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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第70話 女教皇の憂鬱

 


「どうしたナトリ」


 二人が俺の後から近づいてくる。


「今日はあのお嬢ちゃんと一緒じゃないのか。残念だなー」

「あんた、プリヴェーラにいた……。どうしてこんなとこに」

「観光みたいなもんさ。システィコオラには一度来てみたかったんだよ。迷宮も近くで見たいし。もう見たかい? 凄いよなー、あれ」


 俺の後ろで男を見ている二人に説明する。プリヴェーラに来たばかりの頃出会った怪しい占い師だと。


「占い師じゃない。趣味でやってるって言っただろ?」

「確かに。見るからに怪しい奴っちゃな」

「別に用も無いしもう行こうか」


 俺たちは再び通りを歩き出す。


「折角会ったのに冷たくない? もうちょっと世間話とかさ!」

「なんなんですか、あの怪しい人」

「さぁ……」


 仮面の男はすっと腕を上げると真っ直ぐマリアンヌを指差した。


「君、占いは好きかな?」

「私、ですか」

「タダで運勢を占ってあげよう」

「結構です」


 まあそうなるわな。男はマリアンヌの素っ気ない返事にがっくりと肩を落とす。


「やって損はないと思うけどなー。結構当たるのに。……だろ? 『吊るされた男(ハングドマン)』の小年」


 苦々しい思いが胸中に広がり、思わず顔を歪める。確かにあの絵札占いには思い当たる部分があった。プリヴェーラに来たばかりの頃の俺は慢心や、実力の過信から来る失敗なんて無縁のものだと思っていたはずなのに。


「やってみりゃええやん。なんやようわからんがタダで占うてくれるんやろ。面白そーやんけ」

「おおーっ! 君、話わかるねぇ!」

「ちびすけは乗り気やなさそうやし、俺を占ってくれや」

「ごめん無理」

「あぁ? なんでやオッサン」

「占う人は自分で決める主義でね。あとオッサンというな。俺はまだ若い。年のわりには若い、と思ってる」

「無茶苦茶か」

「こういう人なんだよ……」


 俺とクレイルが呆れて仮面の男を見下ろしていると、マリアンヌが木箱の前に歩み出た。


「仕方ないですね……。やります」


 男は白と黒の笑悲の仮面の下でくつくつと笑った。


「そうこなくっちゃ。やっぱり女の子はみんな占いが好きだよね」

「…………」


 相変わらずマリアンヌが何を考えているのか変化に乏しい表情からは読み取れない。仮面の男の言うように、実は占いが好きだったりするのだろうか。そういえば姉ちゃんも好きだったな。女の子は占い好きか、覚えとこう。


 男は前と同じように、卓の上に重ねて置いた絵札を裏向きのまま並べ、彼女にその中から一枚を選ばせた。


「なるほど、君の運命を象徴するのは『女教皇ハイ・プリーステス』のカードか」


 マリアンヌが選んだ絵札には、法衣を纏った女性の図が描かれていた。


「いかにも、といった感じだよね。ここに描かれているのはおそらく聖職者の女性。清らかで、知性的であることの象徴。君も年齢のわりに見るからに賢そうだしな」


 マリアンヌは特に何も反応しない。


「中央の椅子に腰掛ける法衣の女性の両隣にある柱は?」

「これ気になるよね。二つの、白と黒の柱。それぞれ柱に描かれた文字……、これは白と黒の頭文字だろう」

「白と黒」

「そう。そのちょうど真ん中に女性は位置している。白と黒。何だろうね。光と闇、昼と夜、白波導と黒波導……。そうだなぁ、どれもこの世界を構成している、対を成す重要な要素ってところかねぇ」

「その中間だから、知性的、理知的ということになるわけですか」

「君、やっぱり頭いいね。ほんとにまだ十代前半?」


 白と黒の柱は、対になる二つのものを表している。その中間に位置するということはつまり中庸。どちらにも染まらず、物事を公正に判断する力があるってことになるのか。


 そしてそのためには物事をよく知る知性がなければいけない。なるほど、いかにも彼女らしい感じ。


「感覚とか直感的なものって、やっぱり高い知性や判断力から生まれるものだと思うんだよ。君は感覚も鋭い方だ。きっと感受性もね。既に多感なお年頃だとは思うけど」


「ただね、俺はよく思うんだよ。賢かったり、公正さを自負してるのに限って頭の固い奴が多いんだよねー。頑固っていうか……。絵に描かれた女性の顔をみてごらんよ。すごく真面目そうだろう。冗談なんて通じないし、ちょっと茶化そうものなら蔑んだ眼差しで見返してきそうじゃないか」

「はあ……」

「カッカッカッ、優等生もそんな感じよな」

「エレナさんはそこまで頑固とか狭量な感じしないけどなぁ」


 隣から覗き込んで好き勝手言い始める俺たちをマリアンヌはじろりと一瞥した。この子の前でエレナさんを引き合いに出すのは止めたほうがいいかもしれない。


「もしかしたら、君にもそういう頭の固いところがあるのかもしれないね。何かに強く固執しているとか。その結果、自分自身を追い込んでしまったり。大人になれば自然と考えは柔軟になっていくものだけど、時には追い詰められて自ら命を投げ打ってしまうこともある……悲しいけどね」

「……そんなことは」

「何がなんでも白黒つけたい。物事を柔軟に見ることのできない頭でっかちという解釈もできそうだよね。知性や、理性にもそういう負の側面はあるってことだな。そのせいで逆に優柔不断に陥ることだってあるだろう。とまあ、女教皇のカードが象徴する君の運勢はこんなところだね」

「それなりに、興味深いお話でした」

「おっさん、意外と面白えこと言うやないか。次俺も頼むわ」

「おっさんと呼ばわる奴を占う気は無いっ」


 仮面の男の元を去った俺達はクレイルと一旦別れ、マリアンヌと二人でバベルの支部へ向かう。



「相変わらず怪しげな奴だった」

「なんなんですか、あの人は」


 相も変わらず胡散臭い男だが、言ってることには妙な真実味があるだけに余計不気味だ。


 マリアンヌに対する占いもそれっぽかった。知性と直感。優秀なのは誰の目にも明らかだし、話しているとまだ十二、三の少女だということを忘れてしまうほどだ。

 彼女から感じる頑なさは、単純に頭が固いだけとも思えないが……。迷宮調査に志願したことと何か関係があるのだろうか。


 まあ、本人の口から聞かなければわからないことだ。それを知る機会は、来るのだろうか。




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