第81話 闇行
「よっしゃ、行こうや」
「うん」
迷宮の外はおそらくまだ暗い時間帯。でもこの中では昼も夜も関係ない。俺たちは相変わらず時折発光する暗い壁や天井に覆われた広間へ、隠し扉を通り戻ってきた。
さてどの道を選ぼうかと歩き回りながら考えていると、別の壁が上に開いた。隠し扉はもう一つあったらしい。
隠されていた通路は迷宮入り口ホールから入った上り坂とほとんど同じ構造だった。
昨日と同じように、俺たちはその道を薄暗い中何刻も延々と登り続けていった。
数刻の後、昨日とと同じく床に開いた隠し通路の出口を出た後、俺たちは辿り着いた階層をまたしばらくさまようこととなった。
ノーフェイスの相手もしながら結構な距離を歩き回ったが、上へ通じる穴なり通路なりは一向に見つからない。
どこまでいっても枝分かれする通路の続く似たような光景、度々構造の変化で一度通った場所を再び歩くことにもなる。
クレイルが積極的にノーフェイスを排除してくれるので、俺とマリアンヌはそこまで戦いによる疲労を感じずに済んでいるのが幸いだ。
とはいえ先の見えない暗闇の行軍は、徐々に俺たちの体力だけでなく精神すらも削っていく。自分たちでも気がつかないうちに。
§
半日ほど襲い来るノーフェイス倒しながら変化する迷路を歩き続けた。かなり歩き通しだが、安全地帯などそうそうあるはずもなく、なかなか休めない。俺たちは疲労を感じながらも歩き続けるしかなかった。
ようやく、上階に続くと思われる大きな穴が天井に開いている場所を見つけた。
俺はクレイルの助けを借りて天井に空いた穴を抜け、俺たちは一つ上の階層に進むことができた。
半日以上歩き回ってようやく上の階へ。今後のことを思うと目眩がしてくる。
穴から上階に這い上がると、地面が揺れて重い音が辺りから響き、さっき通ったばかりの床の穴が閉じていった。
迷宮の変動だ。穴はぴったりと隙間なく閉じ、ぱっと見わからないほどに床と同化してしまった。
こんなの、運良く上の階に通じる穴が開いているときに通りかからなければわかるはずがない。
「この先、大きな部屋があるみたいです」
「丁度ええ。これまでの大部屋には隠し扉があったしな。どーせバケモン共もおんのやろ?」
「かなり。しかも……、群れに紛れて大きな反応が」
「ノーフェイスだけじゃないのか?」
「いえ、この感じはノーフェイスと変わらない。ただ大きさが……」
「行ってみりゃわかる。一丁暴れんでェ」
クレイルが両手を組み合わせて指の骨を鳴らしながら歩き出す。俺も王冠を構え進んだ。
広間に突入直後、まずクレイルが真っ先に広範囲を薙ぎ払う波導を放った。
「大地を割り万物を飲み込む紅蓮の顎門。喰らい尽くせ、『獄炎』」
昨日ノーフェイスの大群を撃退した術だ。クレイルの杖から放たれた波導が灼熱の炎波となり、向かってくるノーフェイスを飲み込む。俺とマリアンヌは獄炎の範囲外のノーフェイスの掃討を開始する。
「ほォ、ちったあ骨のある奴が出てきたな」
ノーフェイスの黒い死骸が燃え盛る広間の中、揺らめく炎を掻き分けるように巨大な影が姿を現した。
そいつが明らかに他のノーフェイスと異なる存在であることは一目瞭然だった。
鈍い足音を響かせて炎熱地獄から這い出たそいつは、普通のノーフェイスとは全く大きさが異なっていた。
巨大な四つ足でのっそりと歩き、やはり頭部に目鼻はない。そいつは体の周囲に何か翠色の霊気のようなものを纏っていた。
大きく裂けた口を開き、大樹の幹のように太い足を床に打ち付けながらこっちに向かって這い寄ってくる。
巨体故に、上手く自分の体重を支えられないのか、殆ど体を引きずっているようにも見える。
姿形は普通のノーフェイスをそのまま大きくした感じだが、見た目の醜悪さも倍増している。絶対に捕まりたくはない。
「濃い風の属性。周囲に渦巻く風で炎を散し防いでいる」
「それであいつだけ燃えてないのか」
「おらよ、『火焔』!」
デカブツを狙って勢いよく放たれた火球は、地を這う巨大ノーフェイスの風のオーラに弾かれ、破裂するような音を立てて掻き消えてしまった。
「風の鎧か。面白え、もっと強い炎で焼き尽くしたる」
クレイルの発する熱気が膨れ上がり、彼の赤毛が燃え上がるような錯覚を覚える。
「原初の炎を焼べし王、己が敵を遍く灰燼に帰せ、『紅炎』!」
杖先に灼熱の気配が収束していく。周囲のフィルを取り込み、それは煉気によって急速に炎の波導へと構築、変換されていく。解き放たれた太い熱線は、あまりの高温で直視できないほどの紅色に激しく赫いていた。
クレイルが術を放つ直前、まだ残っていたノーフェイス達が不可解な行動を取り始めた。俺たちを標的にするのを止め、群れを成してクレイルに向かっていく。奴らは死をも恐れず次々と紅炎の射線に飛び込んでいった。
「こいつら、自ら炎に!」
その数はあまりに多く、紅炎の射線上にすぐさま黒い死体の山が積み上がる。ノーフェイスが次々と折り重なって溶解、炎の勢いさえも軽減して骸の壁を形成してしまう。
クレイルの波導は巨大ノーフェイスまで届く頃には、風の鎧によって完全に威力を失っていた。
「あいつ小さいノーフェイスを統率してるのか!」
「ちっ、デカいのをやらんとどうしようもねえな。別れて突っ込む!」
クレイルの攻撃を配下を盾に防いだとはいえ、さすがにノーフェイスの数はかなり減ったようだ。俺たちは正面左右にそれぞれ散って広間中央の化け物に迫った。最初に仕掛けたのはノーフェイスに向かって地面を滑るように接近したマリアンヌだ。
「鋭烈なる水の流れ。断ち切れ『水刃』!」
すれ違いざま、杖から噴射される水圧の刃で後ろ足を切りつける。重量感のある音が辺りに響きノーフェイスが体勢を崩した。
その隙を逃さずクレイルが真っ向から飛びかかり、空中で炎の太刀を振りかぶった。
「真紅の刃——、『火剣』!」
頭部に炎の刃を振り下ろし、風のオーラごと怪物の頭を真っ二つにして着地する。
だが、奴は頭を両断されても動き続けていた。
「あれは。異質なフィルの感覚……、ノーフェイスの中核!」
半分になりながらも立ち続ける怪物。その頭部の断面に、翠に発光する何かが埋め込まれていた。
「ちっ、邪魔な風やな。近寄んのも一苦労化か。ナトリ、頼む!」
淡い光を放つコアを狙い光を撃ち込む。攻撃は風の鎧を容易く突き破り、ノーフェイスのコアを粉砕した。
先の二人の攻撃によって負傷し、思うように体を動かせない化け物は、びくりと一度痙攣すると動きを止めて地面に崩れ落ちた。
部屋に残るノーフェイスを全て始末し、ようやく一息つく。
「お疲れさん」
「おう。殲滅完了や」
広間の安全を確保した後、俺たちは隠し扉を探した。結果、一つだけ隠された通路を見つけることができた。しかし昨日見つけたような密室は発見できなかった。
隠し通路はいつも通りゆったりとカーブしながら坂道になっている。上階へ登る通路だ。
俺たちは歩き詰め戦い続きでかなり疲弊していた。特に俺は王冠を使った疲労で立っているのがやっとな状態だ。
今日のところは通路に入ってすぐの場所で野営することにした。
隠し通路内ではまだノーフェイスと遭遇してない。他の場所よりよほど安全だ。




