事故など起きた日には、現場にわざわざ赴き、大人は献花をし、子供は飲み物やお菓子を供えて手を合わせていたものですが、そう考えると、都会と田舎では、命の価値は平等とは程遠いモノなのだと実感せざるをえませんでした)


その点この街は、他人の死にすら無関心。


これほど素晴らしい街は、他にないと思いました。


誰か一人死んだ程度、誰も何とも思わない、気にも留められなければ、気付かれもしない。


自分は、自由を渇望し、夢や希望を胸に抱いて上京したのではなく、内に秘めた自殺願望を成就するべく、死に場所を探して上京したのかもしれません。


土台、勉強嫌いの自分でしたが、なぜ大学に進学したかといえば、一つは働きたくなかったのと、もう一つは、親の金で4年間ダラダラと、思う存分、誰の目も気にせず自堕落な生活を送りたかったからなのです。


そんな自分でしたが、入学式とオリエンテーションには、流石に参加しました。

自分たちの世代では、大学入学前に、同学部の者と予めSNSで繋がっていたのですが、自分は、そのSNSの輪には入りませんでしたが、一応、どんな人たちがいるのか、事前にこっそりチェックしていました。


オリエンテーションには、明らかに無理をして大学デビューを狙った、吹けば飛ぶような羽虫達が、我こそはと言わんばかりに蔓延っており、その姿があまりに痛々しく、とても直視できませんでした。


あれ、あいつネットじゃ饒舌だったけど、リアルだと随分地味で控えめだな。

あの子は写真と実物じゃまるで別人だな。


そんな事をぼんやり考えていたら時間が過ぎました。自分は、自らを他人に興味のない人間だと俯瞰していましたが、この時ばかりは、終始、人間観察をしていたのです。


終了後には、幾つかの男女混合グループができており、これから皆んなで遊びに行こうだの、やれ飲み会開こうだの盛り上がっているところを尻目に、自分は誘われてもないくせに、何故かコソコソしながら、逃げる様に家路につきました。


自分は、家の近くのコンビニで覚えたてのタバコを吸いながら、環七通りを過ぎゆく車を眺め、この排気音と走行音の入り混じった喧しさすらも愛おしく感じ、感傷的に浸っていると、前方から、ホストの様な風貌の男が、歩きタバコをしながら軽率に絡んできたのです。


オリエンテーションでも一際目立っていたこの男は、チャラチャラした服装をした金髪頭で、絶対に自分とは相容れない存在だと一目見て確信しましたが、よもや自分が、こんな男と、生涯最初で最後の友になるとは、この時は思いもしませんでした。


「お前は行かないの?」


初対面でお前呼ばわり。見るからに軽薄で、馴れ馴れしい口調。

どうしよう、こいつ、無視した方が賢明なのか…いや、こいつは学部内でもそれなりの影響力を持つ器だ。そんな事をしてこいつを敵に回し、後の大学生活に支障をきたしたらたまったものじゃない。


自分は、目の前のこの男にどう接するべきか思考を張り巡らせましたが、そもそも、他人とまとも喋ることのできない自分にとって、こういった人種と当たり障りのないコミュニケーションをとるなど至難の業で、黙りこくる以外に選択肢はなかったのです。


「いいじゃん、クールでイケてるぜお前。タバコもサマになってるしな。とりあえず三茶で飲もうや!」


何を言い出すかと思えば、こいつ馬鹿なのか…やはり相手にしない方が良かった、などと思いましたが、自分は、この堤下という男の言われるがまま、成り行きで渋々、歩いて三軒茶屋まで向かうことになったのです。


道中、線路沿いで、何やら物々しい雰囲気が漂っており、近くに寄ってみると、停車した電車の下にはブルーシートが敷かれており、野次馬と化した堤下はパシャパシャと写真を撮っていました。


なんて悪趣味な男なんだ、そんなもの撮ってどうしようというのだろうと、自分は呆れ返りました。


自分は、あのブルーシートの中にはミンチがあるのだと想像を張り巡らせると、途端に、ハンバーグでも食べてみたい気分になりましたが、自分達は、三軒茶屋のディープな飲み屋街の、とてもハンバーグなど提供していなさそうな居酒屋に入店しました。


「いくら金持ちの経営者でも、エリートの名士も、労働している時点で負け組なんだよ!真の勝者は地主だ!」と豪語する堤下は、北関東の地主の息子で、一浪していたため、自分よりも一つ歳が上でした。


大酒飲みの大食らいで、無類の女好き。

この男は、生物として、自分とはあまりにもかけ離れた存在でした。


自分とはまるで正反対なこの堤下という男は、自身の欲望に実に忠実で、他者から見たら顰蹙を買うであろう言動を平気でするし、それによって敵を作る事も厭わない、世界は自分を中心に回っていると信じて疑っていないタイプの、アホな男でした。


しかし、その言動の全てには、一切の嘘偽りがないのです。


だからか、自分は堤下の前では、かつてのように嘘をつく事もなく、また、彼は何故だか、損得抜きで自分に接していたので、この男の前では、不思議と、自分は自然体でいることができたのです。


彼を信じることこそありませんでしたが、何かを疑う事もなく、下衆な勘繰りもなく、まるで、昔から知り合いだったかの様な感覚で、自分は彼と接することが出来たのでした。


堤下は、自分にとって唯一無二の友になれたのか。

また、堤下にとって、自分は数多いる遊び相手の内の一人に過ぎないのか。


しかし、もし本当にこの男と友になれたのであれば、自分は、堤下の友という、何者かに成れたのではないか。

この男は、自分を何者かにしてくれたのではないかと、当時の自分は、そんな事ばかり考えていたのでした。


「公介、まさかもう帰るなんて言わねえよな?」


「帰るよ。明日、履修登録のこと色々調べたいし」


「そんなの全部俺と一緒にすればいい!女引っ掛けに行こうぜ、捕まえるまで今夜は帰さないからな!」


ムカつきました。

女を知らない自分に、女を口説ける度量など持ち合わせている筈がない。

こいつ、分かっていてわざと焚き付けているのか?

青春も恋愛も味わった事のない、そんな自分の背景も、惨めな気持ちも知らないくせに、無神経な事を言われ、露骨に態度に出してしまうほど、その一言で自分は不貞腐れたのです。


無理難題を押し付けられた自分は、思わずボソッと「ふざけんなよ」と呟くと、堤下は、自分が怒っている事などまるで気にせず、気を使う素振りすら見せずに「分かったよ、最悪、風俗でもいいからさ、もうちょい付き合えよ」と澄ました顔で言ってきたのです。


火に油を注ぐような発言でしたが、自分は癇癪を起こす気力すら起きず、渋々彼の後ろを着いて行ったのでした。

初めはいけすかない奴だと思っていた堤下。

しかし公介は、彼に対して徐々に心を開き始める。

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