表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解体心書  作者: 夢氷 城
4/13

第三の手記

同級生から発せられた何気ない一言に焦った公介は、自分を取り繕うのに必死な嘘つきへと変貌した。

公介はその虚言癖故に同級生から嫌われ始め、孤立してしまう。


いつもの如く、放課後、変わり映えしない上辺だけの同級生達と中身の無い会話をしている最中、自分は彼等の何気ない一言で奈落の底へと叩き落とされたのでした。


深い意味は無く、とりわけ悪意の様なものは感じられませんでしたが、同級生の1人に「松田の笑顔って気持ち悪いよね」と言われたのです。


その場にいたもう1人の同級生は、右に同じくと言わんばかりに無邪気に笑っていました。


自分の作り笑いが周囲を不快な思いにさせていた罪悪感と、作り笑いを見抜かれそうになった事に対する焦燥感と同時に、強い恐怖を感じました。



奴がどういった意図でそんなことを言ったのか、今となっては知る由もありませんが、この一言は後年に渡り、自分の心に呪いの様に纏わり付き、苦しめ続けてきました。ガタガタと震えが止まらず、全身の体組織が悲鳴を上げていました。もういっそのこと、この三階の校舎から身を投げてしまおうかとすら思いました。それくらい怖かったのです。


(取るに足らない余談ですが、二十歳を過ぎた頃、この内の1人が自死しました。流石の自分も驚嘆し、多少は悲しかったですが、参列した葬儀の最中、彼の遺影を見て当時の出来事が脳裏にフラッシュバックしました。ざまあみろ。笑いを堪えるのに必死な自分の姿は、付近の者に気が付かれる程に、様子が変だったらしいです。その数年後、帰郷した際、夜中にたまたま奴の墓の近くを通った自分は、墓標に唾を吐いてやりました)


自分は、2度と演技を見破られない様、完璧な作り笑いを完成させることを心に決めました。


相手は所詮、自分と同じ子供、欺くことなど造作もありません。


今はまだジッと堪えろ、大人になってこの町を出るまでの辛抱だ、と強く自分に言い聞かせ、自分はこの日から孤軍奮闘を深く胸に刻んだのです。


自分は生粋の嘘つきです。


嘘で塗り固めた偽りの自分を演じ、いつの間にか自分自身すらも欺いていたのです。

要するに、他者を欺くということは、自分自身を欺く事と同義なのです。


自分自身が何者なのか分からなり、苦しみ、毎晩うなされました。

夜驚症にも似た自分の症状に、両親は寝不足になり、ノイローゼにすらなりかけていた程です。


自分は、詐欺師の様な上等な者には成れませんでした。

彼らみたく、巧みな話術も人心掌握術も持ち合わせておらず、どちらかと言えば、安易に怪しい儲け話に乗り、知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担いでしまう様な、無知な下等生物と同等で、何者でもない、ただの頭が悪い虚言癖だったのです。


そんな自分が、他の子と同様、子供ながらにも上手く世渡りをし、友ができ、他者と良好な人間関係を構築するなど、土台が無理な話だったのです。


自分は次第にボロを出し、同級生から蔑視の目を向けられる様になりました。


嘘に嘘を重ねれば収拾もつかなくなり、自分の過去の発言からさまざまな矛盾点を指摘されました。

自分は、発言の矛盾点を指摘される事が度々ありましたが、その度に怒りを感じていました。


発言に矛盾ばかり生じるのも無理はありません。

なぜならば、自分の言葉には、心が無いのですから。


心にもない事ばかり口にし、思いついた事を適当に言葉にしていたため、自分が誰に何を言ったか、意図も真実もない嘘の言葉など、すぐに忘れてしまうのです。


よって、昨日今日とで、言っている事がまるで違うのも至極当然の事象であり、それを他者から指摘されると憤りを感じ、つまらない思いをしてしまうのでした。


自分だって、嘘の言葉を発するにも、なるべく他者を傷つけない様、当たり障りなく、それこそ薄氷を踏む様な思いをしたことすらありましたし、自分の発言を忘れないよう、自分なりに頑張ってきたのですから、そう易々と矛盾点を指摘されれば、それらを無碍にされた様な気分にもなるのです。


自分が徐々に嫌われ始めていた事にも気が付いていました。

気が付いていましたが、気が付いていないフリをしていました。


人の気を引きたくて、奇を衒った言動もしてみましたが、そんな事をしても、更に嫌われるだけでした。

やることなす事、全てが裏目に出て、上手に生きる事ができませんでした。



独りで下校中、複数人の同級生に揶揄われた際に自分は癇癪を起こし、石を投げて追いかけてまわしたことがあり、それ以来自分は完全に孤立し、虐められることすらなく、全てにおいて蚊帳の外でした。


孤独。

ついに自分は、誰からも相手にされなくなりました。


口を開けば嘘ばかり。

意見を言えば露骨に不快感を露わにし、少し厳しい口調で指摘しただけで癇癪を起こし、酷い時は自傷他害の恐れすらある。

同情で声をかければ依存され、他の者と仲良くしている所を見られれば嫉妬され、粘着される。


こんな子供、誰が好き好んで相手にするでしょうか。

当時の彼らの判断は賢明でした。


しかしこの時の自分は、なぜ誰も自分を理解してくれないのかと、疑問で仕方なく、得意の自己憐憫に陥っていました。


自分は心を深く閉ざし、ひたすら殻に閉じこもっていました。


もう後戻りはできない。

この町にいる限り、この四面楚歌の中で孤立無縁となった状況は永久に続いていくんだ。

ならばいっそ、死んでしまおうかとすら思いました。

当時小学五年生、この時から、自分の人生の選択肢に、自殺が与えられました。与えたのは神でも仏でもなく、自分自身です。


(今となっては、この時に死んでいれば良かったと、心からそう思っております)


自分の命に価値が無く、自分の存在に救いが無い。自分の様な人間が産まれてきた事自体がそもそもの大失敗だったのだと、薄々気付き始めてきたのも、思えばこの頃からでした。


しかし、その反面、もう人の気を引きたくて奇行に走ったり、無理して喋ったりする必要が無いんだと気付き、自分は肩の荷がどっと降りました。


孤独こそ至高。

弱き者はすぐに群れる。自分は彼らとは違う、孤高の一匹狼だと、除け者として弾き出された現実から目を背けながら、そんなふうに自分に言い聞かせていました。


独りの時間は、自分にたくさんの考える時間を与えました。空想や妄想に耽る時間もたくさん確保されました。


しかし、考えれば考える程に、やはり自分が何者なのか分からず、とことん苦しみました。


もう鏡を見てうっとりする事はなくなりましたが、それでも、鏡で自分の顔をじーっと凝視する習慣は根付いてきました。


この人誰だろうと、鏡を見ながら漠然と考えていたあの時間は、瞑想にも似ていました。


二面生の一言じゃ表現できないほど様々な顔を持ち、接する人に合わせて口調を変え、それらの顔を使い分けていた自分は、いよいよ気が触れてしまったのでしょうか、本格的に自分の正体が分からなくなってしまいました。


そして、癇癪を抑え込む術を、自分はこの頃に編み出しました。

家の内外問わず、やり場の無い激しい怒りを覚えた際は、なんとしてでも、石に齧りついてでも、風呂の時間までは耐え忍んでいました。


鼻を摘んで、湯船に顔を浸し、満足するまで存分に、水中で発狂するのです。


そうすれば、外に声が漏れることも無く、怒りを鎮める事ができるし、皿を床に叩き割ったり、壁やドアノブを破壊する事もなくなり、両親に癇癪癖が完治したと誤認させ、安心させてあげる事にも成功しました。


また、寝る前に手指の爪や皮を、血が出るまで噛む、自傷行為にも似た癖は、この頃より始まり、二十歳を過ぎるまで治りませんでした。


一体、どうして自分だけがこんな人間なのでしょうか。


どうすれば心は満たされ、何をすれば自分は何者であるのかの答えを導き出す事ができるのか…この悶々とする心のつっかえは、いつ除去されるのか、考えれば考えるほど、空っぽの頭が破裂しそうでしたが、今となって、自分は、遂にその正体が分かった気がします。


自分は、愛に飢えていたのです。

ただそれだけの話でした。


自分の様な人間でも、愛を渇望する権利を主張する事は、果たして、そんなに悪い事なのでしょうか。

少年期編はこれにて終了。

次回からは、大学生編が幕を開けます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ