第64話 再会
部屋に戻ったらフウカが帰ってきていた。
そんな単純な解決を淡く期待しながら共用階段を登り二階の部屋へと戻る。
しかし、扉にもたれ掛かって俺を待っていたのはフウカではなかった。
「クレイル?!」
「おうナトリ。一月ぶりくらいかァ?」
東部に渡る浮遊船の上で共にゲーティアーと戦い、オリジヴォーラで別れた赤毛の友人の姿がそこにあった。
思わぬ再開に頬が綻ぶ。クレイルも相変わらずの厳つい目つきのままニッと不敵に笑った。
クレイルを部屋に上げ、俺は台所に立つ。戸棚からコフィルの詰まった袋を取り出して中身の粉末を抽出容器に注ぐ。
狩人の稼ぎで、暮らし向きは豊かになった。でも、朝早くから狩りに出かけるのが常だったから実際にはコレはまだほとんど飲んでない。
以前は毎朝優雅にコフィルを飲める生活をしたいとか思ってたけど、現実はなかなかうまくいかないもんだな……。
自嘲気味にコンロのレバーを引くがカチンと鉱石の当たる音がするだけで点火しない。使わなさすぎて湿気ったか。
居間の腰掛けに座って部屋を見回すクレイルの方へ近寄ってポットを差し出す。
「クレイル、これ沸かしてくれないか」
「俺は湯沸かし機やないぞ」
「頼むよ。火が点かないんだ」
クレイルは若干呆れながらも俺の差し出したポットの底に手を翳す。すぐにごぼごぼと水は沸騰し始めた。つくづく波導とは便利なものだ。
抽出機に湯を注ぎ、コフィルを淹れる。居間の卓に二つのカップを置き、俺も座った。
「あんましモノがねえな」
「忙しくて、買い物する暇もなかったから。しかしよく俺の家がわかったな」
「カッカッカッ。俺様の情報網を舐めたらアカンぞ」
「前に一度クレイルの家を訪ねたんだよ。でも留守だった」
「せやったんか。ちょいと遠征しとったんでな」
以前街で狩人の装備を揃える際、教えてもらっていたクレイルの住居の近くまで行くことがあった。
扉を叩いたがクレイルは留守で、隣家の住人に聞いたところ仕事でしばらく空けているらしいことがわかった。その時は会えずに帰ったのだった。
俺たちはこの一月の間どう過ごしていたか軽く語り合った。
「ほお、狩人になったんか。それで羽振りがええのな」
「まあ。今後続けられるかはわかんないけど……」
アグリィラケルタスとの戦いを経て、俺の狩人に対する考え方は少々変化した。頭ではわかっていたつもりだけど、旧地下水路の騒動は、狩人がどれだけ危険な職業なのかということを改めて実感するには十分な出来事だった。
エルマーに言われた言葉も胸に大きく刺さっている。多分、自信をなくしたんだな俺は……。いや、今までが自惚れすぎていたのだろう。
「妙に暗いな。なんやあったんかィ?」
「プリヴェーラに来て、俺にしては結構頑張ったんだ。でも、レベル4のモンスターと対峙して……」
脅威の再生力、あの速さ、俺を見下ろす不気味な眼光。思い出すだけでも震えが来る。レベル4のモンスターは、レベル3以下とは次元が違う……。
「色々なもの、失くしちまった。俺の力不足で……」
クレイルはぼさぼさした赤い頭髪を掻いた。
「そんで、いつまで腑抜けとるつもりや」
「え?」
「何があったんかようは知らんがな……、『失くす』ちゅうんは、永遠に手が届かなくなるっちゅうことや」
顔を上げる。クレイルは妙に真に迫る顔つきでこっちを見ていた。だが、俺を見ていながらどこか別のものを見ているような……。そんな気もした。
「お前が無くしたもんはまだどこかにあるんやろ? だったら取り戻せばええやないか。腑抜けるんは、失くした後にしとけ」
……全くもってクレイルの言う通りだ。持っていた、色々なものを落っことしてしまった。だけど、失われてしまったものはまだ一つもないのだ。信頼も、王冠の力も、フウカだって。……取り戻せるはずだ。
俺はこの気安くぶっきらぼうな友人を見やる。そのストレートな物言いは俺の心を揺さぶり、励ましてくれる。
「浮遊船で襲撃を受けた時、しぶとく生き残るのを諦めようとせんかったあん時の気概ある目ぇはどうした。お前は本来そういうヤツやろ?」
「……そうだよな。落ち込んでる場合じゃないんだ」
「そういや、フウカちゃんはどっか行っとんのか?」
フウカの行方が分からないことと、彼女を探しに街を出ようと思っていることを話した。
「なるほどな、やっぱそういうワケかい。しかし迷宮やと? なんでそないなとこに」
「わからない。でも最近フウカがずっとあれに執着していたのは事実みたいなんだ。他に心当たりもない」
「今翠樹の迷宮には近づかん方がええ。なんでも迷宮が急激に活性化しとるらしいからな」
「俺もバベルでそんな話を聞いたよ」
「しかし、迷宮な……。ほんなら俺も一緒に行ったるか」
「えっ?」
「丁度一仕事終えて暇なとこやったし、俺もフウカちゃんのことは心配やしな。探すの手伝ったる」
「本当か!? すごくありがたいけど……いいの?」
「おう。お前とおると退屈せんで済みそうやしな。カッカッ」
そう言ってクレイルは笑った。心強い道連れを得て、俺たちは夕方の列車で街を出ることに決め準備のために一旦解散した。
部屋を整理して施錠し、旅用にまとめた荷物を担いで街へ繰り出す。
フウカ、何故一人で行っちまったんだ。君は一人で、一体何を抱え込んでたっていうんだ。言いたいことはたくさんある……。謝りたいこともだ。
必ず。必ず君を見つけ出す。だからどうか、無事でいて欲しい。
これにて第二章はお終いです。
少女を追いかけ、少年は迷宮を目指す。




