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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第8話 帰路

 


 空に無数の星が瞬いていた。夜風に乗った若草の匂いが鼻をくすぐる。頬を撫でる夜風が心地よくて、俺は目を閉じる。そしてまたすぐに開けた。


「起きた?」


 少女の顔が視界に飛び込んでくる。顔を向けると膝をついて横から俺を覗き込んでいる彼女がいた。橙色の前髪が白い額を滑る。俺の右手は彼女の両手に握られていた。


「ぁ……あれ?」


 えーっと、何が、どうなった? たしか雄牛頭の怪物を星骸スターアークの杖で吹き飛ばして、あいつは空の彼方へ落ちていって……、記憶しているのはそこまでだ。俺は下草の上にがばりと起き上がる。


「痛ってぇ!」

「急に動かない方がいいと思う」

「それはわかってるんだけど……!」


 全身をちくちくと苛む痛みを感じる。真っ先に頭に浮かぶのは出血の激しかった右足だ。おそるおそる右膝を曲げるように動かしてみる。一応は、動く。

 しかしさっきよりも痛みが引いているのはやばい気がする。もう痛みすら感じないのか……? 

 止血のために巻きつけた袖のおかげなのか、出血は止まっている気がする。まさか、体が壊死し始めて感覚がなくなっているとかじゃないよな。恐ろしい想像に身震いしながら傍の少女に尋ねる。


「俺……、どれくらい気を失ってた?」

「そんなに長い間じゃなかったよ」


 辺りを見回せばもうすっかり暗い。俺は下草の生える庭園の廃墟のようなところに寝ていた。彼女がここまで俺を運んでくれたのか。


「もしかして、ここまで連れてきてくれたの? 大変だったんじゃないか」

「ふふん、どうってことないよ」


 少女はどこか得意げに頬を膨らませて笑う。その顔を見ていたら、緊張が緩んで思わず俺も少し笑った。


「んん?」


 彼女の表情は目まぐるしく変化するので見ていて飽きない。


「なんでもない。君の顔が面白かっただけ」


 少女も俺につられたのかころころと笑い出した。とても笑っていられる状況ではないのだが、笑い出したくもなるくらい今は命を拾ったことが嬉しかった。


「あー、それと……そろそろ離してくれる?」

「あ、ごめん」


 少女は俺の手をずっと握っていてくれたようだ。汗ばんできてしまったので離してもらいたかったが、本当は少し嬉しかった。気絶している俺をずっと看ていてくれたんだろうか。


「ありがとう。助かったよ」

「私の方こそ。キミのお陰だね。ありがと、私を助けに来てくれて」


 彼女は花開くような可憐な笑みで礼を言う。

 本当は彼女だけでもあいつらから逃げられたのではないかと思う。むしろ俺は足手まといでしかなかったような……。いや、今は考えるのを止そう。


 もう少しここで和んでいたい気分だが、怪我が心配になってきた。少女の方は目立った傷はなさそうだけど、こっちは後遺症が残ってもおかしくないレベルだ。助けられてその上さらに情けないが、俺は廃墟街の入り口まで手を貸してくれないかと彼女に頼み込んだ。




 埠頭で煙を上げていた空輪機を回収し、それを引っ張りながらなんとか廃墟街の崩れた塀まで戻ってきた。途中、あのユリクセス(北部人)の集団の死体のことが頭を過ぎったが、疲れがピークに達しかけていてとても治安部隊の詰所に報告に行く余力はなかった。


「すっかり夜になっちゃったな。俺は診療所に行こうと思ってるけど、その後でよければ家まで送るよ。家はどの辺りなの?」

「え?」

「え?」


 不意を突かれたような少女の返事に思わずこちらから聞き返した。彼女は首を捻って何事か思案している。


「うーん……わかんない」

「わかんないって、自分の家が?」

「そう」

「だいたいどの辺りとか」

「それも」

「大きい? それとも小さい?」

「わからない」


 家の場所がわからない? そんなことってあるのか。首を捻るのは俺の方だった。あ、もしかして家出中かなにかで、気まずくて帰れないからって嘘をついてる?


「えーっと……、じゃあどこかへ行く途中だったとかかな」

「ううん」

「……街をふらふらしてただけ?」

「うん。多分」


 彼女の応答はどうにも要領を得ない。

 事情について深く聞かない方がいいような気がしてきた。あまり答えたくなさそうだし、彼女の方にもきっと家庭の事情とかがあるんだろう。


「君、もしかして……、行くところがないの?」


 少女はその問いに対して素直に首肯した。

 ……困った。日も沈んで人通りも少なく、時間も遅くなりつつある。危ない目にあったばかりだし、この子をこのままほっぽり出すのは気が引ける。


「行くところがないなら、うちに寄っていく?」

「いいの?」

「片付いてないし、かなり狭いけど……」

「行く」


 少女は行くアテがないと言う。なりゆきで家に連れて行くことになってしまった……。ともあれ俺たちは二人で診療所へ向かった。



 最寄りの診療所は既に営業時間外だった。扉を叩いて医者を呼び出すと、初老の男性医師が怪訝な顔を覗かせた。血に染まった右足を見せると彼は驚き、俺たちを院内に呼び入れて時間外にも関わらず診察してくれた。

 右足の刺し傷を見た医者は、しかしあまり深刻な顔にはならなかった。彼が言うには、出血は多く見えるがそこまで深い傷ではなく、ちゃんと消毒して傷口を保護しておけば大丈夫だろうとのことだった。

 あれだけ深く刺されたのだ。痛みも尋常ではなかったし、歩けなくなることも覚悟していた俺は大事でなくて安堵した。少女と二人で細かい傷の手当てを受けた後、診療代を払い病院を後にした。


「ふぅ……よかった。普通にもっとやばい怪我だと思ってた」

「よかったね」


 緊張感もようやくほぐれて、空輪機を引きずりながら二人並んでとぼとぼと俺のアパートを目指した。徒歩で帰ると廃墟街周辺からアパートまでは少し距離がある。できるだけ明るい道を選びながら、ぽつぽつと少女と話をして歩く。


「お腹が空いてて、つい売り物を食べちゃったんだよね……」

「それでおっちゃんに怒られてたんだな」


 なるほど。まあそりゃ怒られても仕方ない。彼女はお金も持ってないみたいだし。そこであのユリクセスの男が出てきて話をつけ、彼女を廃墟街へ誘ったわけか。


「そういえば名乗ってなかったね。俺はナトリって言うんだ。君の名前聞いてもいい?」

「ナト、リ?」

「そう。ナトリ・ランドウォーカー。よろしく」

「私はフウカだよ」


 フウカはそう言って無邪気ににこっと笑った。






挿絵(By みてみん)

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