ロリコンに春は無い
3年前に産まれたと聞いた姪にあった。
彼にとって唯一家族で心を許し、仲の良かった弟の娘だ。
中学卒業前に、まだ自分のケツも拭けないようなガキの分際で当時の彼女を妊娠させて家から勘当され、女の家に婿入り。
「叔父さん」
「なに?」
「今日もテストで100点でした」
「良かったね」
「あとランドセルとシューズが迷子になりました」
「良くないね」
小学生低学年くらいの少女が自慢するように100点のテストを見せてきたので、優しく頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めた。
ちなみにランドセルが迷子になるのはこれで二回目、シューズは4回目だったが、少女は全く気にしていない様子だった
〆
「小さいね」
「産まれたばっかなんだか当然だろ!」
久しぶりに連絡が来て、生まれた子供の写真を見せられた。
最初は会いに行くか行かないか、どちらでも良かった。
だから、明日二日酔いになってなかったら見に行こうと思いながら、俺は近くのスーパーで買った酒を飲んで、そんでたまたま二日酔いになってなかったから見に来た。
まだ親の後ろに隠れるくらい小さな女の子。
初めて見た時は驚いた。
「白い、目も紅い」
アルビノ少女と言ったか。
どこかでそんな単語の白くて紅い目の少女の写真を見た事があった。
彼女は全くのそれだ。
生まれつきなのだろう。
どこか現実とはかけはなれた、それこそ本当に人間なのか疑ってしまうような見た目。
神がかっていると言うべきか。
顔立ちもいい。
顔の方は弟の嫁に似たのか。
だが俺にとってはどうでもいい子供だと思っていた。
でも、弟がどうしてもと頼むから、そのあともちょくちょく家のイベントに参加する羽目になり、気づけば弟の子供は俺に懐いていた。
意外と幸せだった。
弟が結婚してたまにイベントに呼ばれて、幸せな家庭に触れて、弟の家族の幸せが、まるで自分の幸せのように感じた。
弟の家族とすごした3年間が、あっという間に感じた。
だからだろうか、弟が強盗に襲われたと知った時、何かが壊れる音がした。
弟は胸を刺され、俺が駆けつけた時に「娘を頼む、兄貴だけなんだ」と言って、あっさり死んだ。
嫁の方は慰め者にされ、殺された。
娘は幸い俺の家で預かっていたから、その現場を見ることもなかった。
強盗は警察に捕まり、死刑になった。
弟とその嫁を殺した奴らは、俺の知らないところで、俺の目に見えないところで死んだ。
全部が全部あっという間だった。
俺の中には、どこにぶつけたらいいかも分からない怒りだけが残った。
俺は別に子供が好きだという訳では無い。
血が繋がっているとはいえ独身の男と女児が一緒に暮らせる訳もなく、娘は嫁の姉が引き取ることとなった。
弟の葬式には俺しか来ておらず、他は弟の嫁の親戚や血縁ばかりだった。
元々面識もなかったので、軽く挨拶を済ませると、弟の娘に「好きな時に来てね」と言って電話番号と住所を書いた紙を娘に渡してそのままその場を去った。
それから数年後、特に連絡が来ることも無く「きっと今頃幸せに暮らしているんだろうなぁ」と思いつつ、雪の降る空を眺める。
そう言えばあの娘の白い髪もこれくらい白かったなぁと思いながら自身の住むマンションに帰ると、マンションの部屋の前で体育座りをして頭に雪を積もらせている姪の姿があった。
最後に会ったのは3歳の時。
今では小学校高学年くらいの年齢になり、短かった髪の毛は腰の辺りまで伸びていた。
「あ、叔父さん」
「··········何やってるの?」
「逃げてきたんです」
そう言ってトコトコと自分の近くに歩いてくる少女。
最後に会った時よりも背も髪も伸びている。
相変わらず白い髪の毛に紅い瞳。
最後に会った人何も変わらない色。
しかし、一つだけ少女の大きな変化に気づく。
この娘、目が死んでる。
光の籠っていない、死人のように目が死んでいる。
「あんな公衆トイレに吐かれたタンカス以下のカラスの小便にも劣るクソ野郎のタマキン潰してきました」
「本当に何やってるの?」
とりあえず俺は姪を部屋の中に入れ、ココアを出してあげた。
聞けば引き取られた母親の姉の元で暮らしていたようだが、そこでは母親の姉の息子達二人が姪を虐めていたらしい。
どうやら一目惚れして告白したが、即断られ逆恨みしてのことらしい。
だが、それだけならばまだマシだった。
実は母親の姉は昔から自分と妹が比べられてきたことがコンプレックスだったらしく、妹に似て、いやそれ以上に可愛らしく、まだ小さいうちから男を魅了する仕草、顔立ち、そして特徴的な美しい白髪の髪と紅い瞳。
そして夫はその姪の姿に魅入られていたらしい。
日に日に夫の目は姪を女として品定めするような目付きになり、次第に姉もそれに気づいたらしい。
昔好きだった男が妹のことを好きにでもなったのだろうか、母親の姉は「母親に似て男を誑かすのが上手なようね」と言って蔑み、よく暴力を奮っていたらしい。
聞いてるだけで終わってる家庭だ。
そしてある日、息子二人が突然姪の服を奪い、裸にした上で襲って来たらしい。
姪も抵抗したが、それが逆鱗に触れたのか、持っていたカッターで左眼を深々と突き刺したらしい。
他にも抵抗した時に体のあちこち斬られ、そしてそれがきっかけで姪の中で何かが切れたらしい。
そこからは半狂乱になり、息子二人の息子を原型が無くなるまで潰した上で、自分と同じように片方ずつの目を潰し、滅多打ちにして、そのまま家にある服を適当に選び、持っていた髪を頼りにここまで来たらしい。
とりあえず全部聞いたけど頭が痛い。
「とりあえず病院行こうか」
「多分左眼は潰れてます、結構深く突き刺さったので」
「その状態じゃ痛いでしょ?ちゃんと医者に見てもらって··········」
俺がいい切る前に姪が突然抱きついてきた。
「助けてください、鬼灯さん」
弟の最期の言葉を思い出す。
唯一俺が心を許し、血の繋がりのあった家族。
コイツだけは幸せになって欲しい、コイツだけは静かに、平和に暮らして欲しいと願い、俺は弟を守ることが出来なかった。
その弟が最後に残した願い、そして形見。
俺は抱きつく姪を引き剥がすことが出来なかった。
「わかった、わかったよ。できる限り何とかする」
「本当ですか?」
「本当本当」
「絶対ですよ?」
「うん、約束するよ」
「····················えへ」
ぞくりと、背中をまるで舐められるような悪寒が走った。
一瞬姪のピッタリとくっつく身体が、スリっと身体全体でなぞる。
その笑みがほんの一瞬、秒にすれば1秒にも満たないんじゃないかという一瞬、女の子としての可愛らしい笑みではなく、女としての、男にすり寄るメスの笑みに見えた。
到底小学生のしていい笑みではなかった。
しかしそれは直ぐに消えうせ、まるで何事も無かったかのように、年相応の可愛らしい笑みに戻る。
「えへへっ、嬉しいです鬼灯さん。やっぱり鬼灯さんに頼ってよかった」
「そうだねぇ」
きっと気のせいだ。
姪の話で頭の中の情報処理機能が停止してるせいで、きっと悪い幻覚を見てしまったのだ。
俺はそう言って自分を納得させていた。
「鬼灯さん鬼灯さん鬼灯さん。ごめんなさい、ボクの身体をあんな腐ったタンパク質の塊に目を潰されて、体を傷つけさせて。ボクを壊していいのは鬼灯さんだけなのに。ボクの、ボクだけの鬼灯さん。大好きで大っ嫌いで気持ち悪くて可愛くて可哀想で憎たらしくて殺したくて壊したくて壊されたくて殺されたくて、唯一ボクが好きにしていい大切な人。ボクの皮も肉も血も骨も内蔵も心も全部鬼灯さんの物で、鬼灯の皮も肉も血も骨も内蔵も心も全部ボクの物。だからもう手放さないでくださいね?」
あ、ダメだ。
これ年頃の女の子とか厨二病とかそんな括りでまとめて良いヤツじゃない。
多分目を潰された時にカッターが脳までいって確実におかしくなっちゃったやつだ。
だってこの娘の目とか本気の目だよ、確実に捕食者の目だよ。
獲物を捕らえてはなさい捕食者の目をしてもん。
確実に女子小学生が言っていい内容じゃない。
ヤバい病気だ、早く精神病の医者に見せなきゃ。
とりあえずなんか言わなきゃ、てか怖い怖い怖い。
なんて目してるの。
完全にスプラッタ映画で出てくる快楽殺人犯の目してるもん。
なんか間違ったこと言ったら殺されるヤツだこれ。
「···············そうだねぇ」
とりあえず精神病の検査では「異常なし」だった。