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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第77話 ル ヴァンの貴公子

 


「待ちたまえ」


 俺たちを空中から見下ろす、木の葉色のマントを纏うストルキオと相対する。


「またけったいな野郎が出て来よったな」

「里のストルキオか。今更俺たちに何の用だ」


 やたら光るゴテゴテした装飾の飾り嘴を着け、派手な緑色のマントを羽織るという風変わりな格好をしたストルキオの男は何故か目を閉じていた。


「我はエリト=ラ。ジエ=シュゴ唯一の好敵手リヴァルにしてオキ族随一の風使いである」

「お前の自己紹介なんぞどーでもええ」


 エリト=ラと名乗る水色の毛並みをしたストルキオは明らかにむっとしたような表情になる。


「貴公らが族長に無礼を働き、挙句迷宮へ押し入ろうとする不届きな輩だな?」

「だったらなんだよ。邪魔しようってのか」

「その通りだ。族長は我ら一族を束ねる長。マム=ハハ様を侮辱されたとあってはそのまま帰すわけにはいかぬ。迷宮で朽ち果てるまでもない。我がここで冥府へと送ってくれよう」

「族長から許可はもらっとる」

「族長が許したとて、我は貴公らを許した覚えは無い」

「ちッ、面倒くせえ」


 ようやくフウカを追いかけられるというのに、ここへ来て邪魔が入るとは。


「テメーの相手しとる暇なんざねえよ。自慢の毛並みを黒コゲにしとうなけりゃとっとと失せろ」

「貴公、真にストルキオであるか。なんだその下賎な口調は」

「ほっとけや。テメーの大仰な喋りよりマシやろが。お前こそ目ぇ閉じたりしてどないしたんや。眠たいんか?」

「くくっ、その理由、知りたいか」

「いや……別に」

「どーでもええ」

「よかろう、冥府への土産ついでに教えてやろうぞ。我が高貴なる魂は高次元領域、新月ノ国(マビノギオン)の主である精霊ノ王アリアンロッドと結びついておる」

「はあ?」


 エリト=ラと名乗る男は緑のマントを翻し(おそらく自分で起こした風によって)、ふわふわと宙に浮かびながら、どこかうっとりとした口調で意味不明なことを語り出した。


「つまりはアリアンロッドの映し身である我に宿りし、かの精霊の力——、過去現在未来全てを見通す緋王心眼トゥアハ・デ・ダナンを行使するためであるのだ」

「こいつ、アホや」


 クレイルがエリト=ラを指差して叫んだ。


「…………」

「おい。どうしたナトリ」


 くそ、敵ながらちょっとカッコイイと思ってしまった。


「……いや。なんでもない。クレイル。もしかしかしてこいつめちゃくちゃ強いんじゃ」

「アホか、設定やろ。たいしたことあらへんぞ絶対」

「くっくっくっ……、要は目を開く必要がないだけである。貴公らのように、余計なものまで見えてしまうのでな」

「アホに構っとる暇はない。こうなりゃぶっ潰して圧し通る。黒コゲになってから後悔すなよ。『火焔ロギアス』!」


 男の体が揺らぐように一瞬ぶれたかと思うと、音も立てずにすうっと真横に移動した。クレイルの放った火球は先ほどまでエリト=ラが浮いていた場所を通過して、後方の柱にぶつかり爆散した。


「どこを狙っておる。ただ、無詠唱の下級術にしては威力があるな。いささか単調であるが」


 奴はその場に浮遊し、スライドするように俺たちの周囲を移動していく。


「クレイル、あいつやっぱり見えてるのか?」

「あいつは風波導の使い手。そんでかなりフィルの感知力にも長けとるな。波導の流れを感覚で読まれとる。目を開かんのもあながちハッタリちゅうわけでもないらしい」


 風の波導の特徴は、広範囲に影響を及ぼすようなものだったはず。術の威力は大したことがないが、風は目に見えない。扱うのが難しい属性エモと聞いた。


 クレイルが浮かぶエリト=ラを小ぶりな火焔ロギアスの連射で追うが当たらない。


「これならどうや。灼熱の尾——、捕えろ『炎鞭アグニール』」


 クレイルの杖から炎が吹き出し、長い炎の鞭となる。杖を構えてエリト=ラへと飛びかかっていく。


「風よ、我が軌跡を彩れ。『颯』(エラ リーゼ)


 クレイルが杖を振りまわす。燃え盛る灼熱の鞭はしなり、目にも止まらぬ速度で空間を引き裂く。


 しかしエリト=ラにクレイルの炎は当たらなかった。素早い移動で巧みに炎鞭アグニールの軌道を掻い潜っていく。俺じゃ目で動きを追いきれない。


「なんやねん『エラ リーゼ』て。『シュピテール』やろが!」


 さっきの詠唱でエリト=ラは自らの動きを加速させる風の波導を使ったらしい。異常な速度はその恩恵か。


「くははっ! これぞ我がエリト流波導術(ウェザリア)よ!」

「術名変えただけやないか!」

「この方が美しいであろう」

「やっぱアホやこいつ」


 アホかもしれないけど、術士としての実力は確なようだ。里一番の使い手というのもホラではないのかもしれない。

風の波導を使った高速移動に加え、奴は高い感知力でもってクレイルの攻撃の軌道を正確に読んでくる。


「どうしたどうした、その程度か? では我からも仕掛けさせてもらおうぞ。——我が風威の鉄槌の前にその頭を垂れよ。『槌』(アンティシクロン)

「ぐえっ!」


 視界からエリト=ラの姿が消えた————、と思ったら頭上から何かとてつもない力が体にのしかかり、俺は石材の敷き詰められた地面にうつ伏せに叩きつけられた。


 うつ伏せになったまま体を動かせず、俺は地面に這いつくばった。


「貴公は戦わぬのか? しかし族長を侮辱した罪は等しく償ってもらおうぞ。『フィオリム』」

「ぐあああああッ!」


 指一本動かせない状態で、背中に衝撃が立て続けに加えられる。体を押しつぶすような威力の乱打の雨に、一瞬意識が吹き飛びかける。


 炎の鞭が体の上を薙ぎ払うが、エリト=ラは舞い上がってそれを回避した。 


「ちっ、ちょこまかと。いきなりナトリを狙うとは狡い野郎だ。おい、大丈夫か?」

「こ、これくらいっ、がはっ……」


 見えない風の打撃は強烈だったけど、死ぬほどじゃない。あいつ、俺をいたぶって遊んでやがる。


「戦いの場では常に知略を巡らせた者が生き残るのだ。まとめて散るがよい。――舞い踊れ艶風。そして咲き誇れ鮮血の鎮魂歌(レクイエム)『烈風波』(エメ ラ リーゼ)

「うおっ!」

「ぐああっ!」


 突風が襲いかかる。肩や背中が鋭利な風の刃によって切り刻まれ、血が吹き出し風に舞う。弱い俺を狙って、クレイルと一箇所に集めて同時にいたぶろうってことか。


「燃え盛れ『炎障壁エル・ウィオル』」


 俺たちの前に炎の壁が立ち上り視界を覆う。エリト=ラの放った風の刃はかき消え、風が止んだ。


「風と炎なら俺の方が有利や」

「確かにな。フィルの基本性質の相性ではその通りだ。だが貴公のような単純炎術士に我を灼くことなど叶わぬが」

「いちいちカンに触るやっちゃなァ……。お前の考えはようわかっとる」

「一体我の何がわかるというのだ?」


 クレイルは獣のような獰猛さを剥き出しにした鋭い眼光でエリト=ラにガンを飛ばした。燃えるような殺意の篭った目だ。クレイルのこんな顔は初めて見る。俺ですらどこか底知れない恐怖を覚えた。


「お前は怖がっとる。この俺を。小細工かましよるのは真っ向勝負を避けるためやろ?」

「く……はは……はははっ! 何を言い出すかと思えば。我は貴様のような単細胞とは違うと、そう言っておろうが」

「フン。お前も、お前の一族もあの婆さんも結局は同じやな。単なる臆病モンや。巣に篭って外界との接触を断ち、一族の伝統とやらにしがみ付きながら迷宮の活性化に飲まれ座して死ぬ運命か。哀れやなァ」


 クレイルの煽りはエリト=ラの逆鱗に触れたらしい。向こうも明らかに剣呑な雰囲気をむき出しにする。


「貴様……、どこまで我ら一族を愚弄すれば気が済む。その言葉もはや取り消しはきかぬ。万死に値するッ!」

「やってみろ。里におる母ちゃんのとこへ逃げ帰るんなら今やぞ」


 そう言って不敵に笑う。これは多分、プライドの高い相手を挑発することで勝負を自分の土俵に持ち込もうとするクレイルなりの戦略だ。そしてきっと、俺から奴の注意を逸らし自分に向けるためでもあるのだろう。


「俺の炎とお前の風、どっちが上かハッキリさせようや」

「は! 望むところよッ!」


 二人が向かい合い、真っすぐ互いに近づいてく。エリト=ラの周囲に旋風が巻き起こり、烈風のうねりとなって音を立てる。

 体から染み出す濃密な鍊気が現象となって、俺にも少しだけ目視できるほどだ。


 それに対するクレイルも、赤毛の全身から炎が吹き出すかのように熱気を溢れさせる。体内で縒り合わされた煉気が、炎の波導となって放出されるのが待ちきれないとでも言うように爆発的に渦巻いているのをちりちりと肌で感じる。


 二人は本気の一撃を放つつもりだ。こんなところにいたら巻き添えを食ってしまう。俺は傷ついた腕を抑えてじりじりと後退する。


 二人は距離を詰め、互いに杖を構える。波導の気配が膨れ上がり、一触即発の瞬間————。


「く……はっ」


 エリト=ラが急に膝を屈した。


「なん……だ、これは……体が、おか、し、く」


 エリト=ラの様子が変だ。地面に蹲って明らかに調子が悪そうに見える。苦悶の表情を浮かべ、目の前に仁王立ちするクレイルを見上げている。


「余計なことすんなや、ちびすけ」

「あなたたちがこんなところで苦戦してるからですよ」


 エリト=ラの後方から人影がこちらに向かって歩いてくる。紺のローブを羽織った銀髪の小さな人物は、オキ族の里で別れたはずのマリアンヌだった。












挿絵(By みてみん)

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