第69話 システィコオラ
明るい陽の元、俺達は船絃通路に並んで外を眺めていた。システィコオラ大陸は既に近くまで迫り、その全容は把握できないほどに巨大だ。
「すげえ……」
「これが東部で二番目にでかいシスティコオラ大陸や」
プリヴェーラのあるガストロップス大陸は、基本的には広大な一枚の岩盤の上に丘陵地帯が広がるイメージだ。クレッカもスケールこそ小さいがガストロップスと似た地形となる。
それに比べると、システィコオラはかなり高低差のある大陸だ。
おおまかに分けると五層の広大な岩盤が上下に連なるように浮遊している。真ん中に位置する第三層が最も広く分厚く、上下の階層ほど面積が狭くなっている。
迷宮は最上層である第五層の天辺に突き立っていて、遥か上空まで果てしなく伸びている。
迷宮の生み出す風がシスティコオラ大陸を取り巻き、独特な雲の流れを生み出していた。
船はシスティコオラ第三層に向かって上昇していく。小さな浮遊陸地群の間を飛行しながら、ついに三層に空く穴を通ってシスティコオラへと達した。
「それにしても随分と速かったな。一日でシスティコオラに着いちゃったよ」
「浮遊船は風の属性を利用して飛ぶからな。ガストロップスなんかやと鉄道乗る方が速いが、翠樹の迷宮は風の迷宮や。大陸周辺には強い気流が常に渦巻いとる。船使えばビュンビュン行き来できるぞ」
システィコオラとガストロップスは、王都とガストロップス間くらいの距離があるらしい。あの時は三日かかったからな。
システィコオラ周辺にはよほど強い風が吹いているのだろう。
下を見下ろせばシスティコオラの大自然が見渡せる。草原の多いガストロップスとは違い、ここには木々が多い。鬱蒼と茂る木々の合間に蛇行して流れる幾つかの川が見え、鳥や獣の鳴き声が聞こえてくる。
見た事もない派手な色の鳥の群れが行く先を案内するかのように浮遊船と並行して飛んでいる。生命力に満ち溢れた感じのする土地だった。
野生のエネルギーにあてられたように俺は浮遊船の下を過ぎ行く濃い緑の景色をただただ眺めていた。システィコオラ出身のクレイルが俺たちに色々なことを教えてくれる。
「ここの木々はまだ小さいが、上層になると一本一本がデカイ。最上層のアラウダ大森林は古代樹の森になっとる」
「古代樹!」
スカイフォールにはまだまだ俺の知らない景色がたくさん広がっている。これはきっと、クレッカに閉じこもっていては見られない風景だ。
こんな景色をもっとたくさん見てみたい。できれば、フウカと一緒に。
「うるさいです。いきなり叫ばないでください」
「ちびすけも子供らしく素直にはしゃいでもええんやぞ」
「これくらいでそんなこと」
「またまたァ。内心わくわくしとんのやろォ? 隠さんでもええって」
「爆発させますよ」
無表情で怒るマリアンヌは怖い。本当にやりかねない殺意を感じる。
「クレイル、街はどの辺にあるんだ?」
「まだ暫く飛ぶぞ」
俺達の進むここは第三層キネレアというらしい、向かうは三層南部の都市ポエニクルス。
迷宮は最上層、第五層エムベリーザの中央に立っている。ちなみにクレイルの故郷は第四層にあるそうだ。
一層一層がとんでもなく広大だ。一番広いここキネレア層は遥か遠くに山脈の陰も見える。
空を覆う第四層の岩盤には所々、長い年月をかけて水流や風によって形成された巨大な穴が空いていた。そこから日が射し込み森を照らしたり、上層から流れ落ちる滝なんかの壮大な景色がちらほらと見える。
「船が加速し始めたな。そろそろ中戻らへんと吹き飛ばされんぞー」
クレイルの忠告に従い俺達は船内へ戻った。風の属性が強いという事は、飛空船の運用に適した土地ということになる。
システィコオラでは内陸でも上手く空路を選べば高速で行き来することができるのだろう。きっとそう時間をかけずにポエニクルスにも着くはずだ。
§
浮遊船が森林の中、高くなった台地の上に造られた三層南部の都市ポエニクルスに降りたのは昼を過ぎてしばらく経った頃だった。
発着場で船を降り、一旦街へ向かう。陽が沈んだ後に出る、システィコオラ最上層へと向かう本日最終の便が出るのを待たなければいけない。
街へ行く前に早速発着場の職員にフウカのことを聞いて回った。彼女はここでも目撃されていた。
さる事情によって今最上層エムベリーザに向かおうとする乗客は減っていて、女一人旅のフウカはとても目立ち記憶に残っていたらしい。これで彼女が迷宮のある第五層へ向かったことがはっきりとした。
「迷宮に向かっとるのはわかるが、行ってどうするつもりなんや」
「まさか……、中に入るつもりじゃ」
「それは不可能です」
「そうなの?」
「おお。普通迷宮ちゅうのは一般人は立ち入り禁止になっとるからな。外から見るだけや。フウカちゃんも行ったところで中に入ることはできんやろ」
「そうなんだ」
少しだけ安心した。それなら迷宮に一番近い町まで行けば追いつける。
台地の上に築かれたポエニクルスの街は中央に行くほど高く、一番高い場所で尖った屋根を持つ大領主の館が大きな存在感を放っている。
「二人はどうする? 俺は街のバベル支部に寄ってシスティコオラにいるモンスターの情報を集めときたいんだけど」
「私も行きます。不本意ですけど」
「真面目やなァお前らは」
「あなたが不真面目すぎるだけです」
「俺はちょいと買い物してくるわ。システィコオラじゃ、ポエニクルスが一番品揃えがええからな。お前らも必要なモンがあればここでしっかり準備しとけよ」
商店が並び、人の行き交う活気ある大通りを三人で歩きながら船の時間までの予定を決める。
と、何か見覚えのあるものを見たような気がして通りの脇を振り返った。
「…………」
しばらく立ち竦み、通りの一角を見つめる。俺はそのポツンと孤立するように設置された木箱だけの露店に近付いていく。
「やあ少年。また会ったな。気づかないで行っちゃうかと思ったぜ」
「あんたは……」
古ぼけた木箱の向こうに座るのは、全身を紺のローブに包んで白と黒の仮面をつけた、以前プリヴェーラの裏路地で出会ったエセ占い師だった。
システィコオラ大陸は5層に分かれる。