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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第91話 泡沫のエトピリカ

 


 身体の表面に沿って何かが当たるような朧げな感覚。波のように寄せては返し、私の身体をなぞっていく。


 その波形により身体の感覚が浮かび上がり、自身の存在を自覚することで意識は覚醒に向かう。


 遠くで何かが鳴っている。鐘の音、ううん、これは声。


 誰かが私に向かって呼びかけていた。小さかった声は次第に大きくなっていく。



 ……アンヌ……、……マリアンヌ……


「マリアンヌ!」



 身体が意思とは無関係に急浮上するような不安定な感覚を覚える。けどそれは一瞬で、今度は逆に重さを伴って自分の体に意識を固定され、私は眼を開いた。


「あ……」


 地面を感じる。身体は自分本来の質量を取り戻し、意識が再び身体を制御下におく。



 私は地面に崩れるように腰を下ろしていた。そうだ。私は確かノーフェイスの群れに……。


「マリアンヌ! 気が付いたか?!」

「あなたは……」


 ナトリ・ランドウォーカー。私の同行者だった命知らずの狩人ニムロド


 数日前、私が見捨てた人。彼は見慣れぬ武器を手に周囲のノーフェイスと戦っていた。


 以前はあまりうまく使えているとは思えない感じだったけど、今の彼はそれを自在に使いこなしていた。

 私を守るように目の前に背を向けて立ち、向かってくるノーフェイスのコアを的確に撃ち抜き撃退していく。


「数が増えてきたな、やっぱり集まって来てるか」


 彼はよく見ると全身傷だらけだ。そこいら中にノーフェイスの死骸が転がっている。


 私を守りながらずっと一人で戦っていたんだろうか。



「どうして……」


 彼らと別離した後、私は一人で迷宮を進んだ。広間を発見し、奴らに気づかれないように通過しようとしたところで、休眠状態で潜んでいたノーフェイスの群れに補足されてしまった。


 次から次へと湧いて出るノーフェイスに応戦しながら逃げたけど、煉気アニマが尽きかけ体が動かなくなって、急激に意識が遠のいて。そして何か……、何か夢を見た気がする。


「…………」


 目の前の彼は、どこか数日前と雰囲気が違うように思える。どこが、と言われると困るけど。


 しかしその武器の狙いはとても正確に、次々とノーフェイスの鉱石コアを砕き動きを停止させていた。



 通路の奥から巨大な影が現れる。他を統率する大型ノーフェイス、私はあれをクロウラーと呼んでいた。


「くそ、でかいのまで来たか。まずいな」



 彼は白い短杖を構えると、聞き慣れぬ詠唱を口にする。


「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


 杖が光を放ち形が組み変わる。先端から青い光が伸び、杖は光の剣となった。カムド系統の術に似ているけど、あんなものは見たことがなかった。


 次々と飛びかかってくるノーフェイスを身を翻して避けながら、すれ違いざまに光剣を振り抜き首を落とし、頭部を刺し貫く。


 時には数体まとめて斬撃を加え、一度に打ち倒した。まるで敵の動きがわかっているみたいにノーフェイスの突進を避け、黒い獣たちを次々に斬り伏せていく。


 そのままクロウラーの元へたどり着いた彼は、即座に剣で怪物の前足を一閃し、その身動きを封じた。クロウラーの体が傾き地へと屈する音が響く。


「叛逆の弓、『アンチレイ』」


 再び杖が変形し、元の形に戻る。狙いを付けると、前足を切断され転倒したクロウラーに向かって青い雷光が放たれた。

 攻撃はクロウラーの頭部を抉り、頭を貫通してコアを破壊したようだ。


 黒い巨体はすぐに沈黙して動かなくなった。



 彼は統率を失った小さなノーフェイスを順に潰していき、周囲のノーフィスは黒い霧を吹き出し消滅する死骸のみとなる。たった一人で、クロウラーを含めた見える範囲全ての化け物を倒してしまった。


 洗練された戦い方とは言えない。けれど……。この数日間、一体どれだけ熾烈な戦いを生き抜いて来たのか。


 彼の戦いぶりには、そんなぎりぎりの戦場を駆け抜け命を繋いで来た強かさを感じた。



「すごい……」


 広間のノーフェイスを全て片付けると、彼は地面に座り込む私の元へ歩いてきた。


「危ないところだった。怪我は?」

「大丈夫です……。煉気が切れて動けないだけなので」


「あ、あの……。この前は……」

「まだ終わってないらしい」

「……!」


 私の感覚も、通路の奥に一際大きな反応を感知した。これはクロウラーの反応だ。遅れて他の通路の奥からも同じ反応を感じる。


「もう二体大きいのが来ます。小さいのも次々と」

「参ったな」

「……逃げてください」

「え?」

「私は三日前、あなたを見捨てたんです……。だから、私のことは置いて、逃げてください……っ」


 彼はとても驚いた表情で私を見る。


「そんなことはできないよ。……誰かを目の前で失うのはもう御免だ」



 この人はずっとこんな感じだ。迷宮に入っても、他人のことばかり気にかけている。どうしてそんなことができるんだろう。

 それに比べ私は……。いつだって自分のことだけで精一杯。……だからあの時も自分のためにこの人達を見捨ててしまった。


 今ではそのことを後悔している。後悔? ついさっきまでの私には、そんなことを考える余裕すらなかったのに。何故だろう、少しだけ、自分自身に違和感を覚える。何かがいつもと違う。



 私は目を閉じ、心の内を探る。今までなかった感覚、見慣れぬ心の領域に触れる。残された僅かな夢の残滓。


 そうだ。何かとても大切なものを見た。意識の覚醒と同時に記憶は薄れてしまったけれど、暖かな想いと、両親の優しげな顔だけは確かに胸の内に残っている。これは一体何?


 同時に私は、自分の中にある違和感の正体を見つける。今までなかったものが、そこにあった。


「私も戦います」

「立てるのか?」

「……はい。こんな私ですけど、一緒に戦ってくれますか……?」


 彼は、ちょっとだけ嬉しそうに口の端を上げて笑うと言った。


「ありがとう、すごく頼もしい!」


 意識を集中し、自分の内に残された力を確認する。精神力の源、煉気は既に尽きかけ。

 だけど……別の領域、そこに確かな力の存在を感じる。


 よっぽどの才能がない限り、初めての術をいきなり使おうとしたって普通はうまくいくはずがない。だけどそれはまるで、最初から私の一部だったみたいにそこにあるのだ。できる、と確信があった。


 たとえ失敗してもきっと隣に立つこの人が手を差し伸べてくれる。そうなんだ。私は……一人で戦わなくてもいいんだ。



「漂うは泡沫、土のように固く、水のように自在に。浮かべ——『泡石(エトピリカ)』!」


 自分自身の中にあった見知らぬ領域の扉を解放すると同時、私は光の渦に巻き込まれた。


 それは私自身から溢れ出る見知らぬ波導の奔流だった。


 枯渇しかけていた煉気とは別の力が、開かれた扉から溢れ出て私を満たす。再び体に力がみなぎる。


 杖から黄色い泡のような物体がぶくぶくといくつも生み出されていく。

 吹き出し、生み出された大小様々な大きさの大量の泡が私たちの周囲に浮かぶ。


 これが突如私に芽生えたアイン・ソピ(神の叡智)アル、『泡石エトピリカ』だった。











挿絵(By みてみん)


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