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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
ニ章 水の都
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第63話 彼女の行方

 


「いらっしゃいませ」


 両開きの木の扉を開き、ベルの音と共にシャーロットの店内へと入る。モノトーンの可愛らしい制服を着たウエイトレスが笑顔で俺を出迎えてくれる。


「あの、ディレーヌさんって今日お店に出てますか?」

「はい、いますよ。失礼ですがどちら様でしょうか……?」

「俺はフウカの同居人です。呼んでもらえませんか」

「あっ、貴方がフウカの。はい、少々お待ち下さいませ」


 金髪の少女が店の奥へ下り、代わりにプラチナブロンドの長い髪を揺らしながらディレーヌがやって来た。


 彼女は俺の前に来ると、バツの悪そうな顔をする。


「いらっしゃい、ナトリ君。昨日は……ごめんなさい。私、たまにカッとなって考えなしにやっちゃうことがあるの。どうかしてたわね。あなたが一番ひどい目に遭っているのに……。許して、くれる……?」


 普段から強気なイメージのある彼女だが、今はどこか気弱そうに上目遣いで問いかけて来る。


「気にしてないよ。謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ」

「……本当にごめんなさい。私には、クロしかいないから」


 ディレーヌはほんの一瞬だけ、儚い表情を覗かせたようにみえた。


「それで、今日はどうしたの? もしかしてフウカのことで何か用?」

「そのことなんだけど」


 俺はディレーヌにフウカが昨日から部屋に帰ってこないことを伝えた。


「それ本当なの?!」

「……うん。今日は朝から心当たりのある場所を街中探し回ってるんだけど、どこにもいなくて」

「フウカ……」

「ディレーヌはフウカと仲良くしていたから、何か心当たりがないかと思ったんだ」

「ナトリ君、実は今クロも店に来てるの。こっちに来て」


 ディレーヌに付いて、四人がけの丸テーブルに座っていたクロウニーの元へやってきた。挨拶を交わし、俺たちもそこに座った。


「ディレーヌ……仕事は?」

「そんな場合じゃないでしょ」

「デリィは言い出したら聞かないから」


 クロウニーは諦めた顔で飲み物を啜った。ディレーヌは仕事をほっぽりだした新入りとは思えない程堂々とした態度でどっかりと椅子に腰を下ろし、足を組んだ。


 やっぱり貴族の娘なだけのことはある。他の店員はちょっとかわいそうだけど、話を聞きたいのも事実なので今は彼女を借りよう。


 俺はクロウニーにも店に来た事情を話した。


「フウカちゃんが?」

「二人とも、なんでもいい。フウカのことで思い当たること何か知ってたら教えて欲しい」


 プリヴェーラは広い街だ。闇雲に探し回るのも限界がある。俺は怪我をして寝込んだ後、一度もフウカと話していない。

 最後に彼女に会っていたのはクロウニーだし、この二人なら何か俺の知らないフウカの様子を知っているはずだった。


「実はナトリが眠っている間、フウカちゃんはずっと何か思いつめている様子だったんだ」

「そうね。いつものフウカらしくなかった。あなたのことを気にかけていたんだと思ったけど」

「うん……」


 俺だって、もしフウカがそんなことになったら似たような状態になると思う。片時も側を離れようとは思わないだろう。


「フウカちゃんの治癒波導の力もあったし、峠は越えたと言われていたけど、君の容態が安定したのは祭りが終わった後だ」

「最初の二、三日はひどい顔色をしていたわよ」


 体の中に入り込んだ雑菌が繁殖し、感染症のような症状が出ていたそうだ。俺の命があるのはきっとフウカが癒しの波導を送り続けていてくれたおかげだろう。


「君が峠を越えた後も、フウカちゃんは心ここにあらずといった様子だった。ただね、彼女が心を乱していたのはナトリの容態だけが理由ではないような気がした」

「どういうことよ?」

「他にも何か気になる事があったのか?」


 クロウニーは神妙な顔で頷き、何かを思い出そうとするようにテーブルの一点を見つめた。


「思い返してみると、ナトリが快方に向かうのとは裏腹に、むしろフウカちゃんは段々と落ち着かない様子になっていったような気がする」

「それ……どういうことなの?」

「昨日、君を見舞った時に彼女は僕に迷宮について聞いてきたんだ」

「迷宮? なんでまたそんな」

「わからない……。ただ、やけに興味を持っていた様子だったから詳しく話したんだ。僕の話をとても真剣に聞いていた」

「迷宮……。そういえば、プリヴェーラ旧地下水路へ入る数日前にもフウカは迷宮のことを話していた。確かディレーヌと遊びに出かけた日。俺は疲れててろくに話も聞いてやれなかったんだけど」


 ディレーヌが俺をむっとした顔で見つめてくる。

 反省してる。狩人の仕事にかまけてフウカの話をちゃんと聞いてやらなかったことを。今すぐ彼女に謝りたいくらいだ。


「あの日、二人で展望台に登った時フウカは確かに迷宮に見入ってたわね。ちょっと様子が変だったわ。目が離せないっていう感じで、声をかけても聞こえてないっていうか」


 ディレーヌの話を聞いて、王都から浮遊船に乗ってオリジヴォーラに来たときのことを思い出す。クレイルと三人で街の高台に登って迷宮を望んだ。確かあの時もフウカは……。



 フウカが何か、翠樹の迷宮に対して特別な思いを抱いていたのは確かだ。


 俺の知らないところで何か悩みを抱えていたのか? 俺は何故もっとちゃんと話を聞いてやらなかった。


「ナトリ、実は、僕はフウカちゃんに翠樹の迷宮の詳細な場所についても話している。まさかとは思うけど……」

「あの子は確かに、ずっと迷宮のことを気にしていた」

「じゃあフウカは街を出たっていうの?」


 確証はない。だが、フウカが俺に行く先も告げず勝手に行動するなんて今までなかったことだ。誰にも何も言わず、姿を消すなんて。


 フウカの考えていることがわからない。だけど……これだけは確かだ。俺は彼女に謝らなければならない。ほったらかしたこと。心配をかけたこと。彼女の気持ちを察してやれなかったことを。


 探しに行かなくては。このまま永遠にさよならなんてことにはしない。


 顔を上げ、二人を見た。


「俺はシスティコオラに行く。道中フウカを探すよ」

「そうか……。僕たちもプリヴェーラでできる限りフウカちゃんのことを探してみよう」

「そうね。まだ迷宮に行ったと決まったわけじゃないもの。案外街をふらふらしてるだけかもしれないし」

「二人ともすまない……」

「そんなこと気にしないでよ。フウカは私の友達でもあるんだから。それよりあなた、そんな身体で大丈夫なの?」


 彼女の目を見て頷く。そんなこと、気にしている場合じゃない。


「プリヴェーラ中央駅は利用者が多い。きっと目撃情報を集めるのは困難だろう。だけどシスティコオラの港までは一本道になる。フウカちゃんはとても目立つから、もし通ったなら途中で誰かが覚えているはずだ」


 無くすものばかりじゃない。この街に来たことで、得た絆はある。二人の温かい言葉は俺の磨り減った心に少しだけ染みた。


 街での捜索は二人に任せ、俺は街の外を。二人と話し合った後俺は店を出た。


「ナトリ君、絶対にフウカを見つけ出して。あの子には君が必要なんだから」

「わかったよ」

「ディレーヌの言う通りだ。君の身をあんなに案じていたフウカちゃんがこんな行動に出るなんて、きっとよほどのことがあったに違いない。そしてそれをなんとかできるのは、ナトリをおいて他にいない」

「買いかぶりすぎだよ。……俺はただフウカに謝りたい」

「そうか」

「ごめんクロウ。しばらくアルテミスには戻れそうもないな」

「気にするなよ。エルマーには僕から言っておく」

「よろしく頼む」

「必ず戻って来なよ。フウカちゃんを連れて。また三人で狩りに行こう」

「ああ……。約束だ」


 明るい往来で俺とクロウニーは握手を交わす。また、必ず。


 俺たちはそれぞれ別の方向へ歩き出した。



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