表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
三章 翠樹の迷宮
67/344

第65話 小さな波導術士

 


挿絵(By みてみん)










 『翠樹の迷宮ベインストルク』。


 東部イストミル地方システィコオラ大陸、第五層エムベリーザの高地に広がる大森林に聳え立つ遺跡建造物である。


 いつの頃より存在し、何者によって如何なる目的で建造されたのか。その多くは現在も謎に包まれている。

 スカイフォール各地に散らばり存在する迷宮の存在は、最も古い歴史書とされる『創世神話』に既にそれを表現したと思しき描写が見られる。


 中でも翠樹の迷宮は、スカイフォール限界高度の遥か上空まで伸びており現代の技術ではその全容を観測することすら困難である。



 迷宮の名の元となった「翠樹」のごとく、その外壁は化石化し光沢を帯びた翠色のフィル鉱石の層が幾重にも重なり、塔というより絡み合い天へと伸びる樹木のような外観を呈している。

 迷宮は強力な風の力場を生み、遥かな神代から変わることなく東の空に大いなる風の流れを生み出し続ける。


 迷宮は東部領主連盟によって調査が進められているが、その進捗は芳しくない。

 迷宮内部は複雑さを極め、特に探索を困難とするのは内部構造が変化する点である。迷宮は生きている——、巷ではそんな噂すら囁かれるほどに。


 一時は迷宮内に働く未知の力、旧世紀の大戦以前の手付かずな遺産を求め、兵器開発の礎とすべしという見方が多勢を占めた時代もあった。


 だが、調査に投入された人員に対し余りの犠牲者の多さに、昨今ではそういった動きは縮小の一途を辿るのみである。


 一般の迷宮への立ち入りが禁じられているにも関わらず、そこに眠るとされる宝の魅力か、迷宮そのものの魔性がそうさせるのか、現在も迷宮に心惹かれる者は絶えることがなかった。




 ◆◇◆




 中央区に堂々と立つ白亜の砦のようなプリヴェーラ中央駅の改札前に俺とクレイルは立っていた。外から差し込む夕日に照らされ駅の白い廊下は夕焼け色に染まっている。


 東部最大級の都市であるプリヴェーラの鉄道駅は多くの人々が行き交う。先ほど駅員をつかまえてフウカのことを訪ねてみた。


 なにしろこの人の多さだ。期待はしていなかったがやはりここで目撃情報を得ることはできそうにない。



 俺たちは日暮れと共に街を出る寝台列車に乗り、システィコオラへの浮遊船が飛び立つガストロップス北方の街、ガビアを目指す。


 もしフウカが翠樹の迷宮を目指すつもりなら必ずガビアを通過することになる。人の多すぎるプリヴェーラよりは有力な情報が聞けるかもしれない。これはクロウニーがフウカに話した迷宮へのルートでもあった。


「そろそろ行くかァ」

「ああ」

「もしフウカちゃんが昨日の列車に乗っとったんなら、俺らがガビアに着く頃にはフウカちゃんは先にシスティコオラに渡ってまうな」

「今は、迷宮に向って進むしかないか」


 さてホームで列車を待つかと改札を通ろうとしたとき、俺たちに声をかけてくる者があった。


「あら、ナトリ君に、クレイル君?」


 振り返ると、そこに立っていたのは長い銀髪を束ね紺色の術士ローブを着込んだ美女、ガルガンティア波導術士協会のエレナだった。


「エレナさん」

「よ、奇遇やな」

「よかった……、怪我はもう大丈夫なのね。あなたにはフウカちゃんが付いているから、きっと大丈夫とは思っていたけど」

「お二人には本当に助けられました。俺の命があるのはエレナさんとガルガンティア様のお陰です」

「アグリィラケルタスをすんなり倒せたのはあなたの攻撃を受けて弱っていたからよ。バベルにはあなたのユニットに渡すようモンスターの素材を預けておいたから。今度受け取ってね」

「そんな……」


 ガルガンティアの圧倒的な波導力をもってすれば俺たちの攻撃などなくても、アグリィラケルタスを倒すのは容易かったと思う。


 助けてもらった上素材まで譲られるなんて……正直情けない。受け取れないと彼女には言ったがバベルにはもう預けて来たし、ガルガンティア様のご意向でもあるからと結局承諾させられてしまった。


「あの大怪我ですもの。フウカちゃんは心配したでしょうね……」

「…………」


 フウカが行方知れずとなっていることをエレナに話す。彼女が姿を消し、迷宮へ向かった可能性があることを伝えた。

 フウカを心配してくれているのか、彼女の顔が驚きに翳る。


「フウカちゃんが……。私も捜索を手伝いたいけど、これから協会の職務があって。ごめんなさい……」

「気にしないでください。これからそのお仕事ですか?」

「いいえ、私は明日発つ予定でね。今日は見送りよ」


 俺たちはその時初めて、エレナの背後に隠れるようにお揃いのローブに身を包んだ小さな人影が佇んでいることに気がついた。


「この子のね」


 エレナがその人物の隣に並ぶ。エアルにしてはとても身長が低い。まだ子供だった。


「この子は妹のマリアンヌ。迷宮の派遣調査員としてこれからシスティコオラへ向かうの。同じ方角へ向かうようだし、よかったらあなた達にこの子を同行させてもらえないかしら」


 小さな術士マリアンヌは被ったフードの奥から胡散臭げに俺たちを見上げた。銀髪に、薄青の瞳は血の繋がりを感じさせる。まだ幼い少女だ。12、3歳くらいだろうか。


 こんな子が一人で迷宮まで行くのか? 少し衝撃を受けた。


 少女は感情の伺えない瞳で俺たちををじっと見つめた。フードの隙間から覗いた銀髪が揺れる。


「マリア、この二人にはこの前東部に戻る浮遊船で助けてもらったの。前に話したでしょう。二人とも信頼できるとてもいい人達よ。同行させてもらいなさい」

「はい、お姉さま」


 少女はわずかにあどけなさの残る口調で返事をした。


「妹のこと、頼めないかしら。途中まででも構わないから」


 きっと妹さんのことが心配なんだな。エレナにはとても世話になっているし、頼みとあらば断るわけにはいかない。


「わかりました。もちろんです」

「ま、子守くらいどうってことないやろ」

「ありがとう。迷惑はかけないと思うから、お願いね」


 エレナはほっと安心した様子だ。


「マリアンヌ……ちゃんか。俺はナトリ、こっちはクレイル。短い間かもしれないけどよろしくね」

「はい」


 まるで仮面を被ったように表情が硬い。随分と冷ややかな印象の子だ。


 エレナとマリアンヌが別れの挨拶を交わすのを側で待つ。エレナは随分と妹のことを気にかけている。あれだけ幼いのにシスティコオラまで遠征するというのだから当然か。


 それが終わると、エレナは俺たち三人が改札でそれぞれ駅員に切符を切ってもらうのを見送っていた。去り際に振り返るとこっちに向けて彼女が頭を下げる。


 俺たちはもう駅に入ってきている列車に乗り込もうと三人でホームを歩く。


「あの」

「どうした?」


 マリアンヌが立ち止まって俺たちを振り返る。


「お姉さまの頼みですから一応あなた達とは一緒に行きますけど、私のことはどうぞお構いなく」


 そう言い切るとすたすたと一人で列車に乗り込んでしまった。俺たちは呆気にとられてそれを見送った。


「なんやあいつは……、なんかさっきと態度ちゃうぞ。優等生の前では猫被っとったんか?」

「まあ、俺たちとは初対面だし」



 寝台車両の部屋に落ち着いた俺とクレイルはそれぞれベッドに腰を下ろす。


 かくして俺たちはエレナの妹マリアンヌという道連れを得て、フウカを追うためシスティコオラを目指して旅発った。










挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ