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解体心書  作者: 夢氷 城
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第二の手記

馬鹿なりに思案し、世渡り上手になった気になっている松田公介少年。

ある日、弱いものいじめをする事に喜びを覚えて以来、邪悪な心が芽生え始めていく。

それからというもの、自分は、曲がりなりにも少しずつ変わっていきましたが、それらは所詮、嘘だらけの紛い物だったのです。


人に興味がないくせに興味のあるフリをし、内心、微塵も興味もないくせに、とってつけた様な質問をし、面白くもないのに笑った演技をする。


目の前の同級生など、これっぽっちも大切に思っていないくせに、いかにも友情を育んだような顔でのうのうと過ごしておりました。


人の気持ちなど分からないし、知る必要も知る由もない事を知っていながら、さも分かった様なフリもしておりました。


八方美人で二枚舌。

終始大人の顔色を伺い、心にもないお世辞ばかりを口にし、彼らが、何をしたら喜んでくれるのか、何となく分かってしまったのです。


偽りだらけの人生で、嘘八百で塗り固めた生き方は、この時から着々と身についていきました。


両親が自営業だったため、そんじゃそこらの勤め人の子供達に比べ、自分の実家は田舎の中ではまずまず裕福な方でした。


放課後になると、自分は同級生達をしばしば自宅に招いておりました。勤め人では到底買えない持ち家に、彼等が興味津々であった事を知っていたからです。


その度両親は、自分の同級生達を快くもてなしておりました。

彼等程度の家庭では見たことすらない様な洋菓子を食べされたり、また、時たまでしたが、粗悪な冷凍食品やレトルト食品ばかり口にしているであろう彼等に同情したのか、手作りの料理を振る舞ったりする時もありました。


彼等は、到底家庭では味わえない様な食べ物を目当てに家に来る。

自分は、普通の子供同様にヤンチャな友達が出来て、学年の中心人物と肩を並べる程の進化を遂げた事を両親にアピールできる。


利害関係の一致した自分達は、小学生にして互いを利用し、欺きあっていました。


卑しき彼らが遊びにきた後、漫画やゲームのソフトが紛失することがしばしばありましたが、これもまた、歪ではあるが、平等の形だろうと、自然の摂理だと潔く割り切っておりました。


そして、自分は持ち前の頭の悪さからか、周囲から天然で面白い子、または可愛らしい不思議君と認知され、いつの間にかそういった立ち位置になっていました。


これは、自分の顔の造形が、他者と比較してそこそこに整っていたからなのです。


自分は、所謂、イケメンと呼ばれる部類ではありませんでしたが、自身の顔の造形が好きで、鏡を眺めてはうっとりしている様な、ナルシストなのです。


頭が悪い、表情が乏しい、例え同じ特性でも、容姿が醜ければ、ただの暗くて気持ち悪い奴、どうしようもない奴になっていましたが、不幸中の幸いにも、なまじ容姿が整っていたおかげで、自分は、女子や教師から見たらどこか放っておけない、クール且つ可愛げのある天然な不思議君で済んだのでした。


誰からも相手にされていなかったあの頃が嘘の様で、自分は人気者気取りで有頂天になっていました。ただ笑われていただけとも知らずに、実に不憫な子供でした。


そんな優越感に浸っていたある日の掃除の時間の事でした。自分は確か、体育館器具室の担当で、他のメンバーと下らないお喋りをし、掃除の時間終了後、1人でトイレに入った時でした。


自分の後に、同じ掃除場所の有本が、何か文句言いたげな顔で入ってきたのです。


後をつけてきたのでしょうか、自分の顔を見るや否や「もうちょっと真面目にやろうよ」と、自分の目も見ずに、ボソッと呟いたのです。


自分は怒りで頭がおかしくなりそうでした。

今にも癇癪を起こしてしまいそうなのをグッと堪えながら、有本を個室トイレに連れ込み、腕を痕が残るほど強くほどつねり、髪を掴んで振り回しました。


有本は地味な優等生でした。

勉強だけは得意だった様ですが運動神経が鈍く、清潔感もなくておとなしい子だったのです。

そんな子に注意された事が、自分は堪らなく屈辱だったのです。


確かに、この時の自分は、もう高学年だというのに、靴紐すら結べないほど不器用で、物覚えも要領も悪く、他の子が難なく出来ていることすらままならない出来損ないでしたが、それでも、有本如きにコケにされるほど弱くはないという自負があったのです。


他の子達には注意せず、他に誰もいない場所で、なぜ自分だけこんな事を言われなくてはならないのか、それも、こんな奴に。


今や自分は、クラスの中心人物と放課後に遊びに行くほどの器量を持ち合わせているのに、なぜこの様な醜き男に見下されなければならないのか。


しかし、そんな自分の荒んだ心も、有本の怯えた顔を見ることで浄化され、僅かに満たされました。


快感だったのです。


何を隠そう自分は、暴力に興奮したのです。格下の人間をいたぶり、屈服させた事が気持ちよく、堪らない高揚感を感じてしまったのです。


この様な成功体験を得た者は、もう歯止めが効きません。

あの時に感じた高揚感を、自分は今でも忘れることができないのです。

脳内からは、エンドルフィンとアドレナリンが、同時にとめどなくドバドバと溢れ出てくる感覚を…。

これが人間の姿なのだと、気が付きました。


この日を境に、自分の性格は着々と歪んでいき、破滅の一途を辿ることになったのです。


(しかし自分は、この日家に帰った後、この出来事を不意に思い出し、再び抑えようのない怒りが湧き上がってきました。そして何か物を投げ、部屋の壁に大きな穴をあけてしまったのです。これはまた父に殴られるな…と覚悟はしていましたが、驚くべき事に、父は何も言わず、自分に対して憐れみの目をむけてくるだけで、何も言葉を発さず、何もしてこなかったのです)


人から見下されてきた人間、劣等感の強い人間は、自身よりも格下と見定めた者に容赦はしません。際限なく、躊躇なく傷つけていきます。


それこそが、平等というものではないでしょうか。


貧困な家庭で、教養のない親から虐待を受けていた子供と、裕福な家庭で愛されて育った子供では、同じ子供でも、住んでいる世界は天と地ほども隔たっています。


哀れな前者の子供からすれば、自分はこんなにも苦しい思いをしているのに、あいつは温室でぬくぬくと…面白くない、不平等だ!と、さぞ憤りを感じることでしょう。


後者のタイプの子供を疎ましく思い、その子に憎しみをぶつける事は、果たして罪なのでしょうか。理不尽なまでに不公平を感じる対象に、理不尽な憎痛みを与える行為こそ、真の平等とは言えないでしょうか。


人は誰しも、自らよりも格下の誰かを見下さなければ、自尊心を保つことが出来ません。

そんな対象が逆らってこようものならば、2度と逆らえぬ様、身も心も徹底的に痛めつけ、屈服させる筈です。

私は違う!と、自信をもって言える人間は、果たしているのでしょうか。


この世に血の通った人間は自分自身のみで、他人はヒトではなく、モノなのだと思えば、これほど生きやすく素晴らしい世界はありません。


そうして全ての犯罪者が生まれ、全ての独裁者が生まれてゆくのだと、幼心に理解しました。


元来、罪の概念など、賢者が愚民を統率すべく作られたものです。


人間が古来より持ち合わせた自然な欲望を押さえつけるべく誕生したものが法律であり、また、それらを遵守すべきという同調圧力に敗れ、芽生えた感情が理性なのです。


理性とは、本性を隠すためのカモフラージュであり、本性から最もかけ離れた存在なのです。


文明化した人類にも、原始的本能は必ず眠っています。


暴力に優る抑止力など無いのです。


あの日の出来事は、自分と有本しか知りません。


子供にとって、いじめを受けることなど大変不名誉な事であって、それを大人に相談するなど、自らを弱者だと公言する様な行為は、そうできるものではありません。


有本の様な子供にも、その辺のプライドはあったのだと、自分は安堵しました。


万が一、有本が教師や親に告げ口をし、自分が窮地に追いやられるような事があれば、次の年に入学してくる有本の弟を虐めてやろうと思っていたのですが、杞憂に終わり良かったです。

所詮は知能の低い子供の粋がり。

次第にボロを出していく。

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