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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第84話 広く深い闇の中で

 


 壁に手を当てて通路を進む。物音はなく、自分の吐き出す息の音をやけに大きく感じた。明るさは足りないが、俺も光石は持ってきている。頼りない灯りで足元を照らしながら歩く。



 こうして通路を一人で進み始めてもう一日くらい経つが、俺はまだ上階への道を見つけられないでいた。


 体の動く限り迷宮を手探りで進み、疲れたら袋小路の隅に蹲り体を休めた。たいして疲れは取れず、体の節々が痛む。

 昨日の戦闘で受けた負傷は治癒エアリアを使ったお陰でマシにはなっている。痛むことに変わりはないが。


 進んでいる道が一度通った場所なのかそうでないのかすら曖昧なまま、俺は歩き続ける。ただただフウカに会いたかった。


「どこだフウカ、一体どこに……」



 呟きは迷宮の闇に吸い込まれて消える。自分がいかに小さな存在なのかを思い知るには、迷宮の広大さは十分なものだった。

 方向感覚を狂わせ、やがて暗闇は精神すら蝕み始める。こんな場所に居続けたら、遠からずおかしくなってしまいそうだ。


 ここまで登ってこられたのは、心強い仲間達が一緒だったお陰だ。



 ドドのくせして、迷宮に入ろうなんて正気か?


 通路に現れる朧げなクレイルの幻影の前を横切る。



 あなたに何ができるっていうんですか。エリアルアーツも波導も使えないのに


 通路の角に立つマリアンヌの幻影から逃れるように歩く。



 どうして出て行っちゃうの?


 後ろからアメリア姉ちゃんの声がする。



 足が軋み、肩が痛み、腕が引きつる。内なる声が思考を掻き乱し、気を緩めれば喚き散らしてしまいそうだ。




 余計なことを考え始めるより先に、ひたすら前に進んだ。


 重たい足取りで、首を垂れ罪人のように。


 いつ終わるとも知れない冥府への旅路を歩むかの如く、ただただ前へ。


「……!」


 前方で気配がした。物音だ。瞬時に動きを止め、壁に体を沿わせて静かに後退する。

 ノーフェイスは多分聴覚を持たないが、気配を悟られないように身を潜める。


 前方の十字路の角からノーフェイスが現れた。しかし奴はこちらに気がつくことはなく、のそりと緩慢な動作で通路を横切っていく。俺の気配を察知して襲ってくるという事はなかった。


「はぁ……」


 独りになってからというもの、俺は幾度か奴らに遭遇したが戦闘にはならなかった。不思議と俺はノーフェイスに気配を気取られにくいようだった。

 まだ二人と一緒の頃は多少離れていても気配を察知して走ってきたのに。

 独りになって初めてわかったことだ。


 今の俺はその隠密性に助けられて生き長らえているような状況だった。手持ちの短刀と王冠ではノーフェイスの大群には対処できない。

 どれだけ二人に頼りきっていたかが身に染みる。クレイルがついて来てくれなかったら、俺はとうに死んでいた。



 そのクレイルはもう……。マリアンヌも俺達を見限り一人先へ行ってしまった。


 クレイルは俺を助けようとしたために死んだようなものだ。俺を抱えなければ、一人だったら天井の隙間まで残された煉気で飛べたはずだった。


 俺のせいでクレイルの命は損なわれてしまった。


 その事実が暗く澱んだ真っ黒な泥のように俺の心に染み付いていく。

 胸の内が黯く後ろ向きな感情に覆われていくような気がした。


「ごめんクレイル……。俺の、せいで……」


 今更意味の無い謝罪の言葉が思わず口から溢れ、虚空に消える。目頭が熱くなり視界がぼやける。


 いい奴だった。フウカのためにこんな場所まで来てくれて、ストルキオの術士なのに気安くて、俺なんかとも普通に接してくれた。


 初めてできた同性の友達だった。くだらない話をするだけでも楽しかった。





 迷宮を彷徨い、疲れ果てて行き止まりの隅に座り込む。

 壁際の床には黄色っぽい何かが散らばっていた。何かの破片。一際大きな塊を見つける。それが髑髏の欠片だと気づいて愕然とした。


 半分崩れているけど間違いない。エアルの死骸の成れの果て。ここに放置されてどのくらいの時間が経過しているのか、その頭蓋骨は完全に白骨化している。


 一緒に側に転がっている、古びて腐った物品類からして相当昔のものだろう。

 いつの時代かわからないけど、ここまで登ってきて行倒れた者がいた。


 哀れだ。こんな寂しい場所で誰にも知られず独り死んでいくなんて。



 この行き止まりの誰とも知れない死骸みたいに、俺の命もここで途切れるのか。


 フウカにも逢えず、野たれ死んで暗闇に転がる。

 きっと、こうやって迷宮に入り込んだ者達はみんな朽ち果てていったんだろう。俺も、そうなるのか……?



 嫌だ。俺はそれでもあの子に……。


 寒くもないのに俄に震えだす手で鞄を弄る。壁に背をもたせかけ保存食料の乾パンをぼそぼそと頬張りながら、寝不足の澱んだ両目で無感情にその頭骨を眺める。



 迷宮の通路の奥には何も見えない。虚無のような暗闇が広がっているだけだった。

 その闇が俺に語りかける。あと少しでお前もこうなる、と。


 頭を抱え、闇から目を逸らしてうずくまる。



 あとどれくらい、独りで進める。マリアンヌはどうしているのか。フウカはどの辺りにいるのだろうか。


 フウカだって一人でこの闇の中にいる。きっと俺と同じように孤独を感じている。


 とにかく……彼女を見つけなければ。諦められない。


「こんな場所で死ねない。会うんだ。フウカに……会うんだ」


 敵の警戒も疎かに、疲労に任せて俺は目を閉じた。




 §




 目を覚ますと重たい体を引き起こし、光石に光を灯して再び歩き始める。暗い通路をただ一人でひたすら歩き回った。様々な人物のことが俺の脳裏に現れては消えた。




 どのくらい歩いたのか、目の前に通路の出口があった。その先には広い空間が広がっているようだ。いつもの広間に辿り着いたのだった。


「っ?!」


 広間を覗き込もうとして体のバランスを崩す。あっ、と思った時にはもう遅かった。疲労か、不注意か、足元の窪みに気づかず部屋の中に俺は転落した。


「いてぇええ……」


 ちょっとした高さを落ちてしまう。身を起こして入ってきた通路を見上げるが、俺の身長より高い場所にそれはある。落ち慣れしてなかったら骨折くらいはしていたろう。

 壁をよじ登って通路に戻るのは無理に思えた。


 ともかく状況を確認しようと、今自分のいるフロアの中を見回す。今まで通ってきた広間の中では、初日にノーフェイスが降ってきた部屋に次ぐ広さかもしれない。


 いつもの広間と違うのは、中央に天井まで続いていそうな高さの塔のような螺旋階段つきの構造物があるところ。


 ここには幸いノーフェイスの姿がない。中央の階段塔を登れば、すぐにでも上階に上がれそうにみえる。


 俺は中央に建つ塔の入り口に向かった。が、すぐに足を止める。塔の入り口を塞ぐように何かが立っているのに気がついたからだ。


 その何かを、朧げな光石の明かりでじっと観察する。


 不気味な石像だった。俺の身長よりも高い、柱のような円柱状で、頭頂部は尖っている。

 見ようによっては鐘楼についてる釣鐘のようにも見えた。本体から離れて浮かぶ翼のようなものが両肩にある。


 少しずつ近寄り、さらに細部を確認する。人を象ったような像は、表面に顔を模した彫刻が刻まれていた。自身の体を抱くように前面でクロスさせた大きな両手が体に彫られている。


 頭部の両の黒い瞳は何も映さず空洞で、その穴の奥には深い闇だけが広がっていた。両目からはまるで血の涙でも流すように、頬を通って黒い線が引かれている。悪趣味な像だ。



 俺はなかなかその石像の脇を通って階段塔に近づくことができずにいた。像の持つ異様な雰囲気が、近寄ることを躊躇わせた。


 じっと不気味な像を見据えていると、ふいにそれは地面から浮かび上がった。俺は咄嗟に下がって距離を取る。

 像は浮かんだままこちらへ動き出し、仮面の顎部分が下にずれて開く。口腔内が発光し、そこから細い光線が照射された。


「うおっ!」


 走って光線の照射から逃れる。逃げる俺に合わせて像が回転し、光線が追いかけてくる。

 この不気味な機械とも生物ともつかない見た目。モンスターじゃない。迷宮に巣食うノーフィスとも明らかに雰囲気が違う。


 多分こいつはゲーティアーだ。


 ……最悪だ。こんな奴に一人きりで出会ってしまうなんて。

 なんで迷宮の中にこんな奴が。


 俺はさらに距離を取ろうと逃げる。このフロアは通路の入り口が高い場所にあるせいで戻ることはできない。逃げ道は階段塔の入り口だけだろう。



 ……やるしかない。俺は振り返ると、王冠を呼び寄せその先端を真っ直ぐ釣鐘型のゲーティアーに向けた。



 《無価値》


「?!」


 なんだ今のは。


 《お前はまだ、みっともなく生き永らえるつもりなのか。クレイルはお前のせいで死んだというのに》


 頭の中に冷めきったような声が響いた。




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