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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第95話 番人

 


「しかし歩かんでええのは楽よな」


 固められた泡石(エトピリカ)の上に腰を下ろした俺たちは、ゆっくりと縦穴を上昇しながら話す。


「見たところ煉気消費も少ないんやろ、この術」

「ええ。煉気総量の少ない私にはありがたい力ですね。まだ目覚めたばかりで、アイン・ソピアルというのもおこがましい未熟な力ですが」

「ガルガンティアの爺さんだって、最初から『銀嶺ニヴルヘイム』を使いこなせた訳やないやろ。修練を積んで、力を磨いていけばええ」

「そうですね。頑張ります」


 クレイルのマリアに対しての態度は少し軟化したように見える。二人がようやく打ち解けてきたようで俺も嬉しい。

 俺も二人のことをもっと信頼しよう。きっと二人は俺の事を話しても去って行ったりはしない。大丈夫だ。


「あのさ、いままで黙ってたけど……俺、ドドーリアなんだ」

「……!」


 黙っていたこと、二人は怒るだろうか。それとも失望するか。どう思おうと、甘んじて受け入れよう。


「そう、だったんですか……」

「ごめん、言えなくて」

「変やとは思っとったが、そういうことなんか」

「ドドーリアなんて本当に存在するんですね……。驚きです。今までの行動もいろいろと納得がいきました」

「ドドっつーのは、確か空の加護がないんよな。そんなんで今まで俺らにようついてきよったなァ。その方が驚くわ」

「だから俺はやっぱり、これからも二人に迷惑をかけてしまうと思う」


 座ったまま俯いていると、目の前にマリアが来て膝をつく。


「そんなことないです、ナトリさん。今私がこうして生きていられるのはあなたのお陰なんです、だからそんなに自分を卑下しないでください」

「そうや。お前はここまで、たった一人になっても迷宮を進んできたやないか。並の人間ができることやない。もっと自信持て」

「マリア、クレイル……」


 二人は笑って、俺を受け入れてくれる。この先の見えない迷宮の中にあっても、この二人と共に進む限り俺は前を向いて戦えるはずだ。フウカを追い続けることができる。


 俺は二人の気持ちが嬉しくて、温かくて……、しばらく顔を上げることができなかった。



「……はっ!!」


 マリアンヌが急に立ち上がり、上空をまっすぐに見上げる。


「どうした?」


 彼女の目が驚愕に見開かれていく。何か、尋常でない気配を感じ取ったらしい。


「上……、上からノーフェイスが来るっ! この反応……、とてつもない大きさですっ!!」


 俺たちはそれぞれ、上から降って来るというノーフェイスに備えた。クレイルの明るいエルモスが広い範囲を照らし出しているが、未だ敵影は見えない。


 間を置かず壁を叩くような大きな音が縦穴の中に反響しはじめた。


 一体どこから来る。リベリオンを上空の暗闇に向ける。


「敵はどこや、ちびすけ」

「上です……」

「上の、どの辺りから来る!」

「縦穴の幅いっぱいの大きさですっ!」

「……っ!?!」


 迷宮中央をまっすぐ貫いているであろうこの縦穴シャフトはかなりの直径がある。ゆうに幅100メイルはありそうだ。縦穴の幅いっぱいの大きさノーフェイスなんて、冗談だろ。



 穴の中に反響する音はどんどん近づき、そいつはついに目視できる範囲まで降りてきた。薄明かりの中に最初に現れたのは巨大な手だった。


 上からぬっと現れた真っ黒な手が壁に当てられる。さらに、同じような何本もの黒い腕が現れ、壁に手をつく。


 縦穴の中央部分に幾本もの長い腕を生やした胴体と、裂けた口しかない大きな頭部が現れる。

 そいつは、壁に何本もの腕を突いて胴体を支えながらこの縦穴を降りてきたのだった。裂けた口が大きく開かれ、鋭い牙の並ぶ凶悪な口内が剥き出しになる。


 醜悪な黒い多腕の巨人が俺たちに牙を剥いた。


「原初の炎。灼きつくせ、『火焔(ロギアス)』!」


 クレイルが即座に波導をその大きな頭に向けて放つ。燃え盛る火球は巨大な頭部に当たり弾けた。その衝撃で巨大なノーフェイスの頭が大きく後ろへ逸らされる。


 しかし、即座に巨人は俺たちに向き直り、その巨大な腕の一本を振り下ろしてきた。


「うっ!!!」


 腕を避けるため、マリアンヌが足元の泡石エトピリカを弾けさせた。俺たちは勢いよく吹き飛び、そして縦穴を落下し始める。


「うわああああぁぁっ!」

「さーて、どないするか」

「どうしましょう……」

「ふ、二人とも! なんでそんな冷静なんだよ?!」


 クレイルは真っ逆さまに落下しながら腕組みすらしている。


「まあ落ち着けやナトリ。下まで落ちきるんにはまだ時間があるやろ」

「くっ……!」


 めちゃくちゃ怖い。こんな底知れない高さを落ちたことなんて流石になかったから。それでも冷静さを失えばそれこそ助かる可能性はなくなる。恐怖を押さえ込み、俺はしっかりと目を見開いた。


「よし……。二人とも、どうしよう。何か手はあるのか」

「俺は思いつかんな」


 クレイルは逆さまの状態で足まで組み始める。潔すぎるって。


「初めての術になってしまうんですが、試したいことが」


 マリアンヌが提案する。


「なんとかできるなら、もうなんでも試していこうよ。早くしないと地面に激突してバラバラになる」

「任せたわ。頼む」


 マリアンヌは逆さ状態で杖を掲げると詠唱を始めた。


「浮かべ、『泡石(エトピリカ)』」


 マリアンヌの杖が黄色い輝きを放ち、大量の泡が渦を巻いて放出される。その泡は俺やクレイルの体に伸びて胴体を絡め取るように巻きついてきた。


 さらに俺たちの上に大きな一枚の布のように広がった泡は、落下傘のように空気抵抗を生み、落下速度を相殺する。

 落下速度が緩やかになり、固まった泡にぶら下げられた俺はほっと一息をつく。


「ここは上から風が吹いている。落下するのは止められませんが、この術ならば……」


 胴体に泡を巻きつけたマリアンヌが胸の前で杖を抱くようにして術を詠唱する。


「来たれ、『泡の精(ヴォジャノーイ)』」


 マリアンヌの杖から再び湧き出した泡は、今度はまるで生きているかのように蠢いていた。その泡が三人の体へ行き渡ると、大量の泡は俺たちを巻き込みながら移動し、縦穴の壁面へ付着した。


 泡が独自に動き、まるで生き物のように壁面に張り付いて壁を登りだした。


「すごいな……、この泡一体どうなってるんだ」


 泡に埋もれたまま、少し上の方で泡に足首を突っ込んで壁と垂直に立つマリアンヌを見上げる。


「この術は、疑似生命波導術ティファレトに近いものみたいです」

「なに、じゃあ俺たちにまとわりついとるこの泡、波導生命なんか?」

「そういうこと、みたいです」


 この泡、意思があるのか。ある程度はマリアンヌの制御がなくても勝手に行動するらしい。ガルガンティア様の竜と似たようなもんか……? 


 俺たちはこの縦穴に入ってマリアンヌの操る泡石(エトピリカ)で上に向かったとき以上の速度で移動していた。自ら制御する必要がない分、いろんな面で高性能らしい。


「んな高等技術を略式未満の詠唱で発動させよるんか……。ほんまアイン・ソピアルっちゅうのはムチャクチャやなァ」

「なんとかマリアの術で命拾いしたけど、さっきの巨大なノーフェイスをなんとかしないと先には進めそうにないな」

「まるでヘカトンケイル……」

「なんや?」

「イストミル北東部のキルクス列島に伝わる古いエルヒムの名ですよ」

「有名な奴なんか?」

「そういうわけじゃありませんが、その神は多腕を持った巨人の姿をしているそうです。あのノーフェイスとは関係ないと思いますけど」

「さしずめさっきのバケモンはノーフェイス版ヘカトンケイルってとこか」


 こんな、普通誰も入ってこれないような場所にノーフェイスの親玉みたいな奴がいるなんて。

万が一ここに入り込まれた場合を想定して、迷宮の頂点への道を塞ぐために配置された門番みたいなものなのか。


「でも参りましたね。あんなのがいるんじゃ……」

「だけど、この縦穴を使えば一気に頂点まで到達できるかもしれない」

「簡単に辿り着かせる気はないようやな」

「まさか、お二人ともあの巨人と戦うつもりですか」

「ここで逃げるってェ手は無いよな?」

「……ああ。きっとフウカはかなり先に行ってしまっているはずだ。この穴を通って先に頂上へ登って、今度は上から順番に探してやるさ」


 マリアは渋い表情を浮かべると、頷いた。


「先にこれから戦う相手の心配をしてください、ナトリさん」

「カッカッカッ。眼中にないっちゅうことやろ。あんな木偶の坊、俺の炎で焼き尽くしたるぜ」

「ヘカトンケイルは多分すぐに縦穴を降りて来るはず。私はこの泡の精(ヴォジャノーイ)で皆さんが壁面でも気にせず戦えるように手助けしますから、攻撃はお任せしてもいいですか」

「おう、頼む」

「ありがたいよ」


 俺たちは暗闇を睨みながら縦穴の壁を駆け上がった。すぐに壁を叩く音が大きく空間に反響し始める。


「来ます!」





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