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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第75話 苛立

 


「つ、着いた……」


 肩で息をしながら体を折り曲げ、両膝に手をつく。そろそろ疲労も限界だ。


 その点術士の二人は大したものだった。ここまで来ても顔色一つ変えず、進む速度も落ちない。波導の補助なのか、空の加護のおかげなのか、俺のように疲れてはいない。俺はただ二人に付いていくのでやっとだった。


「……オキ族の里か。聞いた通り、部外者を寄せ付けん閉鎖的な雰囲気しとる」

「行きますよ」


 自然物で編まれた幅のある吊り橋を渡り、里の大きな正門まで進んで行く。フウカは里の中にいるはずだ。ようやく、会える。


「止まれ」


 上から声が掛かった。見上げると、門の脇にある物見櫓の上に人影が見える。


「何者だ。何の用で来た」


 マリアンヌが歩み出る。


「アラウダ領主、ズール伯爵の依頼により、迷宮調査員として派遣されたガルガンティア波導術士協会の者です。ここに紹介書もあります」

「あとの二人は」

「彼らは同行者。……私の護衛です」


 クレイルと顔を見合わせる。


「しばし待たれよ」


 そう言うと櫓の上の人物は門の内側に何か指示を出したようだ。しばらく待たされた後、大きな門が左右に音を立てて開き、内側から三人のストルキオが歩み出てきた。


 両脇の二人はローブに身を包み木で彫られた仮面で顔を覆っているが、真ん中の茶色いストルキオは腰巻に上裸という比較的ラフな格好をしていた。

 クレイルよりも上背のあるその男は、鍛え上げられた上半身を持つ屈強な戦士のような風格があった。分厚い嘴の脇にある鋭い眼が俺たちを射抜く。


「領主の紹介書を確認させてもらうぞ」


 男はマリアンヌの差し出した書状を解き、丸められた紙を広げ中を検める。


「確かに。里に入ることを許可する」


 ……なんだか物々しいな。凶暴化したモンスターやノーフェイスがうろついてるせいで里もぴりぴりしてるってわけか。


 俺たちは門の内側に招き入れられ、背後で再び門は閉じた。オキ族の里には各所に翠色の光が灯り、そのせいかどことなく静かで厳かな雰囲気が漂う。


 この里には夜光灯が多い。照明の中でも夜光灯は貴族階級の好む高価な灯りだ。気品溢れる静かな青い光を発する。

 この里のものは若干翠味が強く、迷宮の放つ風の属性の影響を強く受けた夜光石のようだ。


「あの、エアルの女の子がこの里に来たと思うのですが」


 フウカも無事であれば森を抜けてここにたどり着いたはず。もしたどり着いていなければ……、森へ探しに戻らなければならない。


 強そうな茶毛のストルキオがこっちを向く。


「お前はあの娘の知り合いか」

「やっぱりいるんですね! どこにいるのか教えて下さい」

「あの娘は——」

「ジエ様」

「なんだ」


 いつの間にか現れた明るい毛並みのストルキオがジエと呼ばれた屈強な男に耳打ちをする。話が終わるとジエは俺たちに言った。


「族長がお前たちにお会いになる。ついて来い。娘のこともそこで話す」


 俺たちは彼について里の中を歩く。夜光石の石灯籠が並ぶ石段を上って行った。

 俺たちの周囲には他の三人のストルキオが囲むように同行しており、監視されているようであまり気持ちはよくない。


「俺たち、なんで族長に会わされるんだ?」


 クレイルに小声で話しかける。


「さぁな。普段から部外者にここまで厳しいちゅう話は聞いとらんが。大方ちびすけ関連のことやろ」

「私だってオキ族の族長になんか用はありません。里内の調査拠点に行くだけなんですから」


 石段を登ってしばらく木々の茂る里の中を進んだ後、石畳が敷き詰められた遺跡のような小高い場所に着く。そこに張られた立派なテントに、ジエに続いて入る。


 石組の廊下を歩き、まっすぐ奥の間へと入る。

 族長のテントは他の家と比べると大きかった。奥の間の中心には円形のスペースがあって、吹き抜けの下で火が焚かれている。


 火を挟んで向こう側、獣皮の絨毯の上に三人の人物が座っている。三人とも年配の女性のようだが真ん中でクッションの上に腰掛ける人物は特に歳をとっているように見えた。


「大婆様、連れてきました」


 ジエがかしこまって俺たちを示す。


「そんなところに突っ立っていないで座りなさいな」


 右に座る赤い嘴の女性に言われ、俺達は絨毯に上がり腰を下ろした。

 おそらく中央の老婆が族長なのだろうが、顔を覆うような大きな飾り嘴とごちゃごちゃした装飾で、その二つの目以外ほとんど顔が覆われており表情はよく分からない。


「こちらはガリラス=オキの族長、マム=ハハ様じゃ」


 今度は左の緑の嘴の人物が喋る。


「陽も落ちてからよう来たな。夜の森は危険じゃというに」

「婆様方、彼らはあのエアルの娘の知人であるようです」


 ジエの言葉に応答するのはもっぱら両脇の年配女性達で、族長は黙したまま語らない。


「俺はその子を探しにここまで来たんです。フウカはどこにいるんですか」

「エアルの娘なら、迷宮へ入った」

「は?」


 言ってることの意味がわからない。フウカが翠樹の迷宮へ入ったと、そう言ったのか。一般人は立ち入れないんじゃないのか。


「どういうことだよ。迷宮はあんたたちオキ族が守護してるんだろ。なんでフウカが……?」

「口を慎めエアルの小僧。族長の前であるぞ」


 ようやく族長が、しわがれた、積み重ねた齢の重みを感じさせるような声を発した。


「夢を……見たのだ」

「夢?」


 さらにマム族長に質問を投げようとしたが、ジエが手で俺を制する。静まった広間に、焚き火の爆ぜる音だけが響く。


「ガリラス様の、お告げ……」


 その言葉に真っ先に反応したのは俺を制したジエだった。


「大婆様。お告げというと、我らのエルヒム()であるエッカトル様が夢に現れたというのか?!」

「ガリラスって……、あの、ガリラス?」


 隣の二人を見ながら聞く。ガリラスというのは多くの者が聞き覚えのある名前だろう。なにせ神話に登場する人物だ。



 神話の中で、世界を「大いなる厄災」が襲った際、エルヒム達と共に厄災と戦った七人の英雄。

 その一人がストルキオのガリラスという人物であると神話では語られる。有名な話だ。


 しかし、お伽噺の登場人物が急に話に出て来たことに困惑せざるを得ない。


「アラウダ高地に暮らすガリラス=オキ族は、英雄ガリラスの末裔であるという伝承が残っている」


 ジエはガリラスの名が出ていささか興奮気味だった。きっと、彼らストルキオにとっては七英雄の中でも特別な人物なんだろうし。しきりに族長お付きの老女達に話しかけている。


「カッ、馬鹿馬鹿しい。ガリラスのお告げやと? 夢ん中に英雄がひょっこり現れてフウカちゃんをあそこに入れろいうたんか。耄碌ばあさんの妄想信じて中に入れたと。気まぐれで人一人殺す気か?」

「貴様、大婆様を愚弄する気か。不遜なる輩め。その人を食った珍奇な言葉使い、どこの部族の者だ」

「どこでもええやろオッサン」

「夢のお告げに従ってフウカを迷宮に入れたって……彼女はまだ子供なんですよ?! 俺にはあなた方が何を考えているのか、さっぱりわからない」


 どうかしているとしか思えない。

 族長が顔を左に向けた。左側に座す老女が族長に顔を近づける。何事かを伝えているようだ。


「今、この里は迷宮から溢れ出るノーフェイスにより危機的状況にある。このまま迷宮の異常が強まれば、いずれエムベリーザ、いいやシスティコオラ全体がノーフェイスに飲み込まれるであろう。汝らもこの里に来る最中で森の異常を見て来たはずじゃ」


 転々と転がる森の動物の死骸に、凶暴化したモンスター。数を増やしつつあるノーフェイス。確かにひどい有様だった。

 だけど、それがフウカとどう関係があるっていうんだ。


「あの娘はガリラス様が遣わしてくださった希望。かの者であれば迷宮を鎮めることができるやもしれませぬ。……だから送り出した。族長はそう言っておられるのです」

「フウカが……迷宮を鎮める、だと?」

「そうじゃ」


 拳を握りしめる。こいつらはフウカを迷宮に放り込んでおいて、何をのほほんとしてる。その済ました顔が気に食わず、俺は声を荒げた。


「意味がわからない。あんたら非常事態に雁首揃えて何ぼさっとしてんだ。たった一人の女の子に一体何を期待してるんだよ?!」

「…………」

「……もうええ。英雄の亡霊に縋り付く化石みてえなこいつらと話しとっても埒があかん。俺らで助け行こうや」

「ああ、そうだ。迷宮へ行ってフウカを連れ戻す!」


 立ち上がった俺とクレイルを族長の付き人が引き止める。


「……ならぬ! 何人たりとも迷宮に入れるわけにはいかぬ!」

「マム様の許しなく迷宮へ立ち入ることは許されませぬ。いたずらに迷宮を刺激するつもりですか」


 二人の老女は口々に非難の言葉を浴びせかける。

どいつもこいつも……。お告げがどうとか、しきたりがどうとか、フウカのことをなんとも思っちゃいないのかよ。ふつふつと怒りが沸き起こる。


「——確かに、今のエムベリーザの惨状をただ指を咥えて見ているだけというのは少し間抜けです。この異常事態の原因究明のためにも、内部の調査は必要と思いますが」


 敷き布に座ったままのマリアンヌが口を出す。


「マリアンヌ」

「別にあなた達のためじゃありません」


 族長が再び横を向き、左の人物に何事かを伝える。


「駄目だ。今ぬしらが彼処へ入ったところで何もできはせん。小僧、お前は特にじゃ」


 この族長、俺の体質を知ってるのか? 癇に障る言い方だった。


「時代錯誤な……」


 マリアンヌが呆れたようにぼそりと呟く。


「二人とも、行こう。――これ以上話しても無駄だ」

「そのようですね」


 部屋を出て行こうとすると、廊下の前にジエの大きな体が立ちふさがった。


「貴様ら、これ以上の狼藉はこのジエ=シュゴが許さん。どうしても迷宮へ行くというのなら、あそこに入る前に俺が貴様等の息の根を止める」

「フウカは入れたんだろ。だったら俺たちだって入れてくれよ」

「あの娘は特別。汝らとは違う。入ったところで命を散らすだけです」

「知ったことか!」


 俺とクレイルはジエの鋭い眼光を宿す瞳と睨み合う。いつでも王冠を出せるように身構えた。


「待て。族長が何か言うておられる」

「なんやねん。まだ何か用があるんかいな」

「迷宮へ入ることを許可する……と。族長、ですが!」

「……族長のご判断であるよ姉様。この者らは止めても無駄のようであるし、ここで争ってもいらぬ被害が出るだけじゃろうて」


 族長付きの二人が意見し合う。


「どーやら許可が下りたみたいやな。でかい図体で道塞いどらんで、さっさとどいたらんかいオッサン。族長命令やぞ?」


 ジエは腕を組み、厳しい視線で俺たちを見下ろしている。


「本当に行かせるのですか、婆様方」

「行かせてやるがよい。我らはもう関知すまい」

「……承知しました」


 ジエは大きな体を横にずらして廊下への道を開けた。


「勝手にするがよい」

「そうさせてもらう。俺たちのことは放っておいてくれ」


 俺たち三人は部屋を出て行こうと、挨拶もなしに焚き火に背を向けた。


「待て」


 その声は不思議とはっきり耳に届いた。最初の数言以外はお付きの老婆に意思を伝えて発言していた族長自身の声だ。声に含まれたただならぬ迫力に俺たちは思わず振り返った。


 マム族長は二つの澄んだ翠色の瞳で俺たちをまっすぐに見ていた。彼女はさっきまでとは打って変わった様子で、老婆に似つかわしくない妙に響く迫力の籠った声で問いを発した。


「そこなるストルキオよ。……お主、『蒼き翼のストルキオ』を知らぬかや」


 族長が発した問いはクレイルに向けられたものらしい。


「知らんな」


 そっけない返事を返した後、いくで、と急かされて俺達三人は揃って族長のテントを後にした。




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