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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第78話 突入

 


 地面に膝を屈したエリト=ラの背後からマリアンヌが歩いて来る。


「マリアンヌ!?」

「エアルの小娘……、我に一体何をしたのだ!」

「『水針ルサールカ』。あなたの体内に水の循環を乱す波導を打ち込みました。しばらくは気分が悪くて立つこともできないでしょう」

「ひ、卑怯な……、真っ向勝負と見せかけておいて、騙し討ちとは……。目前の相手に集中するあまり、水針ルサールカの微細な気配を察知しそこねた、か……」

「勘違いすんなよ。茶々いれたんはこのちびすけの独断や」

「くっ……この私が、なんという不覚。すまぬ族長、皆の者よ……」


 エリト=ラは地面に膝を屈して項垂れた。可哀想にも思えるあっけない決着だが、今はこんな奴にいつまでも付き合っているわけにいかない。


「で、お前は何しに来たんや」

「迷宮の内部調査です」

「本気か」

「はい」


 まさか、マリアンヌまで迷宮に入ると言い出すなんて。いや、この子は旅の間も迷宮に固執している様子はあった。もしかして、最初からそのつもりで来たのだろうか。


「勝負に水を差されたんは腹が立つが、煉気を温存できたんも事実か……」

「すまんクレイル。俺、何の役にも立てなかった」

「この前まで普通の勤め人やったんやろ。戦い慣れた術士に立ち向かうのは無理っちゅうもんや。気にすんな」


 それでも悔しい。俺は速攻で動きを封じられてしまった。狩人としてもまだまだだ。マリアンヌが俺に寄って来て杖を抜いた。


「清らかなる水よ。傷を癒せ、『治癒(エイジア)』」


 俺の胸に当てた杖から温かな波導が伝わり、戦いで負った切り傷と背中の痛みが和らいでいく。フウカのように完全治癒ではなかったが、それでもかなり楽になった。


「ありがとう」

「手当は自分でしてください」


 鞄から治療用の軟膏と布を取り出して応急手当てをする。


「姉ちゃんの借りは返したんやろ。まだ付いてくる気か」

「私は最初から迷宮に入るつもりでここに来ました。あなた達と一緒に行動した方が生き残る確率が高まると考えただけ」

「一緒に行きたいなら素直にそうゆえよ」


 マリアンヌを止めるべきかと思ったが、素直に言うことを聞くような子じゃない。それに顔つきを見る限りじゃ既に意志は固いように思える。


「こんな寂しい場所で、夜中俺らが来るのをずっと待っとったふざけた野郎やが、その心意気だけは認めてやる」


 クレイルは動けないエリト=ラのマントを掴んで石柱まで引っ張り背中をもたせかけるように座らせると、空に向かって波導で花火を打ち上げた。このまま置いていくとノーフェイスやモンスターの餌食だ。合図を見た里の人間がすぐに駆けつけるだろう。


「手当ては終わったよ」

「なら行くとすっか」


 俺は柱にもたれさせたエリト=ラの前にしゃがみこんだ。


「そういうわけだから俺たちは行く。すぐ里の人間が来てくれると思うけど、色々悪かったね」

「貴公ら、気は確かであるか……? 迷宮は、貴公のような普通の人間が行く場所ではないのだぞ」

「それでも行くよ」

「何故だ。死ぬとわかっていながら」

「もう決めたんだ。それに死ぬつもりもない」


 故郷の家族にはまだなんの恩返しもできていないし、俺は生きてフウカを連れ戻すために迷宮に入る。


「女のために命を張る。ええやんか。俺も死ぬつもりは毛ほどもねえ。フウカちゃん連れて、生きて帰ったろやないか」

「行きますよ。増援が来たら面倒ですし」


 絶句するエリト=ラを残し、再び三人になった俺達は列柱の間を進む。正面に俺達を迎えるように、迷宮の縦に高く開いた真っ黒な入り口が近づいてくる。


 この先、一体どんなことが俺たちを待ち受けているだろう。後悔しないと、自らの歩む道に間違いはないと、そう言い切る勇気を持ち続けることができるだろうか。フウカの笑顔を思い浮かべる。


 恐怖を心の奥へと押さえ込んで低い階段を登り、俺たちは躊躇うことなく深淵のような迷宮の入り口をくぐった。





 迷宮内は物音もなくとても静かだった。

 入った途端ノーフェイスが襲いかかって来ることも警戒していたが、エントランスホールのような広々とした内部空間に動くものの気配はない。円形に広がる広間の壁に何本もの通路が口を開けているのが、薄闇の向こうに見える。


 中は薄暗いが、真っ暗闇ではなかった。目が慣れて来ると壁が所々薄い翠光を放っていることがわかる。

 壁を削り取って採取していたマリアンヌが小瓶を背中の鞄に収める。


「終わったのか?」

「固すぎてやはり採取は無理です。話には聞いてましたけど」


 俺達はクレイルのエルモスに照らされた前面の壁に並ぶ無数の通路を見渡す。さすがは迷宮というだけあって通路が枝分かれしていく構造になっているようだ。おまけに内部構造は常に変化するというのだから手に負えない。


「迷宮調査団は内部構造をどれくらい把握してるんだ?」

「迷宮についての報告書にはざっと目を通したのですが、このエントランスホール以外は確かな情報がありませんでした」

「マジでここだけかい。調査団は長年何やっとんねん」

「あの通路の先へ踏み込めば命の保証はありませんし、調査の度に構造が変化しているみたいですから」

「まあでも、迷宮の形状的にはひたすら上を目指せばいいんだよな」


 どの通路に入るべきか考えていると、何か重たいものを引きずるような音が聞こえてくる。そして正面のただの壁と思われた壁面の一部が上へと上がり始め、新たな通路が口を開けた。


「これが内部構造の変化っちゅうやつか?」

「…………」

「どうしたマリアンヌ」

「エントランスに隠し扉があるという情報は資料になかったはず」


 迷宮が活性化していることと関係があるのか、俺たちを待ち受けていたようにたった今口を開けた通路の奥を窺う。ここからじゃ薄暗くてよくわからない。もしかして、こんな隠し通路みたいなものがそこら中にあるのか。


 結局俺たちは現れた隠し通路の先へ進むことにした。罠の可能性もあるけど、どの道歩き回ることになる。どこへ進んだって変わらない。クレイルが壁に杖を当て、印を残しながら進む。これで一度通ってきた場所ならわかる。


 一列になって通路に入り、壁伝いに進んだ。通路はかなり広々としている。道幅は荷車三台が余裕を持って横並びで走行できるほどに広い。


 緩い上り坂だ。時折地鳴りのようなものが響いたが、エルモスの照らす範囲に何かが姿を表すことはなかった。



 迷宮内には不思議な雰囲気が漂っていた。壁面や床は不思議な材質で作られているらしかった。削ったり傷つけたりすることが一切できないほどに硬い素材だ。壁や床を人の力で壊すことは不可能に思える。

 そしてそれは、継ぎ目に一部の隙もなくぴったりと組み合わされている。もしこれを人力で組み上げたのだとすれば、果てしない労力となるはずだ。


「迷宮って誰が造ったんだろう」

「神代から存在するとされています」

「ほんまに人間が造ったんなら、とんでもねえ技術や」

「今の私たちにこんなものを作り上げる技術はない。旧世紀のスカイフォールならそんな技術を有する国もあったかもしれませんが」


 旧世紀と呼ばれる七百年以上前の時代、スカイフォール全土を巻き込んだ戦乱の時代があったという。


 世界の主導権を巡り高度な古代技術を有する大国が群雄割拠し、土地の支配権を主張し合い、世界中が戦火に包まれた。


 王冠ケテルという古代の大量破壊兵器によってあらゆる文明は破壊し尽くされ、世界が暗黒に塗り潰された時代。


 中央国家に冠されたエイヴスという名は、約700年前その大戦を終決に導き新世紀を拓いたエアルの英雄の名だ。




 一匹のノーフェイスにも遭遇しないまま迷宮を進んで五刻ほどの時が過ぎた。

 迷宮の通路は一定の角度で緩く曲がりながらずっと登りが続く。進めど進めど同じ風景が延々と続いた。


 迷宮内はずっとこんな代わり映えのしない風景の中歩き続けることになるのだろうか。気が滅入ってくる。


「随分と静やな」

「うん。モンスターやノーフェイスがうじゃうじゃ出て来るのを想像してたよ」

「気は抜かないでくださいよ」


 その後も俺達は坂道を登り続けた。



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