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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第72話 古代樹の森

 


「発着場に降りる前から見えてはいたけど、でかいよな古代樹って。樹齢はどれくらいなんだろ」

「古代樹と呼ばれるようになるのは樹齢五千年からです」

「へえー、そんなに……」


 五千年前なんて想像もつかないな。歴史的には旧世紀と呼ばれる時代だ。


 俺達はアラウダ大森林へと踏み込む。見上げれば、古代樹の葉は遥か上空。あまりにも木々が高いせいで森の中の視界自体はそれなりに良好だ。




「案外静かやなぁ」


 上空の葉の切れ間から入ってくる木漏れ日が足下を覆う苔のような足の短い草を照らしているが、森は奥に行くにつれ密度を増し、段々と薄暗くなっていった。


 辺りは時折鳥の声が聞こえて来る以外は静かなものだ。一見すると平和な森に見えるが、ここは既に危険なモンスターもうろつく場所。常に辺りの気配に気を配りながら歩く。


「少し休みます」


 マリアンヌの提案に同意する。正直助かった。既に森に入って結構な時間が経つ。二人の歩く速度に合わせるのは大変だ。そろそろ休みたいと思っていた。


 マリアンヌは背負った鞄から方位計を取り出して方角を確認する。進路は正しくオキ族の村へ向かっているようだ。


「二人は波導を使えばもっと早く進めるのか?」

「そりゃあ移動は早いやろうが、そんなことやっとると煉気使い果たしてまうからな」

「波導にも限界はある。基本は温存。休息は必要」

「そっか。迷宮が活性化してこの辺りのモンスターの危険度は上がってるだろうし、なんにしても気は抜けないな」


 森の様相が少しずつ変わり出したのは更に進んでからだ。まず古代樹の根が地表に露出し始め、度々俺たちの行く手を塞いだ。

 根は次第に大きなものになっていく。おそらく古代樹自体の大きさが進むにつれて巨大化していっているのだろう。


 木が大きくなれば葉も増える。上から射し込む光は減って、さらに薄暗くなる。日が傾いてきたのもあるだろうが、ここではきっと夜が早い。のんびりはしていられない。


「おいナトリ、大丈夫か?」

「もたもたしないでください」

「すまん。ちょっと待ってくれ」


 俺は二人に置いていかれまいと必死でついていくのだが、三メイルもあるような古代樹の根をひとっ飛びに飛び越えるようなことは飛力のない俺にはできない。

 障害物が増えて道を塞がれる度、よじ登るか迂回するかしていると、どうしても遅れが生じる。


 今もまた家屋のような高さのある根に当たってしまった。これは迂回して登れそうなところを探すしかない。


「二人共、ちょっとだけ待ってて、迂回してすぐそっちに行く!」

「おーう、待っとるぞ」

「はあ」


 早速足を引きずってしまっている。やっぱり俺はユニットを組むのなんて向いてなくて、自分のペースで、で慎ましくやったほうがいいのだろうか……。


 悲観的な気分を頭を振って払い落とし、古代樹の根を迂回しようとしたその時だった。



 勘だった。この二ヶ月の間数えきれない危険に遭遇し、命の危機に瀕してきた。狩人生活を通し、俺の殺意や害意に対する感覚は鋭敏になっていた。


 ここはプリヴェーラ旧地下水路にも劣らない危険な土地。常に周囲の気配に気を配っていた俺は背後で風の鳴る音を聞き逃さなかった。


 俺は咄嗟にその場で上半身を伏せる。次の瞬間、横たわる古代樹の根にガスンッという音と共に何かがその樹表に突き刺さった。


 伏せながら木の根を見上げる。俺の立っていた位置に、何か白い物が突き刺さり煙を上げている。これは牙か?


 身を屈めたまま手近な根の陰に素早く転がり込んだ。移動の短い合間に敵の姿を確認する。


 倒れた根の後方、古代樹の側に蛇の姿を見た。森に馴染む斑模様の大蛇。音もなく忍び寄り、俺たちを付け狙っていたのか。


 太い胴体を持つ大蛇だった。ポエニクルスのバベルで資料を見た。マクミランスネークだ。

 スターレベル3、致死の猛毒を持つ牙を口から撃ち出し獲物を仕留める危険極まりないモンスター。


 牙が掠っただけで体が麻痺し始め、やがて死に至るという。


 蛇は地面を音も無く移動するっていうけど、こんな人間一人を丸呑みできそうな大蛇が音も無く近寄ってきていたことにゾッとする。



 転がる木の根から顔だけを出し蛇の位置を確認する。モンスターの黄色い瞳がしっかりと俺を捉えていた。動きを止めて大蛇と睨み合う。こいつは逃げたら必ず追いかけてくる。

 相手は飛び道具を持っている。周りに障害物は多いとはいえ、背中を見せるのは危険。戦うしかないか……。


 蛇が口を開いた。咄嗟に頭を引っ込めると盾にしている木の根にカッと牙が刺ささる。


 狙いは正確、射出速度も半端じゃない。けどな、こっちにも飛び度道具はあるんだよ。意識を手のひらに集め、王冠を顕現させる。腕を上げ、大蛇に向けて光を放つ。


 攻撃は蛇の腹を抉り貫通する。到底目で追えないこちらの攻撃速度に驚いたモンスターは、牙を撃ち出しながら木々を盾にするようにして動き始めた。


 マクミランスネーク相手に光と牙を撃ち合う。


「なかなか急所に当たらない……。それになんだ、この感覚は」


 何か変だ。さっきから蛇に向けて王冠を撃っているが、あまり手応えがない。

 いつもより光が細いような気がする。しかも杖の引き金を引くたびにそれはどんどん重たくなっていく。以前は撃つのにこんな力はいらなかったはずなのに。


 こめかみを汗が伝う。


「だったら、こいつならどうだ?」


 ポーチから球体のエアリアを取り出す。容器のような形状のエアリアで、中には暗色の液体が詰まっている。これはウーパスの酸玉だ。プリヴェーラでウーパスが大量発生したおかげで安くなったのを買い込んでおいた。

 ピンを引き抜き、エアリアの安全装置を解除する。


 マクミランスネークの真後ろに意識を集中し、空中から王冠を落下させる。

 蛇は視力と聴力が弱く、温度差で周囲の状況を把握すると聞いたことがある。だが、固く握りしめていた王冠には俺の体温が残っているはずだ。


 幸いなことにモンスターは背後に現れた王冠に反応し、一瞬意識をそちらへ移す。


「これでも————喰らえッ!」


 古代樹の根に足をかけ、酸玉を全力で投擲する。エアリアは蛇の横顔に衝突すると衝撃を感知して砕け散り、酸を飛び散らせる。


 酸を浴びたモンスターは鋭く息を吐くような鳴き声を上げて暴れ始めた。しかし、暴れ始めたことで却って狙いをつけられなくなってしまう。


 蛇をどう仕留めるべきか逡巡していると、突然マクミランスネークの体がどこからか飛んで来た火炎球に吹き飛ばされ、辺り一帯が炎上した。

 大蛇は炎に包まれ、地面をのたうち回りながら転がり、やがて動かなくなった。


「蛇の丸焼き一丁上がりや」

「クレイル、助かった!」



 下草に燃え広がる炎に勢いよく水がかけられ、火が弱まっていく。マリアンヌが杖から水を放射して火を消し止めていた。


「こんな場所に火を放つなんて正気ですか。私たちまで森林火災で死んだらどうするつもりなんです」

「しゃーないやんけ敵が遠すぎたんや」

「二人とも、申し訳ない」

「まったくです。しっかりしてください。あなた達、本当にお姉さまのこと助けたんですか?」


 何とか立ち上がれるようになった俺は今度はクレイルに手を貸してもらって木の根を乗り越える。


 巨大根の上で向こう側を見下ろすと、先程俺が奇襲を仕掛けられたのと同じ蛇の死骸が転がる焼けこげた地面が見えた。


「あれは」

「俺らもこっち側で蛇共に襲われてな。分断された隙を突かれたか。モンスターの癖に小癪な奴らだぜ」


 俺が蛇と撃ち合っている時クレイル達も突如襲い掛かってきた蛇の相手をしていたらしい。一匹はマリアンヌにより真っ二つに切断され、もう一匹はクレイルによって丸焼きとなったようだ。


「たかだか蛇相手に火力が高すぎるんですよ」

「ちょっと威力を見誤ったな。ま、倒せたしええやろ」

「まったく……これだからトリ頭は」


 モンスターの強襲にも二人は余裕を見せている。やっぱり波導術士は強い。




 陽が傾き始め、森は茜色に染まりつつある。俺たちは再び森を歩き始めていた。


 二人の後ろを歩きながら、俺は王冠を取り出し眺める。さっきのモンスターとの戦闘を思い返す。


 あれはどういうことなのか。いつもに比べて威力は出ないし、そのくせ煉気の消耗も大きくなっている気がする。


 考えてみればプリヴェーラ旧地下水路でアグリィラケルタスと対峙してから王冠の様子はずっと変だった。うまく力が出せない。妙に不安定だ……。



 旧地下水路でアグリィラケルタスを目の前にした時の恐怖は、右腕を切断された時の感覚はまだ体に新しい。


 体の一部が欠損してしまう感覚はありありと覚えている。毎晩悪夢を見てしまうほどに。

 朝方うなされて起き、右手がついていることを確認してほっと一息つく。この繰り返しだ。



 俺はまた怪我を負うことを怖がってるのか。そのせいで王冠のコントロールに影響が出てるとしたら……。


 だめだ。これからフウカを追いかけるためには戦闘は避けられない。王冠(コイツ)にまで見捨てられるわけにはいかない。

 もっと、強い心を持たなければいけないのに。




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