第67話 赤壁のガビア
列車はガビアの駅に停車し、俺たちはホームへ降り立った。乗客の中にマリアンヌを見つけ寄っていく。
「まだついてくるんですか」
「浮遊船の時間までは自由なんやろ?」
「システィコオラ行きの船が出るまで時間あるしな」
マリアンヌはじとっとした視線を俺たちに投げると背中を見せた。
「好きにしてください。私はご飯食べに行きますから」
「じゃあ俺達も一緒に飯にしようか」
あからさまに嫌そうな顔をされるが、否定の返事はない。
駅を出てすぐの駅前広場には、多くの露天のテントが設営され駅から出てくる旅行者に食べ物を提供していた。昼時の広場には旨そうな匂いが漂っている。
マリアンヌは駅前広場の真ん中で立ち止まると、背負っている大きな鞄を地面に下ろす。ごそごそと中を探り目当ての物を取り出すと両手で広げた。俺達は彼女の頭越しにそれを覗き込む。
「ガビア料理店案内図完全版……」
地図、というか食べ物屋のみをピックアップしたガイドマップだった。
彼女はそれを穴があくほど眺めた後、両手で地図を広げたまま歩き出した。
「下見ながら歩いとったらぶつかんでー」
「怖い人に当たったら絡まれちゃうよ?」
「うるさい」
俺たちの茶々をピシャリとはね退けながらもマリアンヌは歩く。危なっかしいので見守りながら付いていく。しばらく街を歩きまわった後、俺達は最初に彼女が地図を取り出した広場に帰ってきた。
「戻ってきたが」
「そうだな」
「道を間違えました」
再び歩き出した彼女に俺達は再度ついて行く。そして暫くの後、俺達はまた同じ場所に戻ってきた。
「…………」
「もしかして、迷っとんのか?」
「仕方ないでしょう。初めて来た場所なんですから」
「はぁ、地図貸せや。俺のが詳しいやろ」
このままでは埒があかないと悟ったのか、マリアンヌは渋々クレイルに地図を手渡した。ガビアの街は高層建築が多く、建物同士を通路が蜘蛛糸のように繋いで立体的な構造の街並みになっている。
これは多少地理に詳しい人間でなければ、目的の場所にすんなり行くのは難しいだろうと思う。
「んで、どこ行くんや?」
「クリムゾン・パーラー」
「ああ……ここな。じゃあ行くで。メシに甘味処かいな……」
昼飯を食ったら、浮遊船の時間までフウカの情報収集をする予定だ。俺達はクレイルを先頭に、広場を抜け壁の中に造られた通路を進んで階段を登った。
マリアンヌ目的の店「クリムゾン・パーラー」には甘いもの以外のメニューが存在しなかった。
女性客ばかりのファンシーでゴテゴテした内装の店内で、俺とクレイルは渋い顔で激烈な甘さの食事を胃に落とし込んだ。
フウカだったらこの店も気に入るだろうか……。
マリアンヌはクリームとフルーツがふんだんに盛られた毒々しい色合いのケーキを黙々と食べており、その仮面のような無表情は心なしか和らいでいるようにも見えた。
「マリアンヌは甘いものが好きなんだね」
「ええ、まあ……」
こいうところは年相応なのだろうか。俺たちは激甘スイーツに舌鼓を打った後、あまり長居せず店を後にした。
世の中にこんなに甘さを極めたものが存在するなんて知らなかった。
「俺ァ、甘いもんはしばらくエエわ……」
「俺も……」
げんなりした様子のクレイルとわりと満足げなマリアンヌ。とにかく腹は膨れたので、夕方まで俺とクレイルは街でフウカについての情報を集めることにした。
ガビアはプリヴェーラほど広い街じゃない。交通の要所に絞れば有効な聞き込みができるはずだった。
「誰を探しているんですか」
「俺の同居人なんだ。プリヴェーラで姿を消して、迷宮に向かってる可能性が高い」
「心当たりを聞いて回るか。ナトリは港か?」
「そのつもり」
時間までに港集合ということにし、俺たちは一旦解散した。俺とマリアンヌはどちらも自然と港に向って歩き始める。彼女は船が出るまで発着場の待合などで待つつもりだろう。
街の大通りを歩き、門を通って壁の向こう側の港、ガビア浮遊船発着場を目指す。
門を通って壁の外へ出ると強烈な風に煽られ、思わず目を閉じた。
「聞いてはいたけど……、すごい強風だ」
「翠樹の迷宮はイストミルの空に強い気流の流れを生んでいる。迷宮の状態によって風の流れが変わるんです」
「迷宮って、スカイフォールにいろんな影響を及ぼしてるんだなぁ」
風を避けるように、これまた赤壁の砦のような浮遊船発着場の建物に入る。内部は天井が高く、三つの乗り場が見えた。
さっそく発着場の中を巡って手の空いている職員に手当り次第フウカのことを聞いて回った。
§
結構な人数に聞いて回ったが、目撃証言は得られなかった。ガビアの港とはいえ、やはり利用する人は多い。なかなか乗客一人一人の顔まで覚えている職員はいなかった。俺も一旦街に戻って情報を集めるか。
待合所にマリアンヌを残し、再び鉄道駅前広場まで戻ってきた。さてどうやって情報を集めようかと考えていると、誰かと話しているクレイルの姿を見かけた。赤毛のストルキオは人が多くてもよく目立つな。
クレイルに近寄って行くと、彼は一人のみすぼらしい身なりをしたネコの中年男性と話していた。
「おおナトリ。丁度ええ。この男、フウカちゃんらしき子を見たそうや」
「本当か!」
クレイルは街の物乞いから情報を集めていたようだ。港には多くの人やモノが集まる。そういう場所には同時に様々な情報も流れてくるもので、港に住み着く物乞い達の中には情報屋の真似事をしている者が多いそうだ。
彼らは日がな一日人の集まる場所で目を光らせ、聞き耳を立てて生活しているので、案外世間の情勢やお上の事情などにも詳しいのだとか。
さすがクレイル。情報通を自負するだけのことはある。
にこにこと愛想の良さそうな、ほっかむりをした男にフウカのことを聞く。この人ちょっと臭うぞ。
「女の子を見たって本当ですか? 詳しく教えてください!」
「あんたの探してる女の子ってぇのは、橙髪に薄紅の目をしたエアルの嬢ちゃんで?」
「その子です!」
「……ところで旦那、オレは今持ち合わせがなくってね、今日の昼飯も食い上げてんでさ。いやあ腹が減って腹が減って」
男はにこにこと微笑んだまま佇んでいる。なるほど。俺は懐からエイン銀貨を取り出して男に見せる。こういうところで出し惜しみはなしだ。
「知ってること全部教えてくれ。そうすればあんたは上等な飯が食える」
「いやあ、お優しい。旦那のご慈悲に感謝いたしまさぁ。橙髪のお嬢ちゃんのことでしたな」
男は目を細めて語りだす。
「その子を見たのは昨日の昼前、この駅前広場でしたわ。あの特徴的な髪と目に、大層めんこいお嬢さんでしょ。よっく憶えてますよ、ええ」
「やっぱりガビアに来てたか」
「そこの串物露店でやたらと食べ物を買い込んでやしたね。長旅か、食い意地かは分かりやせんが。それを持って、きょろきょろ余所見しながら港の方へ歩いって行ったんでさ。時間的にもシスティコオラ行きでしょうな」
男から聞いた少女の特徴、装い、行動、どれをとってもフウカに間違いはなかった。男に銀貨を握らせると、彼は笑って去っていった。
やはり彼女は迷宮を目指しているのか。俺たちは一日遅れでフウカと同じ経路を辿っていることになる。
「一体何故迷宮なんかに……」
「とにかく、今できるのは追いかけることだけやな。俺らもシスティコオラに渡るか」
「そうするしかなさそうだ」
俺たちは港へ向かった。もうしばらくすれば船の時間になる。