1.リリカと夫と魔法使い(前編)
雨の匂いがする夕暮れ。ずいぶんと空が深くなったように感じる。
庭の端、生け垣の前にしゃがみこみ、リースに使う枝を剪定していたリリカは、わずかに汗ばむ額をぬぐった。
屋敷の窓から妹が心配そうにこちらを見ている。
「ねえさまがやらなくたって、トーマスたちに頼めばいいのに」
そう言う彼女をなだめて「気分転換にもなるのだから」と外に出たのはリリカだ。
立ち眩みもなければ、吐き気もない。今日は珍しく調子がいいようだ。
生け垣に使われているのは、銀葉が美しいハーブで、その爽やかな香りが良かったのかもしれない。
ひらひら手を振ると、ポポラはようやく安堵の笑みを見せる。
遠くのほうで音もなく稲妻が光った。じきに、降ってくるかもしれない。
室内に入ろうとしたとき、ふと、生け垣を挟んですぐ向こう側に男が立っているのに気づいた。
リリカは、困惑した。
生け垣越しに、目の前に差し出された季節外れのルシェリスばかりを集めた豪奢な花束に。
そして、それを抱える幼なじみの、自分を見つめる瞳から伝わってくる熱感に。
「ナルヴィス……よね? あなた、……いつ帰ってきたの?」
リリカは言葉を選びながら尋ねた。
ナルヴィスは、稲妻が光っている方角から来たのだろうか。湖に飛び込んだみたいにずぶ濡れで、淡いクリーム色がかった金髪が、束になって額に貼りついている。
「リリカ、僕と結婚して」
質問には答えずに、ナルヴィスは迷いなくそう言って、へにゃりと笑った。
花束がばさりと落ちる。
地面に散らばるルシェリスの花びらに目をやったリリカは、小さく悲鳴をあげそうになった。
リリカの細い手首が、ナルヴィスにがっしりと掴まれたのだ。その手は力加減がわからないのか、ぎりぎりと強いのに、拒絶に怯えるように震えていた。
ナルヴィスの目には、リリカの兄に”泣き虫ナルブー”とからかわれていた幼いころのように、涙がふっくり盛り上がっている。
あ、決壊した──。リリカは声を出さずに思った。ナルヴィスの目に浮かんだ涙は、ひとすじ流れたかと思うと、後から後からはらはら落ちていく。それはまるで雪のようで……。
わたしはこの目を、知っている──?
リリカは、ナルヴィスの目に吸い込まれるように、動けなくなった。
「ねえさま、……リリカねえさま!」
はっと振り返る。
まだ8歳の妹ポポラが、金色の髪を振り乱し、息を切らして走ってきた。呼吸を整えながらよそ行きの笑みを浮かべると、リリカをかばうように、ナルヴィスとの間に立つ。
ポポラは、リリカの手を掴むナルヴィスの指を一つずつ外していき、後ろで心配そうにしている家令に目配りをした。
「トーマス、この方を客間にお通ししてくださる?」
「君は?」
ナルヴィスの涙が止まった。
「私はポポラ。クリューゼ家の五番目の娘よ。ところで、あなたこそ、どなた?」
「……僕は、ナルヴィス。リリカとは幼なじみだ。嘘だと思うなら、君の、あの
いけ好かない兄に聞いてくれ」
「ふうん、そう」
ポポラは気のない返事で言うと、トーマスに目配せをした。
トーマスは「お久しぶりですね、ナルヴィス様」と表情を変えずに言い、彼を客間に先導した。
「まったく、……にいさまに報告しないといけないわ」
ポポラは、腰に手を当てて言う。その目には少女らしからぬ剣呑さが浮かんでいたが、ため息をつくと通信板を使うためにその場を離れた。
だから、誰もいない隙を見計らってナルヴィスが告げた話を、ほかに聞いた者はいなかった。
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「ねえさま? 大丈夫?」
ナルヴィスが帰ったあと、リリカは真っ暗な部屋で横になっていた。
「具合が悪そうね」
ポポラは、魔導灯をサイドテーブルに置く。
彼女たちが暮らすブルムフィオーレという国には、歴史上、ほとんど魔法使いが存在したことがない。国民のほとんどに魔力がないのだ。
彼らは魔法を使わない暮らしを研究し、他国とは少し異なる価値観で発展を遂げてきたが、近年では隣国の魔道具も日常の中で当たり前のものになってきていた。
リリカは真っ青な顔をしているのに、ひどく汗をかいていた。柔らかい銀色の髪が、いく筋も額や頬に貼り付いている。
「あの男に、なにか、変なことを言われたのではなくて?」
ポポラが尋ねる。
リリカはくしゃっと力なく笑った。ゆるゆると首を振っているが、それは嘘をつくときの顔だ。まったく、素直な人だわとポポラは片眉を上げる。
「スープをつくったのよ。……とにかく、なにか食べないと」
ポポラは、リリカの背に手を添えて、彼女が起き上がるのを手伝った。
「ああ、ダンディリオンのスープ! なつかしいわ」
ダンディリオンのスープというのは、王国で数少ない魔法使いとして歴史に名を残す、綿毛の魔女が好んで作っていたというものだ。
口伝えで広がったレシピは、今ではブルムフィオーレ王国の郷土料理のようなものとなり、家庭によって少しずつ味付けや具材が違うのだ。
「ベーコンにセロリ、人参、コーンに豆……。オリジナルと言われるものね」
「ふふ、ねえさまったら、本当に料理が好きなのね」
ポポラが、金色の巻き毛をくるくると指で弄びながら言う。
具合が悪そうにしていたリリカだが、ひとくち、ふたくちと口元に運んでいくと、少し頬に赤みがさしてきた。
「ねえ、リリカねえさま、食べないのと、暗いのと、寝ないのと、不潔なのはだめなのよ」
ポポラは、あどけないふくふくとした頬を膨らませ、それでいて大真面目な顔をして言った。それがあまりにも可愛らしいので、リリカはくつくつと笑う。
「こうしていると、ポポ。あなたのほうがずっと年上みたい。だめね、わたしったら、あなたの母でもおかしくない年齢なのに」
リリカが言うと、ポポラはきょとんとして、それから顔を真っ赤にして、「いやだ、私はねえさまがしてくれたことをそのまましているだけよ?」と言った。
「父様も母様も大好きだわ。でも、ずっとお仕事で忙しかったでしょう? 私たち姉弟にとって、リリカねえさまこそが母親のようなものだわ。今だって、みんなを食堂に置いてくるのが大変だったのよ……こら、アスター! 入って来るなって言ったでしょう」
ポポラが扉のほうに向かって声を張り上げる。きゃあきゃあと高い声と足音とが複数、だんだん遠くなっていった。
「ポポラ……」
「だからね、リリカねえさまの具合が悪いときくらい、私たち妹弟にもっと頼ってほしいわ。……加減はどう?」
「ありがとう。スープがおいしかったから、少し元気が出てきたわ」
ナルヴィスと会ってから、張り詰めていた気持ちが、ふっとほどけていくのを感じた。
それでも、完全に吹っ切れたわけではない。むしろ、事態は複雑になっていた。
「ーー信じてもらえないかもしれない。頭がおかしいヤツだって言ってくれていいよ。でもね、聞いてほしいんだ」
客間でナルヴィスは、そう切り出した。
彼はハッ、ハッと浅い呼吸をくり返していた。怯えが見て取れた。
「僕たち、前世で夫婦だったんだ」
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「ナルヴィス、待って。どういうこと? あなたが前世の旦那様……?」
リリカは困惑して尋ねた。ナルヴィスの目元が、うるうると盛り上がる。
「頭がおかしいよね。いいんだ。そう思ってくれて。でも、思い出してしまったら、いても立ってもいられなくなって……」
ナルヴィスは、昔から中性的な美貌を持つ少年だった。
気が弱くて、優しくて、それでいて芸術肌で。十代のころに絵の才能を買われて、隣国に留学し、画家としてやっていると聞いていた。
でも、こういう突拍子のないことを言い出すタイプだとは思えなかったのだ。
それに、この世界では、時々、前世の記憶を持った者が生まれてくる。
数年前、とある手記が話題になった。
ブルムフィオーレの三大魔術師として有名な「綿毛の魔女」が書いたとされるものだ。彼女についての情報はそこまで多くはなかったのだが、手記がきっかけで、ほかの2人の魔術師たちの知られざる情報もわかり、王国中が大騒ぎになった。
中でも、もっとも話題をさらったのは、綿毛の魔女が呪いを受けて千年も生きていたことだ。
同じく三大魔術師である、悪の魔法使い”ネモ”に殺された前世の夫と再会した彼女が、真に愛する人との再会でようやく不老の呪いが解け、穏やかな暮らしの末に亡くなったことが明らかになった。
国民誰もが知る前例がある。だから、一概に馬鹿にできることではないのだ。
それに……。
人の機微を読むのに長けている妹に悟られないように、さっきは苦労した。リリカが憔悴していたのは、体調のせいだけではなかったのだ。
さっきまで夢を見ていた。
実際に体験したと確信できるそれは、夢と言っていいのだろうか。追憶といったほうがいいのではないだろうか。
苦しかった。悪夢だった。
リリカは誰かに胸を貫かれた。焼けつくような熱さ。気が狂いそうな痛み。むせ返るような血のにおい……。
そしてそんな自分を抱きとめて、雪のような涙をはらはらと流していた男性の顔が曇った視界の中に沈んでいった。
間違いなくナルヴィスだった。
ふいに胃の奥からせり上がってくる感覚がある。リリカは這うようにしてベッドから降り、手洗いに駆け込んだ。
生まれたときから可愛がってきた妹が、小さな手で丹精込めて作ってくれたスープ。これだけでも、吐きたくはなかった。それなのに、リリカの身体は言うことを聞いてくれない。
すべてを吐き出すのといっしょに、涙もぼとりぼとりと落ちた。
魔導灯から音楽が鳴り出す。
リリカはびくりとそちらを向いたが、浮かび上がった文字を見て細く息をついた。魔導灯に手をかざすと、そこからふわりと慣れ親しんだ人の姿が映し出された。
「ポポラちゃんから、連絡をもらったんだ」
「……カミル」
金色の目が、不機嫌そうにこちらを見据えている。カミル・エストラード。
通信灯によって映し出された彼は、リリカ・エストラードの夫だった。
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夢の続きを見るのが怖くて、その夜は一睡もしなかった。空が白々と明けてくるころにようやくまぶたが重くなり、気がつくとすっかり夕方だった。
レースのカーテンの隙間から、橙色の光が差し込んで、床に小さな泉をつくっている。
扉がノックされた。きっとポポラだろう。
返事をすると、入ってきたのは妹ではなかった。
金色に輝く髪を肩上で切りそろえた美女。アカデミー時代からの親友、ヘラだ。
「ヘラ」
「その後、具合はどう?」
リリカが起き上がろうとすると、ヘラは「いいよ」と笑った。
「これ。朝ごはん? こんな時間だけどさ、ポポラちゃんに持たされたんだよ」
そう言って、ヘラはスープをベッドサイドに置く。
「……なんだか、みんなに世話してもらってばかりだわ」
リリカが恥ずかしくなって言うと、ヘラはリリカの頭をぽんぽんと撫でて笑った。
「いいんだよ。リリカはいつでも誰かを支えて来たんだから。こんなときくらいさ、みんなに甘えなよ」
「ヘラ……」
「そうそう、差し入れ持ってきたんだよ。あたしは、リリカと違ってあんまり料理できないけどさ。昔、母さんがね、寝込んでるときよく作ってくれたの」
ヘラが取り出したのは、梨と干し葡萄を甘く煮たものだった。保存容器に入れてきてくれたそれを、彼女は厨房から借り受けたらしい皿に盛り付けていく。
「冷えてて、甘いのにさっぱりしておいしい」
「よかったあ。顔色、びっくりするくらい悪いよ。吐いちゃってもいいからさ、口には入れたほうがいいよ。食べないとさ、ろくなこと考えないじゃん」
それから、ヘラとリリカは他愛のない話をした。
たまにポポラが顔を出したり、弟や妹たちが覗きにきたりした。
「クリューゼ家は相変わらず賑やかだね。この時代に十人姉弟だなんて、会ったことないよ。あたし一人っ子だから、憧れる」
ヘラがにかっと笑った。
「……それでさ、今気になってる人いるんだけど。でも、あたしたち25でしょ? ここから3年くらい付き合って、もしそれで別れちゃったら? 最近は昔と違って10代で結婚するみたいなのってないけどさ。でも、28で未来がわからなくなったら、さすがに心折れるよ」
ヘラとリリカは、正反対の性格だ。
ぼんやりしたリリカと違って、ヘラはさっぱりとした才色兼備だ。社交的で多趣味で、アカデミー在学中も、他学部の分野でも研究を重ね、論文がいくつもいくつも賞を取っていた。
研究者への道が開かれていたのに、ヘラは卒業後歌手になった。今はそれもやめて、作家として大成功している。先日も、彼女の書いた物語を原作とした舞台が上演されていたのだ。
リリカは、そんなヘラを自慢に、そして眩しく思っていた。
「あとこれ新刊。よかったら暇なときに読んでね」
ヘラは本を差し出した。表紙に刻まれた、ヘラ・カリスタという金色の箔押しの文字を、リリカは誇らしげになぞった。
「今回はどんなお話なの?」
「えっとね、クズ男の奥さんと、その愛人が仲良くなる話!」
「なにそれ」
リリカはくつくつと笑った。
つい先週も会ったばかりだというのに、話題はつきなかった。いつのまにか、窓の向こうは真っ暗になっていて、ポポラが夕食を運ばせてきた。
「カミルさん、いつ頃帰ってくるの? 実家戻ってきて、結構経つよね」
リリカはわからないと首を振った。
「そっかあ……。悪の魔法使いネモの足取りを追った美術展があってさ。カミルさんって、意外と歴史好きじゃない? 二人でいっしょに行ったらどうかと思ってチケット持ってきたんだけど。あと1週間くらいなのよね……」
夫のカミルは、国の監査官をしている。
普段は王都の仕事ばかりなのだが、辺境のほうで異変があったとかで、珍しく長期で家を空けているのだ。
「さみしい?」
ヘラが聞いた。
「リリカ、あんた……」
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「ねえさま、今日はずいぶん顔色がいいわ」
部屋の窓を開けながら、ポポラが言った。妹はまだ8歳だというのに、料理人といっしょに厨房に立ち、大家族の食事作りを手伝ったり、リリカが嫁いだあと適任者がいなかった女主人としての役割をてきぱきとこなしていた。
「今日はみんなで朝食を食べない? この間みたいに動いてみたら気が紛れるかもしれないわ」
ポポラに促され、リリカは寝間着のうえにショールを羽織って、階下に降りた。
「姉さま!」
「リリ姉!」
弟たち、妹たちが集まってくる。
「ねえねえ、ご本読んで?」
「わたしはお歌がいいわ」
「こら、あんたたち! ねえさまは具合がよくないのよ。無理いわないの」
ポポラが叱ると、より年少の弟妹たちは口を尖らせた。
二日ぶりに降りてきた食堂の様子は、いつもと違っていた。
壁にぴったりと寄せられたコンソールテーブルの上に、大きな花瓶が3つも並んでいたのだ。すべて黄金色のルシェリスの花が生けられている。むせかえるように、濃いにおいがした。なにかを思い出しそうな……。
「あの花……」
リリカの言葉に、ポポラは不機嫌そうな顔をしつつ、肩をすくめた。
「花に罪はないわ。……ねえ、あの男に、なにか変なことを言われていない?」
ポポラの目が、試すように射抜いてくる。リリカは力なく笑った。
「今日、あの人と、……ナルヴィスと、大切な話をしようと思うの。だから、あとでトーマスに言って、彼を呼んでくれない?」
「わかったわ」
ポポラはため息をついた。
「私も同席する」
「ーーそれは……」
「駄目なの?」
「ええ。二人で話しておかなければいけないことがあるのよ」
ポポラは納得していない様子だったが、渋々といった様子で、トーマスに伝令を頼んだ。
「……ポポラ様の取り越し苦労では?」
トーマスは、弟妹たちに囲まれながら微笑むリリカに目をやり、言った。ポポラは考え込む。
「そうだといいんだけれどね」
ポポラは、手元の新聞を握りしめた。政治家が、真実の愛を思い出したと言って隣国に駆け落ちしたセンセーショナルな記事が、くしゃりと歪んだ。
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秋の入口にふさわしい、心地の良い気温の午後だった。日差しはまだ少し強い。ポポラは、庭の一角にティーテーブルを用意させてくれたので、リリカはパラソルの下で、風に揺れるパララグスの白くふわふわした穂を眺めていた。
もともと貴族のタウンハウスだったというこの屋敷を両親が買い取ったとき、最初から植わっていたものだ。
年々大株になっていき、今では屋敷の二階ほどの高さまで伸びている。少し異質にも思えて、毎回掘り上げてしまおうかという話も出るのだが、この時期しか見られない穂の美しさに惹かれて、結局誰も切ることができずにいた。
パララグスの葉の向こうから、ナルヴィスがやってきた。
彼は今日も、ルシェリスの花束を抱えている。
「僕と結婚してくれる気になった?」
ナルヴィスがにこにこして言った。
「……この間も言ったと思うのだけれど、わたし、結婚しているの」
「でも、君の夫は僕だよ」
「確かに、以前はそうだったのかもしれない」
「思い出したんだね! それなら……」
「わたしは、今の夫を愛しているの」
リリカが言い切ると、ナルヴィスは予想外だという表情をした。彼の瞳にまた涙が盛り上がり、そうしてはらはら雪を降らせる。
「トーマス」
リリカは、離れたところから見ていてもらったトーマスに声をかけた。
「……きっと、後悔するよ」
ナルヴィスはぽつりと言った。リリカが答えないとわかると、彼は肩を落として帰っていった。
鉛を飲み込んだような、重たい気持ちになった。体調の悪さも相まって、しばらくそこから動けない。
ぼんやりと庭を眺めることしかできなかった。
小さな池の水面に、薄紫色の空と綿菓子のような雲が映り込んでいる。水面にさざなみが立つ。ふわふわとしたピンク色の雲が、歪んで、ぐちゃぐちゃになった。
幼いころ、ナルヴィスといっしょに庭で走り回って、二人して池に落ちて笑ったことを思い出す。
彼はいつも小さな詩集を持ち歩いており、今よりはすこし背丈の低かったパララグスの葉をパラソル代わりにして、そこで二人で朗読したりもした。
リリカは滲んできた涙を指のはらで拭った。
とつぜん、胃の奥から不快感がこみ上げる。
「ねえさま!」
ポポラがワンピースを翻して走ってくる。受け皿を手渡され、先ほどナルヴィスと食べた菓子も、香りのいい紅茶も、すべて戻してしまった。
「無理しないで」
「……ごめんなさい、病気じゃないのに」
「関係ないわ。病気じゃなくたって、苦しいものは苦しいのだから」
リリカの中には、命が宿っている。
その夜、夫からの通信灯があったけれど、リリカは寝たふりをした。
・本編(リリカ編)は書き上がっています。
・完結後も別視点・後日談・サイドストーリーを予定しています。
・このお話は単体で読めます。もしお時間がありましたら、同じ世界観の完結済作品『ラベンダー!~森の妖精魔導士が捨てたもの~』『アシュテルラの悪女』の順番でお読みいただくと、もっと楽しめると思います。