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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第93話 打開策

 


「はい、お願いします……!」


 そう言ってマリアンヌ改めマリアは素直な笑顔で笑う。思えば彼女のこんなにも少女らしい表情を見るのは初めてだ。



 リベリオンの力を解放し、ゲーティアーをぎりぎりのところで倒した後、俺は一人で迷宮を進み続けた。


 そしてノーフェイスに囲まれ、床にへたり込むマリアンヌの窮地に出くわしたというわけだ。



 この数日、彼女に何があったのかはわからない。でも随分と印象が柔らかくなったように感じる。

 以前は他人を寄せ付けない雰囲気で表情にも乏しかった彼女。だからそれはとても意外な変化だった。


 何がマリアンヌを変えたんだろう。ともかく、自分を追い込むような悲壮な表情はなりを潜めたようなので少しだけ安堵する。



 クレイルが俺の肩に腕を回し、ぐいと引き寄せてくる。顔を近づけ小声で話しかけて来た。


「おい、ちびすけのあの様子、どうなっとんや……? マジで本人か? ノーフェイスが擬態しとるんとちゃうやろな」

「さあ……。でも明るくなったのはいいことだ」

「まぁな。子供は素直が一番よな」


 こいつとも再会できてよかった。あの絶望的な状況から生き延びていたなんて。本当によかった……。



「ここに長居するのは危険だ。さっきから敵が多い」

「そうですね。でもここは私に任せてください、ナトリさん」

「う、うん。何か考えがあるの?」


 マリアンヌは一人通路へと向かった。遠目に見ていると、さっきも使っていた泡石(エトピリカ)という波導の泡を通路へ向けて放っている。


「ちびすけの奴、あんな波導使えるんか。見たことない術やが」

「アイン・ソピアルが使えるようになったと言ってた」


 クレイルが目を剥いて彼女を凝視する。


「は? アイン・ソピアル?」

「『泡石エトピリカ』と言うらしい。ああやって波導の泡を出して敵の行動を妨害してくれるんだ」

「おいおい……、あの歳でか。天才かよアイツは」

「そんなにすごいことなの?」

「普通は長く厳しい修行の果てに会得するもんで、ころっと身につくようなもんやないぜ」

「そうなんだ。さすがエレナさんの妹だ。術士の名家なだけあるね」

「……確かにな」


 一通り通路を回ると、マリアンヌは俺たちの元へ戻って来た。全ての通路を波導の泡で塞いだらしい。


 なるほど、あの泡なら万が一ノーフェイスが突っ込んで来てもこの広間に入り込むことはできそうもない。広間にいながら安全を確保できるってわけだ。



 俺たちは広間の中央に腰を下ろして、数日ぶりに三人一緒の休息をとることにした。

 三人共一日中歩いて疲れていたし、マリアンヌは煉気をほぼ使い切っていた。


「ナトリさん、怪我をしてるんでしょう? 練気が戻ったら治療しましょう」

「ありがとうマリア。すごく助かる」


 昨日、ゲーティアーに光線で焼かれた傷は、戦いの後に治癒エアリアを使って手当てしてはいた。

 しかし、集中砲火を浴びた左肩の火傷は特に酷く、エアリアを使っても熱のような痛みを和らげる程度しか効果はなかった。


 しばらく後、彼女に治癒エイジアの術をかけてもらうと、市販の治癒エアリアとは比べ物にならないほど楽になった。

 ちゃんと消毒して傷を保護しておけば火傷痕以外はちゃんと治るだろうということだった。


「かなり楽になったよ」

「これくらいお安い御用です」



 俺たちはクレイルの出した(エルモス)の周りに座り込んで、食料を口に運びながら離れていた間の出来事を話し合った。


 迷宮に入ってからそれなりの日数が立っている。保存食料も減って来ており、復路のことも考えると些か心許ない。



 クレイルは天井の穴が閉じた後、なんとかあの窮地を切り抜けて俺に追い付こうと急いで迷宮を進んで来てくれたらしい。


 幸い隠し通路を発見し、ここまであまり苦労せず登って来たそうだ。


 この広間に来た時も、ここからすぐ付近の隠し通路の出口から出た直後だったそうだ。


「俺は全然隠し通路を見つけられなかった」

「私もです。ノーフェイスの出ない隠し通路を見つけていかないと、上へ登るのはかなり厳しそうです」


 迷宮に入って一週間だ。もう七日間も陽の光を浴びていないことになる。


「頂上へ辿り着くまで一体どのくらいかかるか……」

「正直誰一人辿り着かせる気ないやろ」


 この塔を立てた奴の底意地の悪い笑顔が目に浮かぶようだ。



「迷宮の構造について、ずっと考えてたんですけど」


 マリアンヌはこの数日、己の感知力と迷宮変動の具合から迷宮の構造を把握しようとしていたそうだ。


「迷宮の外観からも、探索していても、内部が円周状の構造になっているのは明らかですよね」

「まあな」

「変動の具合を観察していて思ったんですが」


 マリアンヌは、この翠樹の迷宮は樹木の年輪のように配された各通路が、基本的には迷宮の中心に対し円の軌道を描いて変動するような迷路構造になっていると考えているらしい。

 上下階の組み変わりや、特殊な形状の広間など例外も多いのだが。


「私が思ったのは、迷宮はそこまで不自然な動き方をしていないんじゃないかということです」

「というと?」

「変動にはある程度の規則性が見られる。つまりは、何か超神代の技術で不可解な動きをしているわけではなく、ちゃんとした構造に支えられて動いているってことですよ」

「ふむ」

「その構造を意識すれば、もっと効率よく進めるかもしれません」

「それがわかっとっても結局は地道に上階への通路を探しながら進むしかないやろ」

「まあ、そうなんですが……」

「…………」


 迷宮をずっと歩いてきて、階層ごとに広さの差異を感じる機会はあっても、通路の曲がり具合に大きな差を感じたことはなかった。


 そのせいで、今までどうにも内部構造を把握しづらかったんだろう。


 しかし改めて塔の構造を考えると、いくつか気になる点が思い浮かぶ。


「迷宮の変動は円の軌道が基本か。だったら、中心部分はどうなってるんだろう」

「普通なら柱やろ」


 クレイルの言う通り、円を描いて各通路が動くなら芯となる部分が必要だ。それがないと、正確な軌道をなぞって変動させるのは難しい。ガタガタになってしまう。


「柱、ですか……。確かに、各階層の通路間隔はどこにいてもあまり差を感じない」

「中央に近づくほど通路のカーブはきつくなっていくはずやし、そんな場所があるなら明確に分かるよな」

「今思うと通路ごとに結構道幅が違ってた」

「なるほどな……。もしかすっと通路幅を変えることで円構造を意識しづらくしてあるんかもしれん」

「おそらく、なるべく階層内における現在位置を風景から特定させないような造りになってるんだ」

「その理屈でいくと、階層の中心部にはかなり大きな柱が存在するということになりますね」


 中心部は迷宮を支える芯であり、柱。中心に一本の太い柱が通っていて、それを軸にして周囲を取り巻く迷路が回転するようにして組変わる。

 そんな構造であると考えれば納得もしやすい。


 外から見ると一見して迷宮は曲がりくねって天を目指しているように見える。


 しかしよくよく見ると中心部には、迷宮の構造を支える一本のまっすぐな芯がちゃんと通ってもおかしくはない。


「何か気になるんですか?」

「通路の感じからしても、中心部分がかなり広くなってることは確かだよな」


 構造上、各階層の中央部にはかなり広大な進入不可の領域が存在している可能性がある。その事がなんだか気にかかる。


「迷宮の中心がどうなってるのか確かめてみないか?」

「でも、どうやって?」

「やってみたいことがある」


 俺の言葉にクレイルが笑って言う。


「ナトリ、なんやおもろいことでも思いついたんやろ」

「ああ。この悪趣味な迷宮を造った奴に一泡吹かせてやりたいと思ったんだ。

 そいつの決めたルートを律儀に進む必要なんてない。俺たちの道は俺たち自身で斬り開いてやる」


 もう迷宮の製作者の掌の上で踊らされるのは終わりだ。


 俺たちを抗いようも無くすり潰そうとする運命へ、フウカへの行く手を阻むこの迷宮へ、今こそ叛逆の一歩を踏み出そう。




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