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解体心書  作者: 夢氷 城
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はしがき

私は小学生の時に、太宰治の人間失格を読んで強い衝撃を受けました。

いつか、人間失格を超える憂鬱な小説を書いてみたい。

そんな思いからできた物語です。

彼は、本当に頭の悪い男だった。


もしも私が彼だったならば、10代の多感な時期に人生の見切りをつけ、自殺でもしていたに違いない。


惰性で生き、あんなにもつまらない人生を送るくらいであれば、いっそ死んだ方が幾らかマシだろうと、誰もがそう思うのではないか。


むしろ彼自身、中学生程の年の頃に、首でも吊っておけばよかったのだ。


尤も、その頃でも充分に惨めな子供であったが、それでも、10代の多感な時期に死んでさえいれば、その先の人生で、辛い思いもせず、尊厳が破壊されるような屈辱も味わうこともなかったというのに。



しかし彼は、何かに期待でもしていたのか、図々しくも、30歳を間近に控えても、藁に縋りつく様に醜く生き永らえていたのだ。


とにかく、彼の頭の悪さは本物だった。


私は彼を見下しているわけではない(もとより見下す価値のある対象ですらない)、これは同情であり、また軽蔑でもあった。


私は物心が付いた頃から、今日まで、ずっと彼を側で見てきた。


幼少期の時分から、彼は非常に薄気味悪い子供だった。


まずもって、彼は全く笑わず、常時無表情なのだ。こんな子供は他にいない。


子供ながらにして、彼の表情筋は、完全に機能を停止しているようにさえ見えた。


また、彼の目からは、幼い子供が持つ特有の光を全く感じられず、何を考えているのか皆目見当もつかず、存在感も薄い、まるで死んでいることに気がついていない幽霊のようだった。


彼が近くを通ったり、または、ふと背後を振り返って彼が近くに立っていると、思わずギョッとした者(私も然り)は少なくなかっただろう。


あの感情の無い、光の無い、死相が浮き出た様な顔つきの子供が、いつも間にか背後に立っていたり、また視線など合った日には、恐怖を感じずにはいられず、都合よく手元に塩でもあれば、反射的に撒いてしまいたくなるだろう。


彼が周りに、何か危害を加えたと見聞した事はなかったが、とにかく不気味で、薄気味悪かったため、同級生も、父兄も、教師も、皆彼を腫物扱いし、特に当時の大人達にとって、彼との適切な接し方は悩みの種であったらしい。


所謂、いじめっ子タイプの子でさえも、彼を相手にせず、むしろ彼に気を遣い、距離を取っていた程だ。


人を不快にさせる事において、彼の右に出る者はおらず、また、それこそが彼の持つ唯一の才覚であり、天賦の才と言っても過言ではなかった。


これほどまでに周囲に気を遣わせている事にさえまるで気が付かず、また、周囲に対する気配りもできず、たまに口を開いたかと思えば、これまた無神経で、空気もまるで読めない、場を凍り付かせる様な事ばかり言う。


どれほど楽しい会話をしていても、彼がその輪に混じり、何か言葉を発する度に、その場は必ず白けていた。


土台、それはジンクスではなく、全て必然だったのだ。


それすら認識出来ない程、愚図でノロマで、おまけに頻尿(彼は信じらない頻度でトイレばかり行っていた)で、挙句、思い通りにならない事があると、すぐに癇癪を起こし、その後何事も無かったかの様に、呆けた顔で、のうのうと生きているのだ。


しかし、彼の頭の悪さを考慮すれば、それもまた、致し方ない事だと、割り切るより他はない。


例えば彼を、出来損ない、欠陥品、などと表現すれば、それは酷い悪口で、人に対して、ましてや子供に、そのような事は決して言うべきでないと、何も知らぬ人々は思う事だろう。


だが、彼をよく知る者、また、彼の幼少期、少年期を見てきた者が、それを聞けば、ああ…うんうん…確かにね、と、首を縦に2度程頷かせ、妙に納得してしまう筈だ。


ここまで、私は厳然たる事実を書き連ねているまでだが、側から見た私は、他人に対する悪口を、ボロクソと書き殴るだけの、性悪に映っているだろう。


それもまた、仕方のない事だが、彼の半生を見れば、私の言っている事の全てを理解し、また、救いようのない馬鹿である彼に対して、誰もが(口には出さずとも)嫌悪感を抱くに違いない。


次回から彼の手記が始まります。

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