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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第80話 上を目指して

 


 大広間から入って来た通路をしばらく進むと、分かれ道が現れ始めた。いよいよ迷宮らしい構造になってきたようだ。


 クレイルが選んできた道に印を残してくれているが、かなり地道な探索になりそうだった。


「ちびすけ。お前感知型やろ」

「そうですけど」

「もっとはよ言わんかい」

「感知型って?」

「術士には大きく分けて三つの適性型があるんや」


 波導術士(ウィザー)の能力は個人の資質によるところが大きいが、能力の傾向自体は大きく分けて三通りに分類できるそうだ。


「気力型」は煉気総量が多く、大量に煉気を使う術を行使できる。

「感知型」は周囲のフィルに対して鋭敏な感覚を持つが煉気総量が少ない。

 そして能力のバランスが取れた優秀な使い手である「均衡型」。


 マリアンヌは周辺のフィルの流れや動きの変化を読み取ることが得意な感知型術士らしい。


「なるほど。クレイルは?」

「俺は気力型や。煉気量には自信あるからな。さっき戦った緑マントのアホは明らかに感知型で、均衡型は優等生みたいな奴のことや」

「お姉さまは全てにおいて優れていますから」


 マリアンヌのエレナへの崇拝っぷりはなかなかのものがあるようだ。あれだけ年が離れていると親しみよりも憧れの方が大きくなるものか。


「とにかくや。この状況においてちびすけ、お前の能力はかなり有用やろ。俺らは視界外の敵を捕捉できんが、お前にはある程度離れとってもノーフェイスの位置がわかるんとちゃうか?」

「簡単に手の内を明かすなと先生に教わりましたので」

「ったく可愛げのない女やのォ……」


 俺たちはまだマリアンヌに信用されてないらしい。まあ、出会ってから数日しか経ってないしお互いの話だってロクにしていないからなぁ。


 印をつけながら通路を歩く。行き止まりに当たっては引き返し、まだ歩いていない通路を選んで進む、地道にそれを繰り返した。




 §




 長い間そうして歩き続けた。通路を歩く途中でノーフェイスが散発的に襲いかかってきたが、いずれも数が少なくクレイルに小手先で焼き払われた。

 幸運にも脅威というほどの敵には遭遇せずに済んでいる。


「これって……」

「マジか」


 俺たちが見つけたのは、さっきからクレイルが残している赤い塗料だ。

 この通路はまだ一度も進んでいないはず。しかしその印は、壁の建材の切れ目を境に急に始まっている。


「これが迷宮の本当の恐ろしさか」

「さっきから響いてくるこの音……、迷宮が動いてる音なのか。内部の構造が変化するとは聞いてたけど、まだ進んでない通路ともう歩いた通路が繋がってるなんて……」

「はぁ、普通に行き止まりを潰しながら迷路を進むだけやと、上に登る道を見つけるのはほとんど運頼みやな」


 構造変化が完全なランダムとは思いたくない。神代の技術がどんなものか知らないけど、こんな規格外の建造物を造るんだからやろうと思えばそれくらい造れそうではあるが。


 仮に変動の周期を掴んだところで、階層の構造自体がよく分からないんじゃ意味もない。

 多くの者が迷宮に入って行き、一人も戻ってこないだけのことはある。



 立ち止まって悩んでも仕方が無い。俺たちはひたすら迷宮を進んだ。


 さらに何刻か経った頃、今までの通路とは少し様相の異なる場所を見つけた。この先は少し広い部屋になっているみたいだ。


「ノーフェイスらしき気配が多数。この先の空間にそれなりの数がいます」

「明らかに普通の通路とちゃう場所か。調べねえ手はないな。よしお前ら、殲滅すんぞ」

「お、おう!」

「やるしかないようですね……」


 クレイルの合図で俺たちは部屋に突入する。それぞれ散開し、迫ってくるノーフェイスを返り討ちにする。


 クレイルは炎で広範囲を焼き尽くし、マリアンヌは床を滑るような素早い身のこなしで一体ずつ水の波導で切り刻んで行く。


 俺だって狩人だの端くれだ。戦闘経験を積み、攻撃の狙いもそれなりに正確になってきている。


 こちらに気づいたノーフェイスが駆け寄ってくる前に、次々と頭部を撃ち抜き無力化してやった。



 ほどなく円形広間に巣食っていたノーフェイスはすべて片付いた。


「ナトリ、息が上がっとるようやが平気か」

「これくらい……」


 やはり王冠の一発一発が重い。以前だったらこんなに煉気を使いすぎるなんてことなかったはずなのだが。


「部屋を調べます」


 俺たちは手分けして制圧したフロアの探索を始めた。


 円形をした広間の壁には何本かの通路の入り口が空いている。しかしエントランスフロアのように隠し扉が存在している可能性だってある。

 こういう変わった部屋には何か仕掛けがあるかもしれない。


 ほどなくしてクレイルが隠された扉を見つけた。壁の側を歩いていたら勝手に開いたらしい。クレイルが中に入ると扉は閉じてしまった。


「ク、クレイルっ!」


 慌てていると、ゴゴゴ、と壁が再びスライドしてクレイルが顔を出した。


「どした、早よこんかい。行き止まりやが密室になっとる。休息にはちょうどええぞ」

「扉が急に開かなくなったんだよ。分断されたかと思った」

「……人騒がせ」


 中は何もない密閉された空間だった。けど今はありがたい。ここならノーフェイスへの警戒を多少緩めて気を休めることができそうだ。


 中に入ると壁は再び閉じた。クレイルが中を一通り調べたが本当に何もなかったそうだ。まるで休憩のために設けられたような部屋だった。



 俺たちは部屋の中央に腰を下ろす。クレイルのエルモスが三人の真ん中に浮かび、互いの姿を照らし出す。


「外はもう夜だろうな」

「今日は一日中歩き回ったしな。さすがに疲れたわ」


 鞄から保存食料を取り出して口に放り込んで行く。

 治癒や各種のエアリア、保存食料や、飲料水を生み出す水のフィル鉱石。生き抜くため最低限必要なものはある程度揃っている。

 迷宮の中でもしばらくは大丈夫だろう。いつまで保つかはわからないけど。


 先ほどからマリアンヌは杖を立てて両膝を突いたまま目を閉じ、何事かとても長い詠唱を口ずさんでいた。


「……——の形、黒の形、空の形。万象を象り我が前に現せ。『空位形象ヴォルトゥムナ』」


 杖のエアリアが輝き、先端から細く水が流れ出る。水はゆらゆらと空間を漂い、杖の上に何かの形を現していく。


「これ、迷宮の外観か」

「ほお、お前その歳でなかなか高度な術使いよるな。感知型ならではってか」


 ゆらめく水の塊は縦に伸び、アラウダ大森林らしき面から生えて渦巻くように天へと伸びる翠樹の迷宮を形作った。


 俺たちは水で象られた迷宮の模型を眺める。根元に近い一点が強い光を放っている。


「現在地点は大体このあたり」

「なんや、わりと登った気がするがまだこんなんかよ」

「先は長いな……」

「いいですか、翠樹の迷宮は限界高度の先まで伸びてるんです」


 マリアンヌは指で発光部分より遥か上を指し示す。登ったのはまだ一割にも満たない高さだ。


 このどこまでも高く伸びた迷宮の中で、蟻のような遅い歩みでフウカに追いつくことができるのか。


「それくらいわかっとるわい。おいちびすけ、お前まさか、いっちゃん上まで登ろうと思っとるんか?」

「……そうです。だから今のペースじゃ永遠に辿り着けません。もっと急ぐべき」

「考えとるようで、全く無茶苦茶なこと言いよんなお前って奴は……」

「でもマリアンヌの言う通りだ。ゆっくり進んでたら多分フウカはどんどん上に行ってしまう」

「はァ……、まぁワイはええけどな。むしろお前らの心配しとるんや」


 マリアンヌはむすっとした態度で水の模型を掻き消した。


「昔の人はどうしてこんなに高い塔を造ったんだろう」

「迷宮について触れたもっとも古い記述は、『創世神話スカイリア』の一節と言われている」

「さすが優等生の妹だけあんな。勉強熱心か」

「創世神話は未解読の部分も多い複雑な内容ですが、『贄の楔』という表現で表される部分が迷宮を指しているそうです」

「へえ。大いなる厄災とか、七英雄とも関係あるのかね」

「実際、英雄ガリラスを奉じるオキ族は迷宮の守護者と言われている」

「神話じゃ、エルヒムと七英雄が大いなる厄災を倒したんやったな。迷宮とどんな関わりがあったんかは知らんが」

「贄の楔ねえ……」

「そもそもどこまでが事実なのかもわからんしな。大いなる厄災なんちゅうのは、後世への教訓としてさしずめ当時の大飢饉か、大災害をそれっぽく物語調に仕立てた作り話やろう」



 俺たちは思い思いの体勢をとり、灯りの近くで体を休める。俺も硬い床に転がって目を閉じた。


 時折遠くから迷宮変動の響きが伝わってくる以外はとても静かだった。


 目を瞑るとフウカのことが頭に浮かんできて不安になる。彼女も俺たちに先行して迷宮内を彷徨っているはずだ。


 無事なんだろうか。こんな危ない場所で、一人きりで。早く見つけなければ。


 一日歩き回った疲労と煉気の消耗で、体は休息を必要としていた。ほどなく俺は眠りに落ちていった。





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