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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
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第66話 列車

 


 プリヴェーラ中央駅を発車した列車はトレト運河を後にした後、どこまでも続くガストロップスの丘陵地帯を風を切って進んでいく。


 遮るもののない草原の果てに陽が少しずつ沈んでいくのを横目に、俺たちは急遽同行者となったマリアンヌという少女について話す。


 彼女は俺たちの寝台車室とはもちろん別だ。列車に乗る際に一旦別れそのままとなっている。


「エレナさん妹がいたんだな。あの人の家って凄い名門なんだっけ」

「コールヘイゲンはプリヴェーラじゃそこそこ名の知れとる名家や。代々優秀な術士を輩出しとる。現当主のアレク・コールヘイゲンも、軍部じゃストリクス戦役の雄と呼ばれる強力な術士らしい」

「へぇ、お父さん軍人なんだ。彼女もあの歳で会長秘書だっていうし、エリート家系なんだね」

「あのちびすけも侮れんぜ。あの歳で既に術士協会に所属して依頼をこなしとるんやからな」

「なんだか……、色々と大変そうな気もするな」

「しかしけったいな小娘やなァ。なんやあのスれた態度。ガキはもうちょいガキらしくしときゃええねん」

「女の子の考えることってよくわかんないよな」

「全くやな」


 陽が完全に地平線の向こうへ落ちる頃に車内食の供される時間となった。

 俺達は連れ立って食堂車へ向かう。食堂車両の中は、食欲をそそる焼けた魚やスープの旨そうな匂いで満たされていた。


「うおお、飯や!」

「クレイル」


 クレイルをつついて車両の一角を示す。窓脇に並べられ、テーブルクロスの掛かった四角いテーブルの一つに、一人で座って夕食を口に運ぶマリアンヌの姿があった。


 彼女のかけるテーブルまで行って、二人並んでマリアンヌの対面に腰掛けた。銀髪の少女は露骨に嫌な顔をする。


「放っておいてくださいって、言いましたよね」


 通路を歩き給仕をしてまわっているネコのおばちゃんにクレイルが声をかける。


「おばちゃん、早よワイらにもくれや」


 はいよー、と愛想よく返事して彼女は厨房車に下がって行く。


「一人でいると退屈じゃない?」

「……あなたもお姉さまのことが聞きたいのですか」

「え、どうして?」

「なんでもありません」

「君もガルガンティア協会の術士なんだよね。その歳でちゃんとした職に就いてるなんてすごいと思う。話を聞いてみたいと思って」

「……別に」


 マリアンヌの態度はどこか刺々しい。


「お姉さまは十になる頃にはもう協会入りしてました」

「ほぉー、さっすが優等生。その歳の頃は俺もまださすがに訓練生やったな」

「当然です。あなたごときの実力ではエレナお姉さまの足元にも及びませんから」

「おいちびすけ。波導の訓練やりすぎて礼儀を習うの忘れとったんちゃうか」

「…………」


 まだ料理も運ばれてきてないのに、クレイルとマリアンヌの間には険悪な気配が漂い始めている。先が思いやられる。


 料理が運ばれ、俺たちは黙々と食事をとった。あまり会話もないまま気まずい時間が過ぎる。


 マリアンヌはとてもゆっくりと食事をする。一口三十回はしっかりと噛んで飲み込んでいるようだ。


 クレイルの勝手気儘な食べ方を見ているせいかものすごく行儀よく思える。エレナもそうだったけど、やっぱり貴族の振る舞いは庶民とは違うな。


 マリアンヌは食べ終わると即座に食堂車を出て行った。俺たちも食事を堪能すると自分たちの車室へ戻る。


「生意気なガキんちょやなァ。あんなんと一緒に行動するんか」

「まだお互いのことよく知らないし、仕方ないよ。引き受けた以上何かあったらエレナさんに面目が立たない」


 マリアンヌは姉に対してはとても従順そうな印象だった。随分尊敬もしているみたいだし。あんな完璧な姉が存在したらそうもなるのかな。

 彼女は姉に対するクレイルの斜に構えた態度が気に入らなかったのだろうか。


 夜も更けた頃それぞれ狭い寝台に潜り込んで就寝となった。明日は一日列車で過ごし、明後日の午前にガビア到着だ。



 今フウカはどうしているのか。無事でいてくれてるか。ちゃんとご飯を食べて服を着替えているだろうか。プリヴェーラの街をさまよっているならまだその方がいい。クロウニー達が見つけてくれるだろうから。


 本当に、フウカは一人で迷宮に行こうとしているのか。まだ確証もなく、その理由も見当がつかない。今はとにかくそれらしい場所を当たっていくしか探す方法はない。


 明かりの落ちた車室で毛布にくるまって目を閉じ、フウカのことを考えながら眠った。





 §





「よっしゃ、ここや!」

「……うーん、参った」


 車窓からは相変わらずどこまでも続く草丘が見える。たまに通り過ぎる小さな駅は、周りに何もない無人駅だったり、小規模な町があって生活の気配を感じるところもあった。


 こうして列車で移動しているとガストロップス大陸の広大さをしみじみと感じる。今は鉄道が改良されてガビアまで三日で行くけれど、昔旧ガストロップス鉄道が現役だった頃は四日以上かかったそうだ。


 俺達は狭い車室に閉じこもって、というか他に行く場所もないのでクレイルの持ち込んだ遊戯板で遊んでいた。


 列車に乗り込んでからもう三日になる。昼前には列車はガビアに到着する予定だが、さすがに列車やあまり変化のない車窓の風景にも飽きてきた。


 初日、夕食の席で険悪になってからマリアンヌとは会話していない。食事に出てきているのは見かけたけど、またクレイルと一緒に彼女の前に座る気にはなれなかった。



 昨日はクレイルが狭い車室で波導の訓練をするのを眺めて過ごした。寝台に胡座をかき、目の前に人の頭部ほどの、玉のような薄い膜でできた球体を波導で作り出す。

 クレイルはその中に炎の線を走らせていく。炎の導線は透明な球体の内壁に沿ってその数を増やし、やがて球体は炎で埋め尽くされ灼熱の玉と化す。


「クレイル、もしそれが破裂したらどうなる?」

「そら、この部屋の中は火の海やろなァ」

「慎重に頼む」

「カッカッカ。心配すな。たまに不注意で失敗する程度や」

「…………」


 クレイル曰く、波導というのはとにかくイメージが大切なんだそうだ。波導の効果が当たり前のように発現し、思い描いた通りの形をとる。簡単のように思えるけど、これが出来るようになるには結構長く厳しい訓練が要るという。


 どんな窮地でも即座に意識を集中し術を行使出来るように、常日頃から訓練を欠かさないことが熟練の術士には必要なんだろう。


「アチッ!」

「うわあっ!」


 おいクレイル、本当に大丈夫なのか。今ちょっと火の玉が大きく歪んだように見えたけど。


 こっちはこっちで掌に意識を集中させる。一瞬の淡い発光の後、白銀を日の光に輝かせる小型の杖、王冠ケテルを手にする。

 王冠を呼び出す速度も狩猟生活で使い込むうちに随分早くなった。


「おおー。それどっから出とるんや?」

「それが俺にもわかんないんだ。念じたら出せるんだけど」

「変わった杖やなァ。こんな形のは見た事もあらへん。ちょいと見さしてんか?」


 俺はクレイルに王冠を手渡す。クレイルは杖を受け取ると、いろんな角度から眺めたり触ったりと王冠を検分する。


「見た目より重量あんな。しかしこの素材や質感、一体何でできとんのやろな」

「うん。細かい部品が組み合わさってできているように見えるけど分解はできないし、表面はつるつるだ。名のある職人が研磨したのかも」

「ん、この引き金みたいなんはなんや?」

「あっ! それに触っ……」


 カチッ。


 それだけだった。特に何か出るわけでもなく、カチッカチッと引き金を引く音が鳴るだけだった。


「どしたナトリ。ところでこの杖、どう使うんや?」

「なんともないの? 力が抜けたりとか」


 なんの心構えもなく撃つと、体内の煉気アニマをごっそり持っていかれるはずだ。でもクレイルが無自覚に杖の引き金に手をかけても何も起こらないようだった。どういうことなんだろう。


 彼は王冠を俺に投げて返す。受け取る代わりに空中でそれを消した。


「練気のコントロールって難しいよな」

「そればっかりは慣れやな。いかに心に波風立てずに術を行使出来るか。けどな、冷静になるだけじゃ上手く行かんのも波導の難しさや」

「というと?」

「練気はただ体内に存在するだけの力やない。精神と結び付いとる心の力や。己の心構え一つで、その性質すら変化することがある」

「なるほど……」


 正直なところピンとこない。


 そういえば、一つクレイルに聞いてみたいことがあったのを思い出した。


「なあクレイル。波導で人の記憶を操作することってできるのか?」

「フウカちゃんのことか」

「ずっと考えてたんだよ。誰かに意図的に記憶を消された可能性もあるんじゃないかって」

「俺は専門外なんで詳しくはないが……、或は白の使い手ならできるかもな」

「白波導か」


 波導の基本系統の一つ、白。白の属性エモを扱う波導は、人間の精神や感覚に作用する術が多いとクレイルは説明してくれた。


「白の波導は人の感覚を狂わせる。極めれば人の心さえも操れるかもしれへんな。人体刻印マリアージュとかいう人間に命令を埋め込んで操るけったくそ悪い技術も発祥は白波導や言うしな」


 フウカは波導術によって記憶を消された。その可能性は、なくはない。


 そんな感じで昨日一日俺たちは適当に車内での時間を過ごしていた。






「あ、街が見えてきた」


 俺達は暇潰しの遊戯板を片付けた。列車の行く先、丘の向こうに小さく街が見え始めたからだ。


「赤壁の街、ガビア」

「高い壁が遠くからでもよう見えるやろ」


 クレイルの言う通り赤茶けた壁が並び立つのが遠くからでも見える。不思議な造りの街だ。クレイルの解説によると、ガビアは同じ港町でもオリジヴォーラよりも強い風が年中吹き付けているのだとか。


 一年を通して強い風の吹く空路が安定しており、システィコオラとは距離があるにもかかわらず通常の浮遊船を使っても一日と、高速で行き来することが可能だ。

 強風を防ぐため、街は高い壁で覆われてまるで要塞のような外観になっている。


 ガストロップス大陸をプリヴェーラから北上していくと北西から南東へ延びる山脈に当たる。そこから採掘される赤岩を使って作られた独特な色の壁にちなんで、赤壁の街とも呼ばれるそうだ。


「フウカが街にいてくれればいいんだけど」

「せやな。あの子が立ち寄りそうな所で聞き込みしてみようや」


 俺は急く気持ちを抑えながら、近づいてくる街を横目に荷物をまとめ始めた。








挿絵(By みてみん)

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