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それからウェイは、おれとも少しずつ話をするようになった。
「ここは住みやすいな」
「そうかな。ごくふつうだろ」
港に戻る船上で、おれとウェイは獲って来た真珠貝を開いていた。おれがとった貝には思うように真珠が入っていないことがあるのに、ウェイのものには形がいびつでも、小さくても必ず粒が入っていた。
ウェイには分かるのかな。不思議でならない。
「寒くないし、みんなしんせつだから」
おれは首を傾げる。なら、前に住んでいたところは、寒くて意地悪な人ばかりだったんだろうか。
「想一直有这里(ずっとここに居て)」
おれの言葉に、ウェイは驚いたように顔をあげた。
「謝謝」
はにかんだようにこたえて、ウェイは顔を伏せた。ウェイがずっと居てくれたらいい。おれは、ほんとうにそう思った。でも、もうじきおれは家を出て学校へ行かなきゃならない。学校へ行くことをまだウェイには話せずにいた。
ずっと居て欲しいなんて、ここからいなくなるおれが、本当は言っちゃいけないことなのかも知れない。
「なあ、なんでこっちに移って来たんだ」
おれが尋ねたら、ウェイの手が止まった。聞いたらマズいことだったのかな。おれの手も止まる。
「……おれの目が……」
そう答えたきり、あとは顔も上げずにウェイはナイフを繰った。船の反対側に、ウェイの父親が座っている。帆の陰に入り、強い日差しをよけている。ウェイの父親の目は見えないらしかったが、潜り手の腰につけた縄を引き上げる、シープの仕事には精通していた。それは、ウェイの時ばかりではなく、他の者と組むときにも頼もしい手さばきだった。
目が見えない分、どこか感覚が鋭いのかも知れないとおれは思った。それは、ウェイに対しても同じだった。貝の中身の有るなしをウェイは独自の勘で見分けるのかも知れない。
港に戻るとき、同じく朝に漁に出かけた船が一艘戻るのに出くわした。
「どうした、昼にはまだ間があるぞ」
「だめだ、今日はまるで魚がいない。たまには早上がりもいいもんだろ」
義兄の声に、向こうの船の頭が負け惜しみのような答えを返してきた。
ウェイは、ふと立ち上がると父親のほうへと歩いて行った。見ると、父親が手招きしていた。二人は頭を寄せ合うと、何かを話しているように見えた。それから何度かうなずいたウェイは立ち上がると、義兄のアリのもとへと移動していった。
ウェイは海の西側を指さして、義兄に話しかけていた。おれは立ち上がって、ふたりのところへと近づいた。
「あっちに、魚のむれがいる」
ウェイははっきりそう言った。おれとアリは顔を見合わせたが、はるか先の西の波間に小さく跳ねる銀の光を見た。
「あっ」
見ると、その上に海鳥が集まりつつあった。
「いる、たしかにいるんだ」
義兄は隣の船に海を指さして大声で叫んだ。
「見ろ、群れがいるぞ」
二艘の船は、色めき立った。それからは、帆の向きを変え一気に魚たちの群れの中に飛びこんだ。
飛び跳ねる魚たちと、空から狙う海鳥と人とで海上は騒乱の場になった。
おれもウェイも、大人たちと一緒に重い網を引いた。
その日は、帰りの船が沈むかと思うほどの魚が獲れたのだった。




