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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第71話 フウカを追って

 


 バベルのポエニクルス支部は街の中腹にあった。プリヴェーラ南支部と似たような無骨な外観で、少し安心感を覚える。

 きっとどこへ行っても同じような造りになってるんだろう。


 言葉少なにバベルまでやってきた俺たちは、資料室でそれぞれシスティコオラのモンスターに関する資料を読み込んで時間を潰した。


 思いついて受付に行き、職員にノーフェイスのことについて尋ねてみたのだが大した情報は得られなかった。



 最近迷宮の周辺をノーフェイスがうろつき始めたことは事実らしい。だが遭遇例もまだ少なく、実態はよくわかっていない。

 なにしろ基本的にノーフェイスは迷宮から出てこないものなので、その生態にはいまだ謎が多いのだ。


 噂によるとノーフェイスからは得られる素材がなく、狩人ニムロド的には戦っても実入りのない嫌な相手らしい。職員に礼を言って受付を離れる。



 そういえば、プリヴェーラ南支部のトレイシーには旧地下水路で怪我をした後会っていない。フウカを連れ戻し、街に戻ったら無事を知らせるために一度顔を出すべきだろうな。


 上層でちゃんと買えるかわからない。クレイルのいう通りに、もしもに備えてポエニクルスの街で万全の準備をしておこう。



 しばらくバベルで過ごした後、マリアンヌに付き合って街へ必要物品の買い物に出た。


 見た目は幼いが彼女は立派な術士だ。そう心配することもないとは思ったけど、一人にして放り出すのはどうにも気が引けた。


 彼女の方も一応エレナのいいつけを守るつもりらしく、もうついてくるなとまでは言わなかった。相変わらず何を考えているのかわかりづらい子だ。



 街を周り、軽く夕食を摂った後浮遊船発着場まで戻った。

 クレイルはすでに来ており、彼と合流して俺たちは第五層エムベリーザに向かう浮遊船に搭乗して明かりの灯りだしたポエニクルスの街を後にした。




 §




 浮遊船はポエニクルスを離れ航行を続けている。第三層キネレアの上空は第四層ラウニスの岩盤によって覆われている。

 最上層エムベリーザに上がるためには、地殻岩盤を貫通する大穴を通ることになる。


 空が浮遊岩盤に覆われているといってもその高さはかなりのものだ。上層に開く穴から差し込む月の光によって三層の地表は神秘的に照らし出されていた。


 穴を通して夜の森林に落ちてくる月の光がスポット的に点々と広がる光景は、他の土地では見られない不思議な夜景だった。



「なぁクレイル。マリアンヌはどうして迷宮調査に志願したんだろうな」

「さあなァ。あいつ、歴史とか好きそうやんか、元々興味あったのと違うか」


 船室でベッドに腰掛け、窓の外の景色をぼんやり眺めながら上段に寝転がるクレイルに聞いてみた。


「それだけで行こうと思うかなぁ。あの子まだ十歳ちょっとだぜ。迷宮には危ない兆候が出始めてるらしいし、エレナさんが止めたにも関わらずそれを振り切ってまで行くなんて」

「ただの命知らずか、何や別の目的があるんか……、迷宮に突っ込もうとする命知らず自体は結構多いもんやがな」

「そうなの?」

「おう。昔っから迷宮に惹きつけられる人間は後を絶たんからな。古代のロマンってやつか」



 壁にもたれ、右手に王冠(ケテル)を現す。迷宮に眠る古代の技術、か。この王冠だって古代兵器とされる遺物なんだよな。


 この杖はそもそも王冠かどうかすら定かではないんだけど。しかし、これだって何か目的があって作られたものには違いない。


 きっと正式な名前だってあるはずなんだよな。いつか、俺にもこの杖の秘密を解き明かすことができるだろうか。


「フウカちゃんも迷宮に魅入られたんやろか」

「力や遺産に目がくらむような子じゃない。何か、もっと別に理由があるような気がする」

「全く想像つかん」

「フウカもそうだけど、マリアンヌも心配だ」

「やけにちびすけのことを気にかけとんのな」

「うまく言えないんだけどさ……、あの歳でどこか悲壮感みたいなものを滲ませてるっていうか。なんか見てて不安になるんだよ、あの子」

「生意気な小娘やが、言われてみりゃあ確かに危ういもんは感じるなァ」


 五層でフウカに会えれば俺達は彼女を連れてガストロップスに戻る。迷宮調査の拠点まではマリアンヌを送っていきたいとは思うが。


 月の光が降り注ぐ中を浮遊船は上昇していく。窓の外に見えるキネレア層に散らばる町の灯りを見下ろしながら、フウカが消えた理由について漫然と考える。



 更けていくシスティコオラの夜の中、王冠のこと、プリヴェーラの知り合いのこと、様々な考えが頭を巡る。

 でも正直なところ、今は人の心配をしていられるほど、俺自身に余裕があるわけじゃない。

 堂々巡りする思考を放棄し、薄い毛布を頭から被って眠りについた。




 §




 五層はその殆どが木々に覆われていた。中心部には五層基底部より更に高い場所に巨大な浮遊岩盤があり、アラウダ高地と呼ばれている。


 翠樹の迷宮は五層基底部からアラウダ高地を貫く形で遥か上空へと伸びている。高地には迷宮を守護すると言われるストルキオの部族が住んでいて、迷宮の入り口もそこにあるらしい。



 俺たち三人の乗った船は、一旦五層のアトラという街を経由した後アラウダ高地の端っこにあるアルベニスタという町に到着した。日の出とともに五層へ上がり、高地の町につく頃には午後を過ぎていた。


「私は依頼主の元へ顔を出しに行きます」


 ガルガンティア協会に依頼を出したアラウダ高地の領主の館はこのアルベニスタの町外れにあるそうだ。

 領主の館へ向かうマリアンヌを見送ると、俺たちはフウカを探すため街の通りを進んだ。


 アルベニスタの町はそんなに広くはなかった。しかし遠方からわざわざ迷宮を見に来る物好き達を当て込んだ商店や宿屋が通り沿いには見受けられ、それなりに賑わいを見せているようだ。


 外からきたほとんどの人間は緩く坂になった広い大通りを歩く形になるので、通り沿いに店を構える人々がフウカを目撃しているかもしれない。

 俺とクレイルは手分けして店員などに聞き込みをして回った。



「観光の人? その人見つけたら帰った方がいいんじゃない」

「どうして?」


 通りの店先で退屈そうに座り込んでいた少女にフウカのことを尋ねてみた。マリアンヌと同年代くらいだ。


「今のアラウダは危ないんだよ。モンスターが凶暴化してて、黒い化け物が森に増えてるって」


 マリアンヌから聞いた通り異常が起こっているらしい。そういえばさっきから浮遊船の発着場の方へ向かう人を多く見る気がする。避難が始まっているのかもしれない。


 通りに顔を出す人々に話を聞き終わり、大通りの終点まで来てしまった。その先は丘になっていて、遠くに巨大な樹木の壁が見える。あれが古代樹の森のようだ。


 街外れには武装した男が立っていた。装いからすると狩人だろう。森を警戒して歩哨に立っているらしい。

 俺はそのエアルの男に近づいていった。


「ちょっと聞きたいことが」

「何をしてる。ここは危ないから町に戻れ。……む、その装備、お前も狩人か」


 彼は目ざとく俺が上着の下に着込んだ軽量の部分装甲を見つけ、同業者と考えたらしい。

 事情を説明し、何か知っていたら教えて欲しいと頼む。


「あんたあの子の知り合いか」

「見たんですか!」

「ああ。だが……、その子のことは諦めた方がいい」

「……?!」


 男は腕を上げて親指で背後の森を示した。


「昨日のことだ。突然やってきてな。しつこく止めたんだが一人でふらふら森に入っていっちまった。おそらく今頃は……もう」


 男の示した先を見上げる。そこには天空へ続く迷宮が聳え立っている。フウカは、まっすぐ迷宮方面に向かったのか。俺は思わず呻いた。


 後ろから肩を叩かれる。振り向くとクレイルが隣に立った。


「ナトリも聞いたか。フウカちゃん、森へ入ったそうやな」

「そうらしい……」

「行くしかねーやな。ここまで来たら引き返す手はねぇ」

「……行くに決まってる」

「あんたらは非戦闘員じゃないみたいだし、止めはせん。だが気を付けろ。ノーフェイスとかいう奴らもそうだが、今森じゃスターレベル3クラスが暴れてる。モンスター共が殺気立っててな」

「おっちゃん、忠告あんがとな。せいぜい気ぃつけるとするわ」


 クレイルが嘴を曲げてにやりと不敵に笑う。


「さーて、久々に暴れられそやな」

「あなた達もこの先に行くんですか」


 通りを歩いてマリアンヌが近付いてきた。領主への挨拶は終わったらしい。しかし彼女は何処となく不機嫌そうに見える。


「おうちびすけ。もう用は済んだか。んならとっとと行こうや」

「…………」

「この先に行くなら俺たちと一緒だ。別々に進む意味もないだろう?」

「まあ、そうですね」


 彼女の目的地も俺たちと同じ場所。アラウダ高地に暮らすストルキオの先住民、ガリラス=オキという一族の村だった。

 迷宮の守護者である彼らの村は翠樹の迷宮に最も近く、そこには迷宮調査の拠点も置かれている。


 狩人の男に見送られ、丘を登って森の前まで来た俺達は、巨大な木々の立ち並ぶ鬱蒼とした森を見上げた。








挿絵(By みてみん)

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