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星の瞳 ―花の簪外伝(2)―  作者: たびー


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「ウェイ!」

 漁の準備をしているウェイに駆け寄って、肩を腕を回す。ウェイは不機嫌そうにおれの腕をほどいて、網を抱いて船へ足を向けた。

「なあ、ウェイ。もう十日も通ってるんだ。今日こそ潜り方を教えてくれよ。重石を持たなくて、なんであんなに深く潜れるんだ」

 ウェイの後をついて砂浜を歩く。

 ウェイは無視を決め込んでいる。でも、そんな態度にももう慣れた。長い黒髪をきりっと結んで髷にしているウェイは、おれよりもふたつ年下だと知った。

 おれを助けた礼として、さしだされた金をウェイは断った。ウェイは、褒美はいらないから真珠採りの船に乗せて欲しいと申し出たのだ。自分なら、深く潜れる。ずっとその仕事をしてきたのだと。通訳するターリブも気圧されるほどの勢いでウェイはおれの父親へ言い募った。

 最初は渋った父だったが、試しに潜らせたら、見たこともないほど立派な真珠貝を獲って来た。貝には、真珠が入っていた。見たこともないほどの真円のひとつぶで、父を黙らせた。父は息を飲み、首を縦に振ったという。

 

真珠採りはふつう、何日も船に泊まり込んで漁をする。けれど、湾を出た先の近い場所によい群生があるから、ここでは毎日通いだ。真珠の漁は夏のうちだけだ。それ以外の季節は、水が冷たくて潜るのは無理だから。ウェイも夏が終わったら、普通の漁をして働くことになっている。

「请听我的话(おれの話を聞いて)!」

 ウェイは振り返った。藍色の右目を見開いて。

 おれは、してやったりと頭の後ろで手を組んだ。がんばって東の言葉を覚えた。おれの熱心さに、ターリブは首を傾げたがこれ幸いと教えて込んでくれた。

 いっとき驚いたように振り向いたウェイは、もう船に乗り込んで自分の父親の隣に座っている。ウェイの父親は、足を引きずっているが目も見えないようだった。ウェイは父親の耳に唇を寄せて話しかけて、ふたりで小さく笑い合う。おれにもあんなふうに笑いかけてくれたらいいんだけどな。

「ゾラン、今日も乗るのか」

「うん、勉強は夕方にするんだ。父さんからの許しももらったから」

 長姉の婿・アリが出港の指示をしながら、おれには話しかけた。姉たち婿の中で一番気の合うのは、アリだ。いつも漁に出かけて、働いている海の男だ。父親の商売の右腕として損得ばかり考えている次姉の婿は鼻持ちならなかったし、見かけだけは飛びぬけているけれど、怠け者の一番下の姉の婿は話にならなかった。

 返事をしてウェイの横に座ると、ウェイはそっぽを向いて体を少しずらした。いつものことなので、気にしない。それより、今日は昨日よりも深いところで真珠貝を採るのだ。

 船は、二枚の帆に風をはらんで湾の外へと向かう。やがておだやかな湾を出ると、外海の波に船体が揺れる。大きな岬に沿って陸を右手に見て暗礁をよけながらさらに進むと漁場へ着く。

 ウェイは鼻ばさみをつけ、海へ潜る用意を始めた。首から網で編んだ袋をさげ、腰に縄を結ぶ。縄の端は、ウェイの父親が握る。

 おれも腰には縄をつける。シーブ……縄の引き上げ役は義兄だ。

 ウェイは半ズボンだけの姿で、船べりから海へと入る。それから、小さく何度も息を吸ってから一気に深みへと体を滑り込ませる。

 海に入ったおれは、義兄から縄で結んだ石を渡される。とたんに体は海へと沈む。からだ一つぶんほど潜った岩礁まで来ると、おれは石を離す。義兄が石を引き上げるのを横目に、おれは足元の岩場を探る。いくつか目星をつけて、ひとつの貝をナイフで切り離す。早くしないと、義兄に引き上げられてしまう。焦らないようにと気を付ける。重苦しい水の中でうまくナイフを使えずにいると、おれの横を一段下の岩礁まで行ったウェイが泳ぎのぼっていく。首からさげた袋には、いくつかの真珠貝が入っているのが見えた。

 ウェイは、今まで誰も潜れなかった深いところまで苦もなく泳ぎ、貝を採ってくる。まるで、下に誰かがいて、ウェイを引っ張っているようにすら感じる。

 よく見つけられるな……。

 真珠貝は白いから、深くなるほどに暗くなる海の底でも見つけられるのかも知れないが、それにしたってウェイの腕前は百発百中だ。おれみたいに、数回に一個じゃない。

 そんなことを考えているうちに息苦しくなって来た。腰から伸びた縄を慌てて引くと、体が一気に引き上げられる。

 ああ、また一個しか取れなかった。

 船べりにつかまって、荒い息を繰り返しているとウェイが鼻先で笑った。ウェイが獲って来た貝が開かれると、形はいびつだが大粒の真珠が姿を現した。船の乗り手たちが一斉にどよめく。けれど、そんな奴ばかりじゃない。中にはあからさまに顔をしかめる奴もいる。おれたちよりも年長の青年だ。いきなりやってきたウェイが誰よりも成果を上げて、面白くないのだろう。みんなの輪には加わらず、離れたところで腕組みしている。

「なあ、ウェイ。潜り方、教えてくれよ。请告诉我(おしえて)

 ウェイは振り向いて唇を尖らせたが、父親が何かささやくと、しぶしぶとうなずいて見せた。

「やった! ありがとう、ウェイ」

 ちゃんと聞いているのかいないのか、ウェイはまた海へと飛び込んだ。

 波間から顔を出して、さっきと同じように呼吸を整えて海面に浮かぶ。そのまま、くるんと体を下に向け足を二三回動かしたかと思うと、もう見えなくなるほどの深みへと行ってしまった。

 何度見ても、よく分からない。なんで、すんなりと深いところへと行けるのか。

 おれも海へ飛び込んで、ウェイのように真似てみる。体を下へと一気に……!

 でも、おれの足は海から半分突き出ていて、じたばたと動かすだけになる。必死に腕で水をかいてもかいても、体ぜんぶを海に押し込むのにやたらと時間がかかる。

 息がきれて顔をあげると、ウェイがあきれ顔でおれを見ている。

「ゾラン、落ち着け。ウェイ、ちゃんとコツを話してくれよ」

「素潜りにこだわらないで石を持って潜りゃいいじゃないか。そのほうが手っ取り早い」

 さっき面白くなさそうにしていた男が野次を飛ばす。

「重石を持たなくてもいいなら、どこでも潜れるじゃないか。覚えてソンはないと思う」

 おれが言い返すと、男は苦虫を嚙み潰したような顔で背を向けた。

「と、いうわけだ。教えてやってくれ、ウェイ」

 アリに言われて、ウェイは面倒くさそうに眉をしかめたが、もう一度手本をするまえにたどたどしくはあるが、おれに説明してくれた。

「あご、あげない」

 と指を顎に当てて引き、首につけるようにした。

「あたまは、した」

 まっすぐに、海の底を指さす。それから、実際にやってみせた。

潜りながらみていると、ウェイの体が逆さになると、真下に伸ばした腕のするどいひとかきで体がすべて海中へ入った。あとはゆっくりしっかりと水をかくのが見えた。余裕がある。おれみたいに慌てない。

 忘れないうちにやってみる。浮いたその場で、体をできるだけ小さくすばやく反転……と、いきなり誰かがおれの手を引っ張った。海からあがりしなウェイはおれの手を引いたのだ。それからおれの腰に手をかけ、足の裏に体を乗せて海上へと戻っていく。おれは反動で海底へと押し込まれた。焦らずに大きく足と手を動かす。いつもよりずっと深い場所へと下りていく。薄暗くなった水の中では銀色の小魚が群れ、珊瑚がほのかに光り、岩にはへばりつく真珠貝があった。

 今まで見たことのない光景に目を奪われる。もしも、ここのものを全部海の上にもって行けたら……。

 かーん、かーんという音が天上から聞こえた。光の矢の差すほうを見あげると、息が苦しくなり始めたことに気づいた。

 今は腰に縄をつけていない。引き上げてもらえない。自力で上にもどるまで、息は持つだろうか。おれは体を立て直し、光の網がゆらぐ海面を目指した。

 船を石でたたく小さな手が見えた。音は水の中で固く響いた。

「ウェイっ……!」

 海上に顔を出すと、石を握ったウェイがいた。

「ありがとう、深いとこ、行けた!」

 手を握ると、ウェイは体勢を崩してそのまま海へとおちて来た。

「よかったな、ウェイ。ゾランが上がって来ないから、心配して石を鳴らしたんだぞ」

 アリの言葉に、ウェイの頬がかすかに赤らむ。

「はなせっ」

 くびったまにかじりついたおれの腕をふりはらい、ウェイは離れるとまた海の中へと姿を消した。負けじとおれも続く。さっきの要領を忘れずに顎を引き、腕のかきも足を動かすことも焦らずゆっくりと大きく。ぐんっと体が深みへと向かって進む。横目で見ると、ウェイが隣にいた。眠たげな左目とはっきりと開かれた右目。そして、ウェイは笑っていた。

 やった、ウェイが笑った! 

 おれは体を翻して海面へ向かって一直線にかけのぼった。

 まばゆい光が顔に当たる。清冽な風をおもいきり吸う。

「やった、やったーっっ」

 深く潜れるようになったこと、なによりウェイが笑顔を見せたこと。嬉しさで体がはちきれそうで、おれは船のまわりを何周も泳いだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゾラン、子供の時は可愛いなぁ。 一緒に潜れたら、もっと楽しいだろうな。
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