第94話 迷宮の破壊者
休息をとり、煉気と体力が回復した後、俺たちは立ち上がった。
「マリア、大体の方角は掴めたか?」
「はい。休みながら周囲のフィルの流れを確かめましたから。なんとなくですが」
翠樹の迷宮の壁にはこの迷宮を動かす動力となるフィルが流れている。壁が時折薄ぼんやりと光るのはその影響のようだ。
局所的な力の流れ方はてんでばらばらだが、もっと広範囲まで感知を伸ばせばある程度規則的で大きな流れを掴むことができるらしい。そしてそれは、迷宮の中心から円周状に広がりをみせる。
フィルの流れに集中していたマリアンヌは目を開くと、ある方角を指し示した。
「おそらく、中心部はこの方角です」
俺たちは彼女の示した方向に歩く。そしてすぐに広場の壁に行き当たった。
「方向がわかったんはええが。結局は迷路や。そうそう楽にたどり着けるんか?」
「大丈夫、俺に任せてよ。——叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」
現したリベリオンを剣の形態へ変化させ、まっすぐに壁へと突き入れた。
青光の刀身はなんなく壁へ吸い込まれる。そしてそのまま柄を動かし、壁に人の通り抜けられるサイズの切れ込みを入れ、剣を抜く。
「すげぇな……。この傷一つつけられねえ壁をいとも簡単に」
「リベリオンの力ならこれくらいわけないよ」
「……簡単に言いますけど、明らかにおかしいですよ。これがどれくらい異常なことか、ナトリさんわかってますか?」
「そう?」
「迷宮を構成する物質は、この世でもっとも固いものだと言われてるんです。迷宮は物質による一切の干渉を受けないからこそ、神代から変わらずそこに在り続けてるんです。それがこうも容易く斬れるということは……」
つまり、リベリオンに斬れないものは存在しないということだ。
「マリア。この切れ込みをいれた壁、動かせる?」
「あ、任せてください」
マリアが切れ込みの入った壁に向かって杖を掲げる。
「入り込め、『泡石』」
杖から泡が発生し、壁の切れ込みへと送り込まれていく。隙間が泡で満たされると、切れ込みを入れた部分の壁は徐々に奥へと引っ込んでいき、重たい音を立てて向こう側に滑落した。
「向こう側へ行けそうやな」
「これを繰り返して中央まで進もう」
俺たちは壁の穴を抜け、向こう側の通路へ降り立つ。
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」
「おいナトリ。その詠唱毎回やるんか?」
「そ、そうだよ。言わないと気合が入らない」
本当は言いたいだけだった。術士みたいにかっこよく詠唱したいじゃん。でも実際威力が強まる効果はあるんだよ。
「しかし変わった詠唱よな」
「この武器の名前、リベリオンって言うらしい。詠唱の意味はよくわからないけど、心の底から浮かび上がってくるような感じだった」
「そないな意味もわからん詠唱でよう発動しよるな」
「変わってますね。本当に」
再び俺は壁に切り込みを入れる作業に戻る。俺たちは迷宮の中心部を目指すべく、そうして壁を切り出し、古代遺跡への冒涜とも言える強引な進行を繰り返して行った。
リベリオンの剣形態、ソード・オブ・リベリオン。今までの無理矢理な剣形態と比べ、光の刀身を出すだけなら煉気を消耗しない。
光を収めれば煉気も元通りだ。対象を切断した分だけ刃に込めた煉気が減衰するようだ。
こいつの名前を聞き、詠唱を使えるようになったことで全般的にかなり煉気の消耗が抑えられるようになったと感じる。
いちいち意識することなく、自動的に最適な煉気の配分がされるようだ。まるで武器自体が意思を持っているかのように。
だから、こうしてひたすら壁を切って進んでも以前ほど消耗しない。材質が異様に硬いせいで多少は疲れるが。
「ん」
「どうしました?」
「この壁、ずいぶん分厚いな」
通路と通路の間の壁は、大体両手を広げたくらいの厚みがあった。それでも随分と分厚い壁だ。
だけどこの壁は向こう側にリベリオンが貫通した感覚がない。どうやらここが中心部のようだった。
「やっぱ中心は柱があるだけなんやないか?」
「もう少し……」
剣の光を増大させる。今のリベリオンなら、切っ先を伸ばす調整だってさほど難しくはない。
剣を壁に差し込んだまま、壁内部の感触を探る。
ふいに抵抗感が消えた。どうやら向こう側に貫通したらしい。
「内側にまだ空間がある」
先ほどまでと同じように壁を切っていく。その作業が終わると、マリアンヌに泡で壁を向こう側まで押し込んでもらう。
かなり分厚い壁の塊を向こう側へ時間をかけて押し込みきると、空いた穴からごうと強い風がこちらに吹き込んできた。思わず腕を翳して風を防ぐ。
「うおっ、なんや?」
「風が吹き込んで……?」
「どういうことでしょうか」
「とにかく、見てみるか」
穴の中に入り風に逆らって進む。分厚い壁を向こうへ抜けると、その先は断崖絶壁となっていた。
下も上も見通せない暗闇。だが、今までと違いかなり強い翠光のラインが縦横無尽に壁を伝っている。そのおかげで今までの場所に比べればかなり明るい。
巨大な縦穴が目の前に広がっていた。
「これが、迷宮の中心か……」
俺は壁の中を戻って通路へ再び這い出した。内部の様子を二人に話す。二人も内部の様子を確認して戻って来る。
「迷宮の中心に巨大な縦穴があったなんて」
マリアが顎に手を当てて考え込む。
「とりわけ強い風の属性を感じます。翠樹の迷宮の原動力は風の属性を帯びたフィルで間違いなさそうですね」
「まあ、翠樹の迷宮は風の迷宮やからな」
迷宮を縦に貫く大穴には強い風が吹き込んでいる。縦穴に流れる風のフィルが各階層へと行き渡り、迷宮の動力となっていたのか。
つまりこの中心部の穴は、迷宮のエネルギー伝達パイプのような役割をしているわけだ。
もしそうだとしたら。この縦穴は迷宮の頂点まで続いているのではないか。俺たちは互いに顔を見合わせた。
「でも、内側の壁にとっかかりなんてなさそうだし、さすがに術士の二人でもあれを登り続けるのは無理だよな」
「まあなァ。足がかりがまったくないとなるとな……。どのくらい登り続ければええかもわからん」
腕を組み、思案する。せっかく迷宮攻略の道が拓けるかもしれないんだ。なにか手はないものか。
「あの、私の泡石なら壁を登れるかもしれません。お二人を運びながら」
「そんなことまでできるんか?」
「あの泡は、壁に吸着させることができます。だから固めた土台部分に乗って、壁に吸着させた泡を動かせば、壁を伝って移動できると思うんです」
「本当に!?」
「試してみましょう」
「お前ら、しばらく見んうちになにやら見知らぬ力を会得しとんなァ……」
あっけにとられるクレイルを横目に、マリアは穴に向かって杖を指す。
「広がれ、泡石」
杖から湧き出す大量の黄色い泡が、勢いよく穴の中に入り込んでいく。泡を流し込むと、マリアンヌも中へ入った。
彼女の呼ぶ声に従い俺とクレイルも壁を潜る。壁の向こうには黄色い泡の絨毯が敷かれ、その上にマリアンヌが立っていた。
「変わった波導やな。この泡硬いぞ」
「泡石は流動的な水の性質と、固定的な地の性質を併せ持つみたいなので、こうして自由に固くすることもできるんです」
「さすがはアイン・ソピアル。なんでもありやな」
固まった泡の上に立って俺たちは縦穴を見上げた。どこまでも続きそうな巨大な空間だ。
フウカはどこまで迷宮を登っているだろう。もう、かなり高いところまで行ってしまったか。
「とにかく、これで行けるところまで行ってみましょう。ナトリさんの力があれば行き止まりになっても道は切り開けるはずですから」
「一気に頂上まで登ったろうぜ」
「よし、行こう! 頼むよマリア」
泡で生成された土台が壁に沿って動き出し、ゆっくりと昇降機のように上昇を始める。
一階ずつ律儀に登ってなんていられるか。俺たちは壁を壊して一気に上へ進んでやる。




